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浅見桜子

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「少し横になるといいよ」

 散々泣いて嗚咽が治まる頃、四鬼さんがベッドを勧めてきた。

「僕は学校の様子を確認してくる。ちなみに同級生以外で交流していた生徒とかいる? 教師でもいい」

「……いません。同級生でも涼くん以外と仲良くしてませんでした。今から考えるとこれも鬼姫の力が交友関係を限らせたのかもしれませんね」

「僕としては夏目君ひとりで数千人が君と仲良くしているのと同義だけど。話が前後して悪いんだけど、鬼姫を吸収したというのはいつの話?」

「昨日の夜です」

「美雪と会う前?」

「はい」

「ーー美雪は桜子ちゃんを認識していたな。何かその辺に要因があるかもしれない」

「要因? お母さんがわたしを忘れて、美雪さんが覚えているのに違いがあるんでしょうか?」

「ぬか喜びはさせたくないけど。希望的観測として考えられるのは、鬼の血が流れる者と流れていない者の差があるね。で、この推測にのっとれば夏目君は桜子ちゃんを覚えている可能性がありそうだ」

「……」

「どうしたの? あまり嬉しそうじゃないね? 夏目君に覚えていて欲しくない?」

 わたしは俯く。膝の上でスカートを握った。

「わざと言ってますよね?」

「ごめん、つい妬いちゃったんだ。君がここで万歳して喜んだりしたら立ち直れなかったな。謝るよ、ごめん。こっちにおいで?」

「あまり甘やかさないで下さい。癖になると困ります」

「むしろ癖になってくれないと困る。ほら、ベッドに入って」

「……美雪さんに連絡するんですか? わたしを覚えているか確認したりしますよね?」

 自分の目で現状を確かめる勇気がないくせ、疑り深い。すぐ四鬼さんを試す物言いをしてしまう。

「しないよ、柊に頼むつもり。僕から連絡したら期待させちゃうだろ? どうすれば桜子ちゃんに信頼して貰えるかな? 浮気はしない、他の女性に目移りなんてあり得ないと証明したい」

 立ち上がり、四鬼さんを見る。四鬼さんは本当に優しい、優し過ぎる。一方、わたしは彼の想いを全然返せていないじゃないか。

 万歳して喜ばないまでも、涼くんがわたしを忘れていなければいいなって心の何処で願ってしまう。涼くんを鬼にしたくなければ、いっそ忘れられた方が都合がいいのに。

 四鬼さんはそういうのを含め、丸ごとのわたしを包み込む。鬼姫だから、浅見桜子だからという次元じゃない。

「わたしこそ、四鬼さんにどうすればいいんでしょう?」

「僕の側に居てくれればいい。他は何もいらない」

「それじゃ何も返せてないです。第一、今のわたしは何処にも行きようがないし、帰る場所なんてありません!」

「なら、ひとついいかな?」

 痺れを切らした四鬼さんにベッドの前まで手を引かれる。

「なんですか?」

「いつか、いつかでいい。君の中でいいと思えたなら僕の血を飲んで。それで桜子ちゃんの血を飲ませてくれない?」

「ーーそれって」

「知ってるよね? 鬼姫に対してのプロポーズ。結婚しよう、桜子ちゃん」
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