おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)

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【ヨルダ編2】元落ちこぼれ令嬢の魔法革命

ヨルダのワイン作り【ガス抜き】

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「良いですか、最初の修行は魔法のストックです。それを終えたら畑の作業に入ってください。どれにどれだけ初級魔法を扱うか頭に入れてから現場に向かうのですよ? 最初の方はなんでもいいので可能な限り魔法をストックしておけばいいです」
「「「「はい」」」」

 ヨルダの号令に獣人たちが威勢のいい返事をする。
 出遅れた騎士たちは初級魔法ぐらいで何をするというのかという目で獣人たちを見送った。

 しかし畑に出てから、最初の修行であるストックした魔法しか使えない農作業というのを見て、ようやくそれが異常な修行であるかを理解し、ぽかんと口を開く。

 それは鍬で土を掘る、鋤で耕すなどの全ての作業を道具に頼らず魔法のみで行うというものだった。
 ある者は風魔法を連続で発射しながら畑を耕し、ある者は風魔法と水魔法の合わせ技で水撒きをしている。
 野菜の収穫、余計な枝葉のカットも全て最初にストックした魔法で行なわされた。
 
「ああ、くそ。今日の作業は水を多くストックしとくんだった」
「作業によってはストックする魔法に差が出てくるのが辛いよね」
「ワンショット部隊はまだ魔法を使うだけだからいいけど、セカンドショット部隊は複合魔法を実践させられるからな。だが、モノにすれば作業は段違いだ」
「モノにするまでが大変なんだよ」
「隊長はサウザンドショットの使い手らしいな」
「あれは恐ろしいよ、実際に目の前に現れた時の絶望ったらないもん」
「言えてる」

 農作業中の獣人がヨルダについて語っている。
 作業をしながらの談笑は許されているらしい。

「では、今日から始める初心者の方の畑はこちらです。獣人部隊に追いつくように張り切ってくださいね!」

 ヨルダはにっこりしながら騎士たちに荒地を寄越した。
 騎士たちは獣人たちの畑の一角を借りれるもんだとばかり思っていた。
 まさか一から畑を耕す真似をさせられるとは思ってなかったようだ。

 獣人たちを奴隷のように働かせているのならまだ理解できる。
 それを同じ貴族の騎士たちにも同様にやれというのが理解できずに顔を見合わせる騎士たち。
 言われたことすらやりもしないのは騎士として失格にも程があった。

「な、なあ。そこの獣人たちのを借りれないか? 初心者にここからは厳しいというか」
「あら? 先ほどの誓いは聞き間違いだったかしら?」
「ぐっ」

 ヨルダの軽口に何も言い返せないヨハンと出戻り騎士たち。

「そもそもの話です。この耕す作業だって重要な魔法訓練。これが自在にできた時、敵兵の足場を自分の自在に操れる。そのことに意識を向ければこれがいかに重要な訓練かはわかるはずです。重労働だからとそれを他者に任せ、美味しいところだけ持っていくのがあなたの騎士道精神なのですか?」
「そういうわけではないが……」
「ならつべこべ言わずにとっととやる! あなた方はこの子達よりも優れた加護を持っているんです。なのに口を開けば言い訳ばかり。それでは陛下に示しがつきませんよ? 同僚に自分は優れているのだと自慢したいのでしょう?」
「わかったよ、やればいいんだろ!」

 開き直ったような口調のヨハン。
 さっき自分から頼み込んで修行に参加したのにこの態度。
 最初から修行に参加するのが目的なだけでそこまで真面目にやる気はなかったのだ。
 修行に参加してる事実さえあれば、友人に自慢できる話の幅が広がる程度に思っているのだろうが、ヨルダはそこまで甘くない。
 鍛えると引き受けた時点でスパルタで行く方針である。

