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三章

マリさんの居ない日①

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 ログイン時間を擦り合わせようと茉莉さんへ連絡を入れたところ、彼女は私のメールでの打診の結果、夕方まで料理を頑張る事になったようです。あらまぁ。

 なんでも旦那様のご帰宅に合わせるために今から用意するそうですよ? 
 時刻はお昼を少し回ったところです。
 調理工程と言えど一番手間のかかるジャガイモの皮剥きをするにしても早すぎじゃありませんかね? 
 それを問うたところ「どうせ失敗するのが目に見えてるんだから時間は足りないくらい」と強気な書き込みが返ってきました。威張らないでくださいよ、もぉ。
 しかしせっかく出てきたであろう彼女のやる気を無下にするわけにもいきません。成功を祈りつつも彼女に土産話の一つでも作るべく私はログインする事にしました。

 よく考えたら彼女がいない状態でログインなんて初めての事ですよね?  
 少し不安ですが始めた頃のボッチな私ではありません。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながらログインしました。


 私への接続が切断されて、わたしへ再接続されていく。いつも思うのですがこのログインのプロセスって夢を見る時に似てますよね?  夢の中で違う自分が目覚めるみたいな。

 それはさておき。
 前回ログアウトした場所は西エリアでしたのでその場所でイン。
 朝も早くからトンテンカンと小気味良いリズムがあちらこちらから響いてきます。昨日の意見交換会を経てみなさんやる気に満ちた目をしております。ウッディさんが呼びかけをする前の惰性的な、熟練度が上がればラッキー的な表情ではなく、共通の目的を持った同志として声を掛け合っていました。
 それを見てわたしも嬉しくなってきます。社長をしていた頃もなかなかやる気を出してくれない新卒社員には苦労したものですからね。と、いけません。今のわたしはもう社長ではありませんでした。
 でも始まった直後はどこかよそよそしく、話しかけても返事を返してくれる方はあまりおりませんでしたし、上手く回って良かったですねと喜びを分かち合いたい気分なんですよ。
 るんるん気分で散策しておりますと、早速顔見知りを発見、突撃します。


『おはようございます、ウッディさん』
「やぁ、ミュウ君か。進行役は一緒じゃないんだね」
『マリさんはリアルの課題を解消してるよ』
「ああ、例の料理だね。上手くいきそうかい?」
『知ってるの?』
「うん。僕が参加した時に掲示板で話していてね。手作りしてくれる奥さんがいて羨ましいよとコメントしたんだ」
『そうだったんだ。ウッディさんの奥様はお料理が苦手な方なんですか?』
「苦手、というよりは彼女は僕よりも多忙でね。つい冷凍食品に頼ってしまうんだ。彼女というよりは僕がね。
 僕の方が早く帰る分、何か作ってあげられればいいんだけどさ。最近の冷凍食品は結構すごいだろう?  下手に料理に手を出して失敗するとなると目も当てられないからさ。だからうちの食事は主に冷凍食品に頼りきっているわけ。安くて一流のシェフの味が自宅で再現できるってね。ゲンさんもそれに客を取られているなんて嘆いていたよ。っと失礼、少し野暮用が出来たみたいだ」


 わたしの後ろから同業の方から呼びかけられて、申し訳なさそうに後頭部へ手を置いて笑ってました。


『あ、こっちはお気になさらず。お仕事頑張ってくださいね』


 そう言って別れ、わたしは中央噴水広場までノックアップで移動していきます。ドライアドはどうしても自分で動くことができませんからね。進行方向へ押し出す事で移動する事も出来たりします。馬車とかがあればそれに糸をくっつけて引きずってもらうこともできるんですけどね。
 ……っと、そうだ。いいことを思いつきました。あれを試してみますか。思い立ったら吉日と言いますし、早速行動に移しましょう。

