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1章 お爺ちゃんとVR

011.お爺ちゃん、娘をクエストに誘う

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 勢い良く扉を開けた先、店内に見知った顔があった。
 こんな偶然もあるのかと嬉しくなりながら声を上げる。


「ジキンさん」

「おお、ハヤテさん。奇遇ですね」

「ええ。そちらは以前話してくださった息子さんですか?」

「はい。ではそちらは?」

「娘です。今日は彼女に付き合う約束をしてまして」


 そう言ったところでうちの娘とジキンさんの息子さんが目を合わせずにそっぽを向いていることに気がついた。
 彼に寄り添って話しかける。


「もしかしなくても?」

「どうやら顔見知りのようですな」


 狭い世の中だと思う。ただそれだけに残念だ。
 親同士はこんなにも仲良しだと言うのに、子供同士が反発しあってるのを見て悲しくなった。
 ただ自分よりも先にこのゲームに来て、その上で仲違いしてしまっている過程についてあれこれ私が言うものでもないだろうし、ここで立ち話してても店に迷惑だろう。その場で会釈だけしてジキンさんとは一度別れた。

 少し奥まった場所に空席を発見し、そこに座る。
 この前はウェイトレスさんが聞きに来てくれたが、娘はそんなことしなくても注文はできるとシステムパネルを開いて何やら打ち込んでいた。程なくしてドリンクが運ばれてくる。
 さすがゲーム。目の前にあるものがデータだと頭の中でわかっていても飲めば喉が潤うしちゃんと味もすると言うのだから不思議だ。


「びっくりした。まさかここで因縁のクランの幹部に出会うなんて」


 注文したドリンクを受け取りながら娘がそんなことを言い出す。


「何をそんなに揉めているのか知らないけど、ジキンさんは私と気が合う。できれば今後の付き合いを維持していく為にもその息子さんとも仲良くしてくれれば嬉しいのだけど」

「私もそうしたいのよ? けど向こうのクランリーダーがとんでもなく陰険な奴なの。だからこっちが譲歩しても混ぜっ返されて終わるだけ」


 相当苛立たしいのか、娘のドリンクを飲むペースが早い。
 テーブルに置かれた時は既に中身はなく、おかわりを注文していた。
 声を出したかったのか、店員さんを呼ぶ。
 先程見せてくれた裏技も良いが、こうしてスキンシップを取る方が私は好きだな。


「しかし何をそんなに争っているんだい? 君はそこまで争い事に加担する性格ではないと思ったのだけど」


 由香里はどちらかと言えばインドア派の女の子だった。
 妻が昔バレエをしていた伝である程度習いごとをさせたが一番最初に根をあげたのが彼女。とことん競争社会で生きていけない人間だとばかり思っていた。だが今の彼女は好戦的だ。何か理由があるのかもしれない。それとなく聞いて見ることにした。


「──と言うわけなの」

「呆れた」


 彼女の言う理由とは、同じエリアマップの素材を奪い合う関係だと聞かされた。強さも同じくらいで、力も認めている。
 けれど思想が違えばプレイスタイルも違うので、彼らはこうしてクランを違えていがみ合っているのだと聞いた。
 だから呆れたと返したら彼女は不満そうな顔で返してくる。


「父さんは冒険に加担してないからそういうことが言えるんだよ。装備の新調には素材が必要だし、新しい装備が入ればクランだってもっと前に行けるの。だから同じエリアマップで素材の奪い合いが起こるのよ。それにこの手の問題はうちに限った話ではないわ」

「だからって喧嘩することもないだろう。もう少し協調性を持って接しなさい。ゲームとはいえ、相手は同じ血の通う人間だぞ?」

「そうだけど……」


 意気消沈しだす娘を困ったように見守り、こんな時妻が横にいてくれればなと思う。こういう時、同じ女性の方がアドバイスをしやすい。
 私は子育ても妻に頼りすぎていたのだとここにきて気づく。
 ここで何か挽回できるものはないかとシステムをいじっていると、昨日入手したアイテムが目の前に表示された。
 そういえばこのアイテムがなんなのかも良くわかってないな。
 こんなので機嫌を直してくれるかはわからないが、聞くだけ聞いてみよう。


