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1章 お爺ちゃんとVR

018.お爺ちゃんはブログ仲間を増やしたい

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 シークレットクエストの報酬はまたもフレーバーアイテムの類だった。ただ何かの設計図のようだが、ピンとこない。
 一応スクリーンショットを撮っておいて後で娘にでも聞けばいいか。

 スズキさんとの時間は私に未知に遭遇する興奮を与えてくれた。
 残念ながら私には活かせないタイプのものばかりだったが、それでもこうして写真に収める事で拡散できる世界だからこその有用性というのもある。
 本当は風景写真の腕を見て欲しいのだけど、今はみんな別のところに意識が向いているのでこう言ったおまけをつける事で私自身に興味を向けてくれたらいいなというセコマしい考えだ。
 ある意味では読者の開拓をこの機に出来たらいいなという狙いもあった。


「今日は途中で休憩を入れたので最後まで行けませんでした」

「すいません、足を引っ張ってしまって」

「こちらこそ、魚人をベースに物を言ってしまいました。ごめんなさい」


 多分スズキさん単独であればもっと早く目的地に着いていたのだろう。それでも私を見捨てずに見守ってくれたのだ。
 こんなにいい人に今まで人が寄り付かなかったのが不思議なくらいだ。重度のコミュ障を持っている、とは本人談。
 ゲームの中でならそれが克服できると思ったけど、極度のあがり症から人と接触する機会を自分で失くしたとも言っていた。
 彼は気が弱く、自分に自信が持てないだけで決してコミュ障ではないと思うんだけどね。


「スズキさん」

「はい?」

「後で私のブログを見てもらってもいいですか?」

「えと、はい?」

「陸の上で生活を制限される貴方にこそ見て欲しい。そこには貴方の通う街の全体図が映し出されている。そして、これからそこに住む人々がどんな風に生活しているかを届けていくつもりだ」

「はい……なんかすみません、僕なんかの為に」


 しんみりとした口調でスズキさんは短く吐息ついた。
 呆れているでも感心してるでもなく、なんでここまで自分のためにしてくれるのか意味がわからないと言った感情が見え隠れする。


「別にこれはスズキさんの為と言うだけではないんですよ」

「そうなんですか?」

「先も言ったように。結局は私のワガママが行動原理です。誰かの前でそれができない貴方でも、私の前でそれをしてください。私は貴方の素を見てみたい。そう思うのは私の本音、ワガママです。どんどんワガママを言ってくださいよ。私だったらそれを受け止める事ができる。どうですか?」

「そうですね、すぐには無理ですけどゆくゆくは」

「ちょっとづつでいいですよ。さて、私はそろそろ夕食の時間です」

「あ、じゃあ解散しますか」

「その前に元の場所までの案内をお願い出来ますか?」

「そうでしたね。人間さんは息継ぎが必要だった」


 短いコール音の後、直通のメッセージが届く。
 娘からだ。時間を見ればすっかり夕方から夜にかわろうとしている時間帯。
 地下にいるもんだから時間経過に気付けなかった。
 それ以上に、彼の人徳に惹かれていた自分がいた。
 人と接するのを避けていた人物が、私にのみ見せる行為を独り占めにしている感覚を、写真を通して相手にお裾分けしてやることを自分に課せられた使命のように感じてその場所に入り浸った。
 クエストはとっくに終了したけど、地下水路には直接街の水路から行ったもんだから帰りもあの地獄の道のりをのりこなさなくてはならない。孫や娘から言わせれば死んでホームスポットに戻る事もできるが、そこまでする気はない。
 画面の向こうの世界だったらそれもできたが、今や自分の手足と言って差し支えないこの体を殺すのはあまりにも酷というものだ。

 何度も空気を求めて水面から顔を出し、それでも精一杯行き足掻いて足がつくあの水路にたどり着く。
 スズキさんは「じゃあ僕はここで」という。まだクエスト達成の報酬はもらってない。シークレットクエストはそれをクリアすればその場で報酬をもらえるけど、通常クエストはその限りではない。
 だから私はその場に留まろうとする彼の手を引いた。


「一緒に行きましょうよ。クエストは報告するまでがクエストですよ?」

「あの、でも」

「他の誰かに指をさされて馬鹿にされても、今なら私の知名度で守れるかもしれません。私、こう見えても有名人なんですよ?」

「じゃ、じゃあ」


 陽はすっかり傾き、月明かりよりも街灯が明るさを増す時刻だというのに街の中は昼間よりも活気に持ちていた。
 単純に昼間よりも夜に遊ぶプレイヤーが多いのだろう。
 いろんな世帯の人たちが遊んでいる。
 大人も、子供も、老人も。だからこそこのゲームは成り立っている。

 スイングドアを開けた先、いろんな情報が飛び交う声はピタリと止まり、大勢の視線を浴びる。しかしすぐに視線は明後日の方向を向いた。
 スズキさんの見た目は流石に昼見ても夜見ても強烈だったらしい。
 尻込み、その場でうずくまろうとする彼の手を引き、受付まで連れ歩く。


「受けていたクエストの達成完了報告にきました。ほら、スズキさん、ギルド証出して」

「は、はい」


 緊張でガチガチに固まってる彼の手からそれを受け取り、受付さんに渡す。
 彼は受付カウンターに手が届かないので、代わりに私がいくつかの行動を代わりにやってしまう。


「はい、これが報酬です。今回は二人でやったので半分こですが、次は身入りの良いクエストもしてみませんか?」

「あの、はい。僕にでもできるのがあれば、ですが」

「そういうのを探していきましょう。なんだったら手が空いているときに私が探しておきますよ」

「い、良いんですか?」

「私が勝手にやってるだけですから」

「じゃ、じゃあお願いします。あ、すいませんこれ以上体が乾くと呼吸困難に陥っちゃうんでそろそろ戻りますね」

「はい、無理を言ってすいませんでした」


 ギルド横の水路で彼を見送り、ついでに私もログアウトする。
 周囲にいくつか人だかりはできていた。それでもスズキさんのおかげで私の身は守られた。
 魚人という種族ゆえの特徴が逆に私の身を守ってくれていたのだ。
 好奇の視線というのは結構厄介な物だよ。


 
 家族で食卓を囲み、今日の出来事を語り合う。
 リアルでの出来事を楽しそうに、それとゲーム内での出来事を、慎重そうに語らう。


「秋人君、すまない。私の軽率な行動が周囲に迷惑をかけた」

「頭をあげてくださいお義父さん。確かに大型レイドは僕たちの手に余る代物です。それでも同じくらいの中堅クランと仲を取り持ってくれたのは他ならぬお義父さんですよね?」

「ああ。そこの重要人物が偶然知り合った人の息子さんでね」

「ならばこれは僕たちにとってチャンスです。このチャンスを生かして、次のステップに行く糧にして見せますよ」

「君は強いな」

「その強さをお義父さんから習いました」

「そうか」


 自分では特別な何かをしたという実感が湧かないまま、歓談は終了した。孫は自室で宿題をやりに、娘夫婦は作戦を立てにログインし直す。
 そして私は次のブログ更新の準備をはじめた。
 
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