 スイー……
 わたしは今、浮遊しながら眼下の街並みを覗き込んでいます。
 もちろんタネも仕掛けもあります。
《透糸》で認識阻害をかけつつ《空輸》で自らを包み《クレーン移動》で移動先を更新しながら《空輸》状態のわたしを吊り上げながら流れるように移動中です。
 想像よりも楽な移動法に楽しくなってついはしゃいでしまいました。
 バード種のプレイヤーか住民か分かりませんが、並走しながら声かけしたり、驚かれて墜落させたりと様々なハプニングを巻き起こしながら僅かばかりの空の旅を満喫します。
 あ、これマリさん要らないかな? 
 そう思わなくもありませんが、彼女はわたしの足に止まる人材ではありませんのでその考えは早計ですね。何しろ奥手なわたしの交友関係を広げてくれることの出来る唯一無二の存在ですから大切にしませんと。
 出だしからいつもと違ったスタートを切り出し、ストンと冒険者組合前に降り立ってドアを開けます。
 中では忙しそうに準備中をしている組合員さん達と、酒場で朝から飲んでいる冒険者さん、その酒場の厨房で早速仕込みをしているゲンさん達を目撃しました。
 その場へノックアップによる移動法でぴょんぴょんと跳ねて近寄り、早速突撃開始です。
 クレーン移動は流石に目立ちますからね、自粛しました。


『おはよう、ゲンさん、シグルドさん、あと知らない人』
「知らない人って……まあいいか、おはようさん、ミュウちゃん。今日は進行役は?」
『お家でお料理がんばってるよー』
「お、早速やってるな。じゃあ今は一人なのか」
『うん』
「初めまして、僕はミシルっていいます。ミュウちゃん、でいいのかな?」


 ミシルと名乗った年端のいかない少年がわたしの顔色を伺いながらそう言ってきました。


『えと、こう見えて中の人は大人なのでちゃん付けはやめてほしいかな?』
「俺らはいいんだ?」
『わたしより絶対年上なので平気です』
「ひでぇ。まあ今年35だけどよ」
「俺はこいつの二つ上だ」


 ゲンさんがシグルドさんを指差してニタニタ笑います。
 やっぱりお二人は年上でしたね。逆に年下だったらどう接していいか困ってしまうので、一安心です。


「僕25なんで、多分年上だと思うのでやっぱりちゃん付けで呼んでいいかな?」
『えっと、ごめんなさい?』
「えぇ!  僕より上なんですか!?」
『ノーコメントで』
「こりゃ深入りすると怪我するやつだな」
「ああ、オレ達が若い時に散々痛い目に合ったやつだ。ミシル、諦めろ。こういう時の女子はこえーぞ」
「えぇ、なんだか納得いかないなー」


 ぶちぶちと文句を言ってるミシル君を無視し、ゲンさん達の今日の予定を聞き出します。
 どうやら今日もウッディさんのところで賄いを作るそうですよ?  酒場の方は大丈夫なんでしょうか?  聞いてみましたら、あまり上がでしゃばりすぎると下が育たないからそれでいいんだってことでした。なるほど、放任主義なんですね。そう返しましたらまあそうだなと笑われてしまいます。その後少しお話しして酒場が立て込み始めたので挨拶をして分かれました。今日はウッディさんのところを特に手伝うこともないですし、街の散策でもしましょうか。
 腕を横に振るってステータスパネルを呼び出します。っと、フレンドリストが点灯してますね。この子がいるってことは今はあの場所ですね。わたしは調理場から出るとまっすぐ酒場へ向かいました。


 朝早くなら陽に弱い彼女のこと。時間的にここに居るだろうとあたりをつけてきたのですが……やはり居ましたね。
 って知らない人とお話ししてます。彼女は結構人見知りするかと思ったんですけど……いえ、どちらかというと選り好みでしょうか?  なので意外と言えば意外。
 でもお話し相手の彼女、どこかで見たような気がします。どこでしたっけ?  とりあえず挨拶だけでもしてしまいましょう。


『ハローココ』
「あらミュウ、今日はソロ?」
『うん』
「こんにちわ。先日はどうも」
『えっと?』


 誰だっけ? 