 洋一が「まず最初にお風呂を作ってくれ」と無茶振りを見せたように。
 ヨルダは畑作りを課した。
 正直、自分ほど優しい魔法の講師はいないと自負している。

 だというのに騎士たちは口を開くたびに弱音を吐いた。
 中級騎士や上級騎士ならまだわかる。しかし中にはヨルダと同じ下級騎士までいるのだから、本当に目も当てられない。

 まるでこれは自分のやるべきことではないかのごとく、不満や愚痴を漏らすのだけは上手だった。

「隊長! この土、そっちの土より硬すぎませんか?」
「地質は同じよ? 言い訳ばかりしてないで、さっさと掘りなさい」
「なんで向こうは同じ魔法なのにあんなにサクサク掘れるんだ! おかしいじゃないか!」
「そりゃもちろん、同じ魔法ではないからよ」
「え? あれはウインドカッターだろう?」
「違うものよ。ウィンドカッターの魔法構築にそっくりなだけで、それぞれ工夫がなされているの。おんなじ風にやったって同じ効果が得られるわけないでしょう? みんな苦労してそこに行き着いたのよ? 騎士団にいた時の力任せがうちで通じると思ってました?」

 ヨルダが冷たく突き放すと、今度こそヨハンの堪忍袋の緒が切れた。
 ただでさえ年下。
 ヨハンは21歳。対してヨルダは15だ。
 年齢差は6。そんな年下に顎で使われることに我慢がならなかった。

「そんな説明はなかった!」
「ええ、してないもの」
「あいつらばかり贔屓してるんじゃないか?」
「あなたねぇ、いい大人がそうやって駄々ばかりこねないでちょうだい。わたくしだって耕せるわよ? ただ、一回手本を見せただけ。そこから苦労して自分のものにしてみせたのはあの子達なの。作業中は雑談は可能なのは知っているでしょう? そこで見聞きして、学ぶの。あなたたちは彼らの仕事を真剣に見聞きしてた? してないわよね? 自分ならもっとうまく扱えるって慢心ばかりだったに違いないわ」
「そんなこと……」

 あったとは言い出せないヨハン。

「なら、手本を見せるから励むことね。まず、こんなに乾いた大地では土が硬いのは当たり前よ。だから水を浸透させるの。方法は任せるわ。ぬかるみすぎたら流石に畑には不向きになるから、水を含ませてから耕すようにするの。こんな風にね」

 ヨルダはその場で指を弾いてみせた。
 それだけで前方の乾いた大地に水が染み出す。
 魔法陣も何も見えない。
 突然その場に水が湧き出したように見えた。

「あ、隊長が畑のレクチャーをしてるぞ!」
「一見して複雑な魔法の組み合わせだからな」
「あれ、ぱっと見だけで三属性は複合してるよ」
「何と何と何?」
「水、風、あとは土かな?」
「あとで手順教えて」
「いいけど、ご飯のおかず少し分けてくれよ、お前の作るパンがどうにも真似できなくて」
「そりゃ嬉しいね。ならお前のベーコン少し分けてくれ。多めにだすよ」
「助かる」

 ヨルダが魔法を行使するだけで、獣人たちがその技術を盗もうとワラワラやってくる。
 獣人たちは畑だけでなく、すでに加工技術まで学ぶ上級魔導士までいるのか、お互いの物品をトレードしてでも情報を聞き出そうと必死だ。

 あいにくと今の騎士たちに備わってない必死さだった。
 それほど学びの機会があるヨルダの魔法を、自慢だ贔屓だと嫉妬しては全く研鑽を積まないのである。
 それが貴族と平民の学ぼうとする差だった。

