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四章

告白

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 初めての朝帰り。孝さんは思いつめたような顔をしていて終始無言でした。
 私は何か彼にしてしまったでしょうか?
 車の助手席で、景色も見ずに彼の顔色だけを伺っていました。


「祐美」


 突然話しかけられて、びっくり。
 まさか視線がうざかったのでしょうか?
 少し呻くようにしてお返事を返しました。


「……はい」
「昨日は突然ごめん」
「どうしたのですか?  私は誘ってもらえて嬉しく思っていますけど」
「嫌じゃ、なかったかい?  僕は勢いのままに君に手をつけてしまった」


 その言葉を吐き出した時の彼の顔は、まるで親に怒られるのを恐れる子供のような顔をしていました。


「そんな、私は貴方の妻になる女です。遅いか早いか、それが早まっただけですよね?  何を臆する必要があるのです?」


 諭すように言い聞かせる。
 だけど彼は思いつめた表情のままかぶりを振った。


「僕が憎くないのか?  君に無理矢理乱暴を働いた僕が……」


 思いつめた表情のままで、そう突き詰めてくる。きっとそれは嫌われたくない一心からの言葉。
 だけど私はそんな彼を突き放すことはできなかった。
 確かに突然押し倒された時は焦ったけど、それは急いで着替えたから下着に気を使ってなかったとかそう言う焦りだったし、結婚するからにはとそういう覚悟は当然してた。
 ううん、むしろこっちからいつ誘おうか準備中だったくらいでした。お陰様で茉莉さんから勧められた勝負下着を履き損ねました。いえ、私にあれを履く勇気はありませんが。
 だから彼から誘ってくれてすごく嬉しい。たったそれだけの事なの。

 彼の膝に手を乗せて、しなだれかかるように身を預ける。


「何を言い出すのかと思えばそんなことでしたか」
「そんな事とは……君はもう少し自分の体を大切に扱うべき──」
「私ね、実はずっとこうされたかったんです」
「え?」


 驚いたような、困惑した声。


「両親からは人形のように、言う事を聞くだけの女として育てられてきました。
 孝さんがどう聞かされたのかはわかりませんが、本当の私はもっとわがままな女なんです」
「…………」
「初めて琴子ちゃんを紹介してもらった時」
「……うん」
「挨拶と称して口付け、されてましたよね?」
「……うん」
「私はそれを羨ましいと思ってました。私にはいつしてくれるんだろうって、ずっと待ってました」
「……えっ?」
「意外、ですか?」
「うん、君は感情が希薄だと、そう聞いていたからね」
「両親の前では猫を被っていたんです」
「そうか……」


 なにかを心に決めたように、彼の瞳に光が宿っていく。
 そして決心した顔で、車を脇道に止めると、私の肩を抱くようにして、覆いかぶさるようにして唇を奪いました。

 突然の出来事に私は一切対応できず、されるがままです。
 それでも精一杯お返しするように、彼の背中へ腕を回します。

 時間にして数分でしたが、彼は私の顔をじっと見て、


「祐美さん、改めて僕と結婚してください」


 プロポーズの言葉をかけて来ました。
 あの時のような形だけのポーズではなく、真っ直ぐに私の中を覗き込むような瞳で言われたのです。だから嬉しくて、目頭が熱くなってしまいます。


「はい、喜んで。こちらこそよろしくお願いします」


 お返事は涙と共に。

 その後は皆さまのご想像にお任せします。一言付け足して置きますと、昨晩より激しく愛して頂きましたとだけ添えておきますね。


 ◇


 その日から彼とは寝室を共にする事になります。
 未だ恥ずかしい気持ちはあるけど、これから夫婦になるのだからと気持ちを改めました。

 朝食の時も変によそよそしい私達に、琴子ちゃんに変に気を遣わせてしまって。
 彼を送り出し、私は浮かれた気分で式の日取りを決めていました。

 ちょっと早まってしまったけど、茉莉さんは喜んでくれるでしょうか?
 彼女もお嫁さんになった時はどう言った気持ちだったのでしょう?
 それに、初夜のことも色々アドバイスを頂きましたが、準備が間に合わず活用できないまま終わってしまいました。
 それを含めて今度相談に乗ってもらいましょうか。