「その反応は覚えてないわね」
「うわ、ショック」
「こいつはカザネ。森林フィールドで素材売り渡したでしょ。覚えてない?」
『その節はどうも?  そもそもそれの対応したのマリさんだし?』
「そういやあんたはバッグ持ってないんだっけ?」
『うん』
「へー、精霊って大変なのね」
『おおよそ掲示板の通りだしね』
「そんで、今日マリはどうしたのよ?」
『あの子は料理の特訓中』
「あー、結婚してるんだっけ?」
『そうだよ。それで料理教えてくれっていうから教えたら彼女の不手際が露呈したと』
「マリさんと貴女、いえミュウさんはリアルで知り合いなの?」
『リアルは知ってるけど厳密にはリアルの知り合いじゃないよ。どっちかというとゲームでのお友達。良くも悪くも本音で語り合える稀有な一例かな?』
「ミュウって結構黒いもんね?  こんな儚げなのにあたしとタメ張れるもん」
「それは結構どころじゃ……」
「なんか言った?」
「なんでもないわ」


 ギョロリという擬音が聞こえそうなほど尋常じゃないくらいに目を見開いたココットが真っ直ぐにカザネさんを威圧してました。カザネさんも正直に言い過ぎです。ココットってこう見えて傷つきやすいんだからもっと丁寧に接してあげないと。


『そう言えば聞いたよ。ワールドクエスト頑張ってるんだって?』
「ふふーん、あんたもあたしの実力に恐れ慄いたかしら?」


 ここは話を切り替えて気を紛らわせてしまいましょう。すぐにココットは食いつき、カザネさんはペコっと頭を下げてきました。いいのよー、この子マリさんと同じ対応で通じるから楽だし。


『慄きはしないけどつまんないんじゃない?  競う相手いなくて』
「いや、そんな事ないのよ。ミュウは知らないんだっけ?  うちのリチャード。あいつ最近エクストラジョブ見つけてアサシンになったのよ。生意気にもトップテン入りしてね。あたしもうかうかしてらんないって、今日追い上げるとこなの。ラジー待ちでね。ちょうど来たみたい」
「おまたせしましたココ姉様。あらミュウお姉様もイベントに参加なさるのですか?  私は嬉しいですけどパーティの途中参加は認められてませんので残念です」
『おはよう、ラジー。わたしはイベントに参加はしないから安心して。今日はソロだからココと雑談でもしようかなって』
「そうでしたか。姉様、少しお時間をずらしましょうか?」
「要らないわ。ずらして負けるとか一生後悔するもの。ミュウ、悪いけど今日のあたし達は夜まで空かないから」
『大丈夫だよ。アポ無しで訪ねたわたしも悪いもん。ラジーも頑張ってね、応援してる』
「ありがとうございます」
「あたしにはよ?」


 ラジーに労いの声をかけながら頭をナデナデしていると、それを遮るようにココットがずいと前に押し出て来る。
 ちょっと、わたしの憩いのナデナデタイムを邪魔しないでよ。


『要らないでしょ?  したらしたで嫌がるくせに』
「その通りだけど何にもないのはそれはそれで悔しいじゃない」


 チラリとカザネさんの方を向くと、飲み過ぎたのか頭痛にうなされたようにこめかみを抑えながら片手を左右に振っていました。
 どうやらメンドくさいので相手にしたくないようですね、わたしも同感です。


『はいはい、ガンバレガンバレ』
「なげやり過ぎ!  くっそー、あとで吠え面かかせてやる!  ラジー行くよ!」
「はい姉様。それではミュウお姉様、後日たくさんお話ししましょうね。では行ってまいります」


 ココットがズンズンと大股で歩いて行き、すぐ後ろをラジーがすごすごとついて行く。もう、お行儀悪いところまでマリさんの真似をしなくてもいいのに。あれで名家のお嬢様だっていうんだから目も当てられないわ。


『あの子ってフルタイムあんななのね?』


 見送った後に振り返りながら尋ねると、カザネさんはテーブルに突っ伏した状態で這いつくばっていました。
 どうやら相当お酒が回っているようですね。
 残念、普段の彼女のお話しでも聞ければと思ってましたがダウンされてしまったのでは仕方がありません。
 その寝姿はうなされるように彼女は眉間にしわを寄せてギリギリと歯ぎしりを立てていました。悪夢でも見ているのでしょうか?  少し心配です。
 非戦闘時の睡眠判定ってどうなるんでしたっけ? 
 まあ大丈夫でしょう。酒場にはそういう輩も多いでしょうから、きっとそういう施設もあるのだと思うことにしときます。
 さて、場所移動でもしましょうか。出かける前にゲンさんに挨拶をして組合を後にしました。
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