上 下
4 / 42
序章『New Arkadia Frontierへようこそ』

4話

しおりを挟む
 結局会話だけで終わったログインの後、ぐっすり寝て昼前に起きた。そして慌ててスーツに着替えようとして、会社は辞めたんだったと思い出して途方に暮れる。

 やけに綺麗になった室内で、何か趣味でも見つけてみるかと街に繰り出した。
 この時間に歩くのなんて休み以外では久しぶりか。
 忙しなく早足で歩く人々を横目に、香りに惹かれて喫茶店に入る。

 ゲームへ再びログインするのは後の楽しみに取っておき、今は日常の楽しみを追求しよう。

「向井君、仕事以外でこっちに来るなんて珍しいね。今日は有給?」
「そんなところです」

 以前勤めていた会社は輸入した商品を顧客に融通する卸業。
 この喫茶店にも何回か顔を出し、豆から調度品に至るまで買っていただいた。店と客側の関係。

 その関係もあって、その後の様子を確認するためにこうして足繁く通っていたのだが、配属場所が変わってからこっちに顔を出す時間的余裕が取れずにいたのだ。

「たまには仕事でこっちに来てよ。相談したい事があるんだよね」
「引き継ぎを頼んだ柏崎さんは?」
「あの人はダメダメ。向井君ほど商品にこだわりがないもの。額面通りの説明しかしないの。こっちが欲しいのはその手の情報じゃないのにね」
「すみません、うまく引き継ぎ出来ていなかったみたいで」
「君が謝ることじゃないさ。会社だから業績を出そうって言う気持ちはわかるんだよ。その点、君は業績そっちのけで面白い商品を持ってくるでしょ? ああ、この人俺のことわかってるなぁって。買う予定のない商品まで買わされちゃう。上手いなぁって思ってたんだよ。でも移動してからちっとも来てくれなくてさ」

 いつものコーヒーを頼んでもないのに覚えてくれて出してくれるオーナーさんは、話好きで耳を傾けているだけで近況がこれでもかと入ってくる。
 職業柄、この店に足りないものを考えてしまうが。
 今はもうその職についてないのだ。
 けど性格上「お話くらいは聞きますよ?」と時間つぶしに付き合った。

 このお店はマスター自らが焙煎してピッキングしている。
 コーヒーに対してそこまでこだわるマスターだからこそ、調度品にも深いこだわりがあるのだ。

 ここ最近の悩みは新規開拓について。
 常連客が高齢化していくと、足が遠のいて平均売り上げが落ちていく。このお店のマスターは人柄がいいので多少歳を取っていても若い子達の受けはいい。

 しかし若者が通うにはこの店の商品設定はお高い。
 コーヒー一杯で1,000円はする。
 それでも僕は満足してるので足を運ぶが、新規顧客獲得は難しい。

 それでも足を運ばせるための店づくりを相談されて、僕はこうしてみてはどうだろうかと提案した。

 要は1,000円出しても惜しくない付加価値をつければ良いのだ。
 それがネット世界とのコラボレーション。
 今やVR時代。ネットで仕入れた情報でいくらでも戦える時代になっている。
 それも喫茶と関係のあるコラボなら商品をそこまで変えずに店頭でコラボグッズを販売するくらいで良い。

 このアイディアはするもしないもマスターの自由。
 お金をかけるのならいくらでもアイディアは出てくるが、この店の抱える問題は割と深刻だ。

 若年層の興味がどこに向いているかだけでも調べてみる価値はあるのではないかと促し、料金を払って店を後にした。
 帰り際に豆を買い付けたので、後でミルで引いて久しぶりにコーヒーを淹れるか。

 最近はそんな手間すら惜しんでいたからね。
 ログイン前の楽しみが一つ増えて、次の店に顔を出す。

 営業で足繁く顔を出していた商店街だったものだから、帰宅する頃には大荷物になっていた。
 その分散財もしたが、嬉しい話も聞けたし満足である。

 コーヒーを淹れながらケーキ屋さんで仕入れたモンブランを楽しみつつ、ネットを流し見する。
 
 結局のところ、なんでまた僕が持て囃されてるのか理解できない部分が多いんだよなぁ。

 うぐぐいすさんが僕のファンだからと、手放しで褒めたところで他のプレイヤーが賛同するだろうか?
 そうこうしているうちにお目当ての話題がヒットする。

 お、これか。なになに……ムーンライト伝説? うわ、なにこれ恥ずかしい。

 思わず独り言が漏れる。
 情報の拡散元は、多分うぐぐいすさんかなぁ?
 所々に僕を称賛する言葉が綴られてるから、なんとなくだけど。
 匿名掲示板の体を成してない気もするけど、なるほどね。
 こう来たか。

 彼女は僕の手記から全く違う名前を付与してプレイヤーにレシピを拡散していたのだ。

 例えばセセギの花蜜を応用した赤土の固形化を簡易粘土として発表。
 他にも名前のつけようのない「すごくぬるぬるするクリーム」を潤滑油として応用。水車や風車をゲーム世界に展開させている。