 そんな生活を1週間。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまいます。
 式は6月にしようと今は式場巡りをしているところです。
 その関係で孝さんは今日も遅いお帰り。


「琴子ちゃんは今日は寧々ちゃんと遊びに行かないのですか?」


 それとなく聞いて見ますけど、彼女からの反応は悪いままです。
 どうやら私と彼が急によそよそしくなった事を感づいたのでしょう。
 それからあまり口を開いてくれなくなってしまいました。

 無言で玄関へ足を運ぶ後ろ姿に声をかけて見送ります。
 朝食に用意したフレンチトーストも残されてしまいましたし、私はその事だけが気がかりでした。
 今日はログインを控えましょうか。
 リアルを大事にしろとは茉莉さんからのアドバイスです。琴子ちゃんは妹のような存在です。
 なるべくなら彼女にも私達の結婚を祝って欲しいのですが、大切なお兄さまを奪ってしまった泥棒猫の私が何を言い繕っても彼女には届かない事でしょう。

 私も同じような体験をして来ましたので、その気持ちはよくわかるんです。
 だからどうにかして、今の関係を改善したいと、茉莉さんに相談を持ちかけました。
 彼女からのクイックレスポンスでは時間が解決してくれるとしか書かれていませんでした。
 それで解決できるのならどんなに良い事でしょうか?

 私はそれで過去に拗らせたクチですので彼女はきっと寂しい思いをしている事でしょう。これからは彼女の義姉として多くの時間を接していくのですから。
 ……だから。


 とはいえ彼女がどこに行ってしまったのかまるで分かりません。
 待っていても帰って来ませんし、時間潰しにログインしてみましょうか。

 茉莉さんに連絡したらナイスタイミングだったようです。なんでも今まで愛し合っていたのだとか。
 流石にそれはちょっと引く、とお返事しましたら「羨ましいかー」と秒で帰ってきました。その通りなので後で愚痴っておきましょう。
 茉莉さんとお話しするとなんだかペースを乱されてしまうんですよね。
 今回こそは自分のペースで頑張るぞ。

 胸の前でグッと拳を握りしめていざログイン。


 ◇



「と、いうわけなのよー」


 エルフの姿で運ばれてきた料理に手をつけて、一口。相変わらず美味しいですね。
 お魚はあまり好きではありませんでしたがこれは癖がなくてパクパクと食べれてしまいます。
 しかし、後方から注がれる視線、……英雄NPCのノワールからガン見されているのを除けば、ですが。


「ミュウさんも大変だーね。式を挙げる前に妹ちゃんと仲直り、か。ハードル高いねー」
「そうなんですよー。彼と一歩どころかゼロ距離まで近づけてうまくいったのですが、それ以降ギクシャクとしてしまいまして」
「それが原因じゃない?」
「えっ?」


 彼女の返しの思わず食事の手を止めてしまいます。


「どういう意味でしょうか?」
「妹ちゃん、お兄ちゃん大好きっ子だったんだよね?」
「はい、兄妹にしてはベッタリでした」
「そこにあるのは兄妹愛?  それとも~?」


 羽根まみれの手でフォークを器用に揺らしながら、マリさんは思わせぶりな態度で言いだします。
 いや、流石に兄妹でそれはないかと。
 え?  無いですよね?


「わからないよ~?」


 手に取った棒状のお料理を手に取ってシャクシャクと口を動かして行く。ごくんと喉を鳴らしてもう一本。食べるスピードが早い。自分の分を一本確保すると同時にお皿は空っぽになりました。

 それをナイフで切り分け、一口大にして口へ入れると、そこには海が広がっていました。
 パリパリとした食感は薄い皮が幾重にも重なった……食感としてはパイに似ています。その層を乗り越えますとふわりと香る海の、潮の香り。何かをミンチにしたようなボール状のお肉がスープと一緒にパイの中に包まれたような不思議なお味でした。


