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運命の相手

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 その時、月明かりが差し込む。窓ガラスに映り込むわたしは白衣がドレスみたいに映り、欠けた月が神父さんとなって尋ねてきた。
【その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?】



「ーーという訳で、浅見さんには近々転校をして頂きます」

 クラスメートが沖縄に行っている間、わたしは保健室登校となる。が、柊先生に自習を監督する気はさらさらなく、鬼の歴史や性質などを教わる時間となった。

「まさか鬼月学園にですか?」

「まさかではなく必然です。こんな調子で入退院を繰り返していれば出席日数が危ぶまれますし、なにより学園は鬼に手厚いサポートがあります」

「……授業料高いですよね」

「学費については四鬼家が援助してくれますよ」

「学費もそうですけど。あの制服はちょっと」

「お似合いになると思いますが?」

「あの真っ白なのは……派手すぎません?」

「鬼は派手好きで、目立つのが大好きなんですよ」

 鬼姫の知識と現代の鬼について擦り合わせると、転校の処置も致し方ないと納得する。

「鬼の生徒はどのくらい居るんですか?」

「千秋様を含め、15人です。鬼の血があまり濃くないので花婿候補ではありませんが、会ってみたいです?」

「会わなくていいです。女性の鬼はいないんですよね?」

「えぇ、あなただけです」

「そうですか……美雪さんも学園に?」

「屋上では大変申し訳ありませんでした。千秋様にこっぴどく振られないと分からないだろうと」

 そんな風に言われるのは複雑だ。どんな顔をすればいいか迷い、ノートへ視線を落とす。転校したとして美雪さんと行き合うのは気まずそうだ。

「立ち入った質問ですが、夏目君の事はどうするのでしょう?」

「え、涼くんも転校させるんですか?」

「今のところは予定してません。本人が希望するなら受け入れますがね。彼はあなたに血を与えるのには寛容ですが、鬼になりたくないそうです」

「涼くんらしい言い分ですね」

 自ら鬼となる選択はしない。涼くんならそう言うと思った。

「涼くんを鬼にしない為にも、他の摂取方法を取りたいと考えてます」

 涼くんの血を徐々に断っていく計画を前向きに検討する。またそれと並行して、涼くん以外の血を飲む選択も視野に入れる。

「夏目君とは離れるのですね?」

「離れると言っても家が隣で、幼馴染なんですけど。明日、沖縄から帰ってきたら伝えようと思ってます」

「お土産にシーサーの置物を貰うかも知れませんね」

「くれません。そして要りません。結局言えずじまいでした」

 顔を上げ、笑う。この決断に後悔がないと示す。

「こんな事を言うと千秋様に叱られますが、夏目君を花婿にしても良かったのですよ? 可愛いあなたが鬼になって欲しいと言えば、応じてくれるかもしれません」

「言いません。もう先生ってば、誰の味方なんです?」

 呆れたと息をつき、先生を軽く睨む。と、先生もわたしをじっと睨んできた。

「鬼と人との恋の成れの果てを体験した身として、同じ挫折を味わせたい部分と、悲劇を塗り替えて欲しい部分が半々といった所ですかね。
それに浅見さんが夏目君を選べば、妹は千秋様を好きでいられる」

 柊先生の瞳が際から赤くなっていく。

 鬼は感情が昂ると目が染まり、香りを放つと先程学んだばかり。むせてしまいそうな甘い香りに思考を惑わされぬよう、理性の手綱をしっかり握る。

「先生は失ってしまった恋人を今でも好きなんですね。初めて先生と会った時に持っていた写真の人ですか?」

 これも学んだばかりだが、鬼は長寿で一定の年齢から老けにくくなるそう。鬼が姿を変えられるのは、長く生きているのを人に気取られない為でもある。

 先生のファイルに挟まっていた写真は年代が古そうだったものの、撮った当時に柊先生は居たのだろう。

 先生は真顔で立ち上がり、机の引き出しから該当の1枚を取り出す。

「私に恋愛感情が残っていないのは、彼女を亡くした時に2度とこんな思いをしたくないと恨んだからでしょう。美雪や夏目君と接すると彼女が過ります。鬼と人は愛し合っても不幸になるだけです」
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