「そういえば昨日、こんなのを見つけてね。パープルはこれが何かわかる?」


 話を逸らすように、アイテムバッグから古代の鍵・西門を取り出す。


「なにそれ……どこで拾ったの?」


 最初こそ興味なさそうにしていた彼女だったが、不思議な光沢を放つそのアイテムを見て目の色を変えた。興味を示したのだろう、食い気味にそのアイテムを注視する。


「クエストの報酬だよ。君はシークレットクエストを知ってる?」

「聞いたことはある、けど出会ったことはないの。ほら、私って主婦業の合間にやってるだけだから。でもこれ、なんの素材だろう?」

「素材か……そういうのは考えてもなかったな」


 確かにその素材は未知と言っても過言じゃない。
 掌に載せた限りでは鉄のような重み。しかし鋼を思わせる光沢と、時折宝石のように七色の光が内部から漏れ出る。不思議な素材だ。
 

「こんな素材見たことない。他にも何かある?」

「少し元気が出たかな?」

「うん。ありがとう、お父さん。それとごめんなさい」

「何をそんなに謝まることがある。私は自分の価値観を君に押し付けただけだよ。このゲームにはこのゲームのルールがあるのだろう? 新参の私に言われたくらいで変えるものではないだろうに」


 諭すように言ってやる。
 親だからと娘に偉そうにする資格はない。ここでは娘の方が先輩だ。
 人生と違い、ゲームにはゲームのマナーがある。


「うん。でも視野の狭い考え方に陥ってたのは確かだもん。だからありがとうだよ」

「ならば素直に受け取っておこう」


 娘はすっかり機嫌をとりなおし、私は昨日の成果を彼女に見せるようにしてテーブルの上に置いていく。
 そのどれもがトレード不可のフレーバーアイテムの類。
 なんの意味があるのかもわからないままアイテム欄の肥やしになっている。娘はちょっと待ってねと言いながら何やら操作をしだす。
 目の前には青白いボードが浮き上がり、下から上に文字が流れていく。それを目の中だけで操作しているのだから凄い。


「ん。だいぶ分かった」

「何がだい?」

「その素材、どこにも出回ってないレアものだよ」

「ふぅん」


 私は特にレアだのなんだのと言われても何も感じない。妻はスーパーなどのタイムセールなど、ここだけ今だけ価格に弱いが、私はなんとも思わない。男と女は違う生き物であると強く感じた瞬間だ。


「ふぅんて、父さんはこれの凄さが分かってないの?」

「そうだね。私はこんなものよりも違う目的で動いている。生憎と興味は惹かれないね」

「これだから頭の固い人間は」


 失礼な。でもここでは彼女のいう通り。
 私は古い人間だ。今のご時世に逆らうような生活を送っている。


「頭が固くて結構。私の生き方は自分で決めさせてもらうよ」

「今更性格は変えられないし、しょうがないけどね」


 その通りだとも。彼女もなんだかんだと私という人間をわかっている。理解はしてくれているけど、相容れない存在だという認識だ。
 それでいい。私は私の考え方を誰かに押し付けるつもりはない。
 私には私の、彼女には彼女の人生がある。


「さて、興味を惹けたところで時間はあるかな?」

「お昼前までには終わらせたいけど、何するの?」

「もう一度シークレットクエストを出そうかと思って。良かったらそれに協力してくれれば……」

「行く!」


 いつになく乗り気で娘に同意をもらえた。
 会計の際、私が払うよと言ったら無理しなくていいのよと心配される。なんだったらマリンと一緒にきたときの方が嵩んだくらいだと言ったら恥ずかしそうにしながら頭を下げられた。
 別にそれくらい好きでしてるからいいのに。

 そこでギルドでクエストを受け取ろうとした際、


「おや」

「おお」

「あっ!」

「むっ」


 またもや因縁の相手にかち合ってしまった。
 
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