上 下
29 / 497
1章 お爺ちゃんとVR

024.お爺ちゃん、孫と約束する

しおりを挟む
 ログインと同時にギルドに向かう。
 なんだか人の目が気になるけど、どこか視線は自分とは違う方に向いていたけど……それがぴったりと私の後ろについてくる気がして気になった。
 この感じ、以前どこかで感じたことがある。
 ピタリと歩みを止め、振り返る。
 そこには挙動不審な感じでシラを切る孫の姿があった。

 私より早く出かけたと思ったのに何をやってるんだろうね、この子は。


「マリン、ユーノ君はどうした?」

「あっれー、おっかしいな。さっきまでは一緒にいたんだよ、ほんと」


 そう言いながらも孫の目は泳いでいた。
 まったく。こんなところまで娘にそっくりなんだから。
 何を調べる為にストーキングしてたかはあえて聞かないことにしつつ、トボケる彼女に手を差し伸べる。


「これからギルドに行くんだ。一緒に行かないかい?」

「良いの?」


 そう言いながらもしっかりと手を取るマリン。
 ゲームの中だと言うのに体温がじわりと指先に籠る気がした。


「誘っているのは私だよ? 良いも悪いもないだろう。それに、今の君は放っておくと少し危なっかしいからね」

「ありがと、えへへ」


 あっという間にご機嫌になった孫を連れてギルドへとやってくる。
 するとそこにはいつも以上にザワザワとした気配があった。
 その中央には、


「あれ、スズキさん?」

「あ、ハヤテさん」


 そこにはいつもならあまりギルドに顔を出したがらないスズキさんの姿があった。だがいつもより少し余裕があるような、周囲に怯えてる気配は少ない。彼の中で何か変化でもあったのだろうか?


「クエストだったら私がついでに受けてきますのに」

「パーティを組むんですから、僕も顔を出しておきませんと」

「そう言うことなら」


 パーティ申請を出すと、すぐに受諾のメッセージが私の視界にポップアップした。そしてすぐ後ろで袖を引くようにして孫が注意を引いてくる。


「お爺ちゃん、この人が?」

「うん、そうだよ。私のフレンドのスズキさんだ」

「あ、はじめまして。タイの魚人のスズキです。サハギンタイプですけど一応プレイヤーです……はい」

「えと、孫のマリンです。お爺ちゃんがいつもお世話になってます」


 二人揃って深々とお辞儀をしあう。
 おいおい、仰々しいね。もっと気軽で良いのに。


「あの、ハヤテさん、僕そろそろ」


 途端に挙動不審になるスズキさん。
 見やればヌルヌルの肌が少し乾きかかっていた。パクパクと口を開閉する速度も上がってきている。
 私がいる手前我慢しているのだろう。自分を優先して良いのに。


「ごめんなさい、気づかないで。後から向かうので先に行っててください」

「はい、ではお先に!」


 素早い動きでスイングバーを押して外に出ていくスズキさん。
 すぐ後にボチャンと用水路に飛び込む音が聞こえた。
 相当キツかったようだね。彼も無茶をする。


「お爺ちゃん、今の人はなんで慌ててたの?」

「ああ、彼は基本的に鰓呼吸でね。地上では活動するのが著しく限定されてしまうんだ」

「そうだったんだ。でも普通に歩けるんだね?」

「そりゃ歩けるさ。水の中にだって底はあるんだよ?」

「あ、そうか。でも水の中ってお話できるの?」

「出来るよ。え、普通はできないのかい?」

「試したことないからわかんないけど。そっか、出来るんだ」


 何やら勝手に納得し始める孫に不穏な空気を感じとる。
 やはりまだ浮気してないかを探っているようだ。
 これは気を逸らさないとまずいな。


「時にマリン」

「なぁに、お爺ちゃん」

「この街に生えてる木より立派な木が生えてる場所って知ってるかい?」

「木? えと、それを見つけてどうするの?」

「そりゃもちろん登るのさ。以前見せただろう? 木登り補正を持ってるって」

「うん、あったね」

「試しにこの街の木を登ってみたんだ」

「何やってるの!?」


 孫が素っ頓狂な声をあげた。
 周囲の人々がこちらを振り向き、私は孫を庇うようにして周囲に溶け込む。間一髪。不躾な視線はすぐに周囲へと散って行った。


「……声が大きいよ」

「ごめんなさい。それよりもなんで木登りなんてしたの?」


 納得がいかないという仕草を見せる孫に、スキルの構成を紐解きつつ、娘達から詫びがわりに教えてもらった情報と合わせて検証したことを話した。


「でもだからって実際に登らなくても……」


 周囲を気にしながら顔を真っ赤にする孫が可愛い。
 心のスクリーンショットに撮影しながら彼女の最もな意見に耳を傾けていく。言うなればそれらは固定観念。
 私はそんなものに縛られてやるつもりは更々なかった。