 彼女は強いて言えば僕の理解者。
 僕の生み出した名前もない、用途の判明しないアイテム群に特定の価値をつけてまわった。
 多分、それだけじゃない。

 それ以上に望んでいた物を、僕のアイテムが彼女の救いになったのだ。
 その時僕は丁度出払っていたので彼女の活躍は知らない。
 当時を知る彼らは口を揃えて僕の追っかけだと言った。
 
「まったく、そういうのはガラじゃないんだけどな」

 ちょうどコーヒーが最後の一滴まで出切ったので裏漉ししてから一口飲み込む。
 うん、美味しい。
 この苦味とモンブランの甘さが狂おしいほど好きなんだ。
 もちろん苦いだけじゃなくフルーティな香りがより上品な甘さのモンブランを引き立てる。
 こんな贅沢な休日、もう何年も送ってないや。

 でも今度は、好きなだけ──
 いや、遊んでばかりもいられないか。
 次の働き口も見つけないとな。
 ゲームにばかりかまけてばかりもいられない。
 通院の終了日に目処が付き次第、復職も考えないとね。

 貯金はあるけど、無職の期間が開けば開くほど再就職は難しくなるから大変だ。
 
 その日はログインするまで大いにくつろいだ。
 ログインするなり出迎えてくれる面々は、昨日出会った人達とはメンツが変わる。
 それはそうだ。毎日毎日暇してる人なんていない。
 五年前ですら学生だったのは僕くらいだもの。

「わー、ムーンライトさんお久しぶりです! こっち来てたんですねー」
「お久しぶりです茶豆さん。相変わらず木工に掛かりきりですか?」
「はい~、こればかりは性分なので~。あ、そうそう。ムーンライトさんに会ったら聞こうと思ってた事があったんですよ」

 茶豆さんは子犬のような人懐っこさで僕に呼びかけると、尻尾をブンブン振っている姿を幻視するほど擦り寄ってきた。

「なんだろう? 僕で解決できる事だったらいいなぁ」
「実はですねぇ、このカラクリ細工の回転率を安定して回す潤滑油を探してまして。なんかいいアイテムないかなって」

 実際に見せてもらう。

「わぁ、これは大作ですね。で、この部分の圧と摩擦に耐えられる潤滑油ですか?」
「……はい」

 軽く鑑定をかけたところ、その場所にかかる負荷は【摩擦*Ⅲ】【圧力*Ⅳ】と言ったところか。確かに既存に出回っている潤滑油でこれを安定させるものは見当たらないだろう。

「と、なると……五年前の記憶ですからうろ覚えで悪いですが。確かバームの実から絞った油とセセギの花蜜を混ぜて濁ったクリームがその耐性を持っていたと思います。バームの実は今手持ちにないのでお作り出来ませんので申し訳ありません」
「いやー、もう作品見ただけで答え出せるのがやばいんですよ。他の人に聞いてもみんな頭傾げてうんうん唸ってしまうんで」
「そうですね。僕はその分余計なアイテムまで抱え込むから」
「性分ですものね?」
「ええ、お互いに気苦労ばかりが募ってしまいますよね」

 茶豆さんは早速バームの実を競り落としに行った。
 セセギの花は近所の花屋さんに売っているが、バームの実ともなれば冒険者が外から持ち込まない限りこの街で手に入れるのは難しい。

「早速お人好しが発動してるな、ムーン君」
「ニャッキさん。ええ、まあこれが性分なんで」
「うぐぐちゃんが探してたぞ? クランの中を案内したいんだってよ」
「わざわざメッセンジャーボーイを引き受けてくれたので?」
「ああ、クランマスターの命令は絶対なんでな」
「え、このクランってニャッキさんが募ったんじゃ?」
「ああ? 俺らみたいな自分勝手な連中が、誰かの面倒を見られるものかよ!」

 とてもいい笑顔で言う。
 自慢できませんよ、それ。

 でも、確かに没入したら周りのことが見えなくなる人達がクランにまとまってるなんて不思議だよなぁと思っていた。
 まさか彼女が誘って出来上がった場所だったとは。

 僕のファンを名乗る後輩は、なかなかのやり手のようである。
 それはそうとどやされないうちに僕はうぐぐいすさんの待つエントランスへと足を運んだ。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Free Emblem On-line

ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。 VRMMO『Free Emblem Online』 通称『F.E.O』 自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。 ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。 そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。 なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

ユニーク職業最弱だと思われてたテイマーが最強だったと知れ渡ってしまったので、多くの人に注目&推しにされるのなぜ?

水まんじゅう
SF
懸賞で、たまたま当たったゲーム「君と紡ぐ世界」でユニーク職業を引き当ててしまった、和泉吉江。 そしてゲームをプイイし、決まった職業がユニーク職業最弱のテイマーという職業だ。ユニーク最弱と罵られながらも、仲間とテイムした魔物たちと強くなっていき罵ったやつらを見返していく物語

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...