「何かいっぱい人が集まってきたからこのまま畑作りまで教えるわね?」

 ヨルダの手本を皆が真剣な顔で学ぶ。
 騎士たちは自分の方が圧倒的不利であるにも関わらず、変なプライドを優先させすぎて学びの機会を損ねすぎている。
 
 しかし、ヨルダが実際に手本を見せ、荒地がみるみる畑になっていくのを眺めながら「本当にこれが俺たちにもできるのか?」という気持ちがむくむく湧き上がってきた。

 そこに入り込む獣人たちの考察。
 あれはどんな原理で、どれほどの工夫がこなされているとの情報を聞いたときは今までの魔法構築は一体なんだったのかと思わされるほどの衝撃だった。
 しかし実際に自分で扱ってみれば、それがいかに効率的に土を掘るのに適した魔法かを理解する。

 理解してからが早かった。
 あんなにどうやっても固くて崩せなかった土が、その魔法構築ならサクサク掘れていく。
 そんな学びは、ヨハンを筆頭に他の騎士たちにも伝染していく。

 獣人たちが教え合うように、騎士たちも自分なりのやり方でコツを教え合った。
 畑作りが楽しくなってきたあと、昼に一回だけ催される食事会が開かれる。

 ここでの暮らしはソルベ村での模倣なのだ。
 瀕死でないと必死にならないという経験談から。
 そして獣人でも狩猟以外での食い扶持を増やせるとしてこの方法は絶賛されている。

 獣人たちがヨルダに付き従う者が多いのは、自分の生きていく力を学ばせてもらえる機会が多くあるからだと声が上がっている。
 騎士たちは家を出たらただの平民。
 そうなるのを恐れて貴族の権力を振るえる騎士団に入隊したものが多くいる。

 特に今回ヨルダに抜擢された騎士なんかはそうだ。
 家に居場所がなく、貴族社会からも爪弾きにされて、騎士団の下っ端として働いてきた。

 変にいじっぱりで、頑なに平民を扱き下ろそうとする背景には、自分が平民と同格だとかつての同僚に笑われたくないという意地だけがあるのだ。

 名前を捨てたヨルダにはわからない感情だが、名前を捨てきれない騎士達には、それが命の次に大切だった。
 しかしそんな騎士達に、命よりも大切な何かが芽生えていく。

 それが、成功体験である。
 ずっと負けっぱなしの騎士見習いが、家族よりも劣る魔法で一つの畑を作った成功体験。
 それを魔法だけで作り上げたというのは、昼間から見回りをサボって酒を飲んでる騎士達には想像もできないものだった。

「俺の畑を見てみろ、こいつをどう思う?」
「すごく……立派です」
「だろぉ?」

 まるでマイホームを自慢するように、自分が騎士だったことなんか忘れてしまったように。
 今では畑の出来が彼らの心の拠り所になっていた。

「が、昼に出される飯以上のものはまだ作れてないんだよなぁ」
「正直、隊長の出す飯がうますぎてなぁ。俺、家にいた時でもあんなうまいもん食ったことないぞ?」
「それ、俺も思った」

 公爵家の娘だから。
 最初はそんな感情が上がっていたが、裏を返せば贅沢はすれども自分で振る舞うなんてもっての他である。

 美味い飯を食ってきたからと、それを再現するのは別の話だ。
 なんならヨハンだって真似できてもおかしくないが、なんら形にできない。
 これが現実である。

 だからこそ、努力の賜物なのだろう。

「隊長、普通に料理できるのが意外だよなぁ」
「なんでもタッケ家のオメガ様が惚れ込んで求婚なさったそうだぞ?」
「オメガ様って学園でも超エリートの魔法の天才だろ? 釣り合わなくないか?」
「バッカ、うちの隊長はあの歳で新しい魔法部門を設立された方だぞ?」
「だからだよ。学園のエリート如きが求婚とか無理がないかって話」
「そっちか」

 今では騎士団にいた頃のプライドはかけらも残されちゃいない。
 ヨルダの元で学び、いくつかの成功体験を得た新生魔法師団の一員は、ヨルダが大好きすぎて婚約者に物申すまでになっていた。

 余計なお世話だと言いたいが、反骨精神で突っかかってくるよりは幾分かマシか。

 
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