「でも登ってみたからこそわかるものもある。それが上位スキルの確認かな?」

「上位スキル?」

「うん。派生スキルはスキルの下に生えるだろう?」

「うん。斬撃の派生が切り下ろし、切り払いのようにね」

「けどスキルの真横に伸びるのを私は定義的に上位スキルと呼ぶことにした」

「なるほど。私はまだ確認したことないけど、お父さんなら詳しそう」

「そうだね。でもお昼にも言ったように確認するのは先の楽しみを減らすことになるんだ。お爺ちゃんの言ってることはわかるかな?」

「うん」

「私はね、それを手に入れる楽しみを目一杯味わいたいんだ。だから事前情報に目を走らせないで探り探りプレイしている。それってすごくワクワクするし、ドキドキするよね?」

「うん。でも失敗するのは怖くない? みんなはなるべくなら失敗しないようにプレイしてる子が多いよ」

「それも遊び方の一つだ。でもね、私は失敗するのも経験だって思ってる。むしろ失敗した理由をあれこれ考えて、次こそは失敗しないぞと考えるのがおもしろいんだ。けれどそれを先に知ってしまったら?」

「楽しみを奪われちゃう?」

「そこまでではないけど、体験せずに知った気になって先に進んでしまう。現実には失敗してないからこそ、乗り越えた先で足を掬われることになるんだ。失敗は経験だよ。経験はその先にある発見を生み出す素にもなるのさ」

「じゃあ失敗はなるべくならしたほうがいいの?」

「それも違う。誰だって失敗するように動いてたら周囲に迷惑をかけてしまうだろう? 失敗をわざと誘発するのはだめだ」

「よくわかんない」

「マリンにはまだ難しかったかな? お爺ちゃんはね、周りがどうだからと言われてもそれに倣うのが嫌なだけなんだよ。みんながどうこう言っても、お爺ちゃんはお爺ちゃんのやり方を貫いていきたい。それでマリンに迷惑をかけてしまったら、その時は謝ろう」

「うん。なるべくならしないで欲しいけど、お爺ちゃんがしたいって言うなら我慢する」

「良い子だ」


 孫の頭を撫でてやると、体を預けるようにすり寄ってきた。
 甘えたい盛りなのだろう。
 本当は父親にこうしたいのだろうな。
 けれど娘の手前、遠慮して私の元に来てしまっているんだろうなあ。


「それでマリンには登るための木を探してきてもらいたいんだけど良いかな?」

「うん」

「もしその木がこの街になかった場合、その場所までマリンに案内して貰わなくちゃならないけど大丈夫かい?」

「うん……あっ! 良いよ、任せて」


 私の言いたいことは彼女に無事伝わったようだ。
 彼女はなるべくなら私と一緒に行動したいだろう。
 しかし今日はスズキさんと約束をしてしまっている。
 今日から春休み、せっかく時間ができたのに肝心の私がどこかにうつつを抜かしていて孫としては気が気じゃないんだろうね。
 そこで一緒にいられる時間を作った。
 木登りは完全に私のスキルの検証に基づくものだが、それを遂行した上で彼女と一緒に過ごせる時間を作るのはこれ以外にない。
 いや、別にないわけじゃないけど、これがお互いにとっての理になる方法だと思ったんだ。


「では私はスズキさんと出かけてくるよ。それまでいい子で待っててくれるかな?」

「うん、いってらっしゃい、お爺ちゃん」

「行ってきます」


 こうして私は孫の視線を振り切ることに成功した。
 問題を先送りにしただけとも言うけど、疑惑は霧散したと思っている。私はクエストを受けて足早にスズキさんの待つ用水路へと向かった。孫を諭すのにだいぶ時間を使ってしまった。怒ってないといいなぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

もう初恋の夢は見ない

あやむろ詩織
恋愛
ソフィアは初恋の相手である1つ上のクリフと婚約関係にあった。 しかし、学園に入学したソフィアが目にしたのは、クリフが恋人と睦まじくする姿だった。 嘆き悲しむソフィアは、同じ境遇の公爵令嬢カレナに出会って……。 *小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しております。

【完結】両親が亡くなったら、婚約破棄されて追放されました。他国に亡命します。

西東友一
恋愛
両親が亡くなった途端、私の家の資産を奪った挙句、婚約破棄をしたエドワード王子。 路頭に迷う中、以前から懇意にしていた隣国のリチャード王子に拾われた私。 実はリチャード王子は私のことが好きだったらしく――― ※※ 皆様に助けられ、応援され、読んでいただき、令和3年7月17日に完結することができました。 本当にありがとうございました。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

カティア
ファンタジー
 疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。  そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。  逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。  猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...