「美味しい……これは何というお料理でしょうか?」
「ん?  ミュウさん春巻き初めて?」
「はい」
「そっかー、こっちの赤いやつも食べて見なよ。美味しいから」


 マリさんに渡されたのは火のように赤い衣に包まれた春巻き。
 一口噛みしめると、こちらは辛い、と言うよりはすっきりとした味わいです。
 これはトマトでしょうか?
 その中にトウガラシにも似た辛みが潜んでいました。やっぱり辛いじゃないですか。ちょっと怒って見せると、彼女はぺろっと舌を出し、「ありゃ、辛いのダメだった?」と、おどけてきました。

 苦手では無いですけど、びっくりするのでやめてくださいね、と言及し、運ばれてきた皿に舌鼓を打って酒場を後にしました。
 特に用事もないのでマリさんと一緒に連れ立ってガールズトーク。
 取り敢えず琴子ちゃんの話と結婚式前の心構えをご教授願ったところで西地区のウッディさんの工房前でお散歩を終えます。


「おはようございます」
「おはようございます、進行役にミュウ君。やはり君はそっちだと慣れないな」
「鼻の下伸びてるよ?」
「僕はこれでも妻一筋でね」
「まぁ、愛妻家なのですね。奥様が羨ましいです」
「僕の方が稼ぎが少ないので肩身の狭い思いをしているけどね。それで今日は何の御用かな?  こう見えて結構忙しい身分でね?」
「おお、順調?」
「おかげさまで、忙しい毎日を送っていますよ」
「それはおめでとうございます。木材の方はお手伝い入りますか?」
「少し頼みたい……と、言いたいところだけど、今は人手が足りなくてね。みんな作業に夢中なのさ。従業員はみんなものづくりが大好きな奴らでね。頼まれてもないのに細かい場所に変にこだわる。だけどそれが高評価に繋がってたりとバカにできないんだ。
 儲け自体は出てるからあとは実費で賄うさ。あまり君にばかり甘えていられないし、君もそれに縛られてばかりもいられないだろう?」
「はい……」
「言われちゃったね、ミュウさん」
「でもその通りですから。ログインできるのも今日で終わりになりそうなので」
「そうか。まずはおめでとうかな?  僕たちはここでのんびりやってるからいつでも帰ってくるといい」
「ありがとうございます。ウッディさんもお元気で」
「もー、なんか今生の別れみたいで辛気臭いー」
「ほんとだね。じゃあ僕はこれから詰めの作業があるから行くね。ミュウ君、あとは頑張りたまえよ。幸せになれるかどうかは君次第だ」


 片手を上げて、ウッディさんは颯爽と立ち去って行きました。
 なんだか一週間会ってないだけで随分とたくましくなられていましたね。


「ウッディさん、随分と変わられましたね」
「うん、きっと環境が彼を変えたんだよ」
「環境ですか?」
「そ。当初の彼は一介の木工職人だった。エルフにとっては一般的で、自分が特別すごい存在だとは思ってない。今もそうかもしれないけどね」
「うん」
「でも彼は立場を得た。あたしが彼に棟梁という役職を与えた。あたしが言い続けたお陰で、みんなからもそう言われて、彼の中で何かが変わったんだと思う」
「そうだったんだ」
「そして今はログハウスを低コストで仕上げられる大工として名を馳せた。最初こそ口で棟梁と言われてただけだけど、今の彼は心の奥から立派な棟梁になってる。あたしはそう思うよ?」
「そうだね」
「だからミュウさんも自信を持とうか?」
「うん」
「まずは妹ちゃんと仲直り」
「……うん」
「そしたらあとは立て続けに結婚、出産、怒涛の日々が待ってるよ」
「う、うん」
「怖気付いた?」
「ちょっと」
「大袈裟に言ってると思ってるでしょ?」
「少しね、マリさんの事だから私を励まそうとしてくれるんだよね?」
「あったりまえじゃん!  親友代表としてスピーチする準備までしてるんだから」


 その頼もしい言葉に気押されるように、なんだか目頭が熱くなってきました。


「どしたのよ急に」
「なんでもない……目にゴミが入ったみたい」
「もー、嘘つくのが相変わらず下手くそなんだからー」
「そ、そんな事ないもん!  それより今日はどこ行こうか?」


 マリさんの手を取り、駆け出す。
 彼女は困ったような笑顔をしながら「そうだな~」と事前に考えていたであろう腹案を披露した。
 私達はそこに向かって全力でダッシュした。
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