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高橋と付き合うことにする
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わたしは俯き、黙って校門へ続く坂道を上る。おはよう、おはようと挨拶を交わす生徒の声が遠い。わたしとは違う世界の言葉みたいだ。
「君の決断は間違っていない。胸を張っていい
「張れません。わたしは涼くんを鬼にしてしまう所だったんですよ」
「そうかもしれないけれど、踏み止まれたじゃないか? なかなか出来ない事だ。僕は嫉妬するよ」
「嫉妬ですか?」
「鬼は血に執着する。なのに桜子ちゃんは夏目君のため身を引いた。真実が殆ど話せないだろうから苦しかったはずだ。苦しい思いまでして彼の将来を守るなんて、嫉妬して当たり前でしょ? あーあ、僕も桜子ちゃんに泣かれるほど想われたいよ」
四鬼さんの言葉が染みる。ひりついた肌に馴染む。
「実際は泣かせたい訳じゃない。桜子ちゃんには笑顔でいて欲しい。桜子が笑顔に戻れる手伝いをさせてくれないか?」
「こういう時に優しくしないで下さい。わたし、一族や鬼姫の件はまだ納得してませんから。ニュース見ました」
「うん、身内の不祥事を病院のアピールに使う当主は怖い鬼だね」
俯いたまま唇を噛み、予防線を引いておく。
「それと弱っていたら付け込むのは当然だ。安心して付け込まれちゃえば? デロデロに甘やかしてあげる」
とか言いつつ、スキンシップがいつもより少ない。わたしに寄り添うのを優先してくれていた。
「デロデロって、ぷっ」
四鬼さんらしからぬボキャブラリーに吹き出せば、彼は格別に嬉しそうにする。
「ありがとう、ございます」
わたしはそっと、聞こえるか聞こえない程度に呟いた。
■
教室に入ると直にHRが始まるというのに騒がしかった。中央で高橋さんが囲まれている。
通り魔が逮捕されたのをみんなで喜んでいるのかもしれないと予想し、わたしは関わらないよう席へ向かおうとした。
ーーが、首に包帯を巻く姿が視界に入り、足が止まる。
「あら、おはよう! 浅見さん!」
「高橋さん、首はどうしたの?」
取り巻きを含めた視線がわたしに集中した。まず通り魔が捕まった話をするのが礼儀だろう。しかし、その痛々しい包帯が気に掛かって仕方がない。微かに傷から甘い香りが発せられ胸騒ぎに拍車をかける。
「あぁ、これね? ちょっと噛まれちゃって」
「噛まれた?」
「まぁ、うん」
高橋さんはわたしにだけ追えるよう目線を涼くんへ流す。クラスメートの同調圧力を無視し、すぐさま突っ伏した彼を叩く。
「涼くん!」
「夏目君じゃないのか?」
「……夏目君、ちょっと」
朝練の後だからか、涼くんの身体は熱を保ったまま呼吸も整っていない。
「なんだよ?」
「なんだよじゃないよ! 高橋さんのーー噛んだって聞いたけど?」
だるそうに身体を起こす涼くん。わたしと目を合わせようとしない。
周囲に拾われない小声で尋ねたが無視される。
「ちゃんと答えて! 大事なことだよ?」
「大事? いちいちお前に話す必要ない。責任とって高橋と付き合うことになった。それでいいだろ?」
「責任って……夏目くん! 人を噛むなんて、それって血をーー」
「あー! お前、うるせぇんだよ!」
遮られたうえ怒鳴られ、身体が硬直する。
「もう俺に関わらないでくれ。頼むから」
あっちに行けと手を払った後、再び突っ伏す。肩で息をしていて苦しそうだ。この倦怠感は部活のせいじゃない。
涼くんはもしかして鬼に? 高橋さんの血を本当に飲んだの? 踏み込んで聞かなきゃいけないのに大切な言葉ほど喉に張り付く。
「ど、どうしよう。わたしのせいだ。わたしのせいで……」
高橋さんが勝ち誇った顔でわたしの様子を覗き込もうとしているのが分かったが、ショックを隠しきれない。目の奥が熱くなる。
「涼君から聞いた? あたし達、付き合う事にしたーーって、浅見さん泣いてるの?」
涼くんもはっとしてこちらを見上げ、苦しげな姿に涙が溢れて止まらない。
「んで、桜子が泣くんだよ? 俺が悪いのかよ?」
「違う、悪くない。わたしが悪い。ごめん、ごめんなさい」
「おーい、HR始めるぞー」
会話の途中で担任の先生がやってきた。教室内の空気感を全く気にしないで、それぞれへ着席を指示する。
「お、おい! 浅見! どこに行く?」
わたしはみんなの流れに逆らい、教室を飛び出していた。
「君の決断は間違っていない。胸を張っていい
「張れません。わたしは涼くんを鬼にしてしまう所だったんですよ」
「そうかもしれないけれど、踏み止まれたじゃないか? なかなか出来ない事だ。僕は嫉妬するよ」
「嫉妬ですか?」
「鬼は血に執着する。なのに桜子ちゃんは夏目君のため身を引いた。真実が殆ど話せないだろうから苦しかったはずだ。苦しい思いまでして彼の将来を守るなんて、嫉妬して当たり前でしょ? あーあ、僕も桜子ちゃんに泣かれるほど想われたいよ」
四鬼さんの言葉が染みる。ひりついた肌に馴染む。
「実際は泣かせたい訳じゃない。桜子ちゃんには笑顔でいて欲しい。桜子が笑顔に戻れる手伝いをさせてくれないか?」
「こういう時に優しくしないで下さい。わたし、一族や鬼姫の件はまだ納得してませんから。ニュース見ました」
「うん、身内の不祥事を病院のアピールに使う当主は怖い鬼だね」
俯いたまま唇を噛み、予防線を引いておく。
「それと弱っていたら付け込むのは当然だ。安心して付け込まれちゃえば? デロデロに甘やかしてあげる」
とか言いつつ、スキンシップがいつもより少ない。わたしに寄り添うのを優先してくれていた。
「デロデロって、ぷっ」
四鬼さんらしからぬボキャブラリーに吹き出せば、彼は格別に嬉しそうにする。
「ありがとう、ございます」
わたしはそっと、聞こえるか聞こえない程度に呟いた。
■
教室に入ると直にHRが始まるというのに騒がしかった。中央で高橋さんが囲まれている。
通り魔が逮捕されたのをみんなで喜んでいるのかもしれないと予想し、わたしは関わらないよう席へ向かおうとした。
ーーが、首に包帯を巻く姿が視界に入り、足が止まる。
「あら、おはよう! 浅見さん!」
「高橋さん、首はどうしたの?」
取り巻きを含めた視線がわたしに集中した。まず通り魔が捕まった話をするのが礼儀だろう。しかし、その痛々しい包帯が気に掛かって仕方がない。微かに傷から甘い香りが発せられ胸騒ぎに拍車をかける。
「あぁ、これね? ちょっと噛まれちゃって」
「噛まれた?」
「まぁ、うん」
高橋さんはわたしにだけ追えるよう目線を涼くんへ流す。クラスメートの同調圧力を無視し、すぐさま突っ伏した彼を叩く。
「涼くん!」
「夏目君じゃないのか?」
「……夏目君、ちょっと」
朝練の後だからか、涼くんの身体は熱を保ったまま呼吸も整っていない。
「なんだよ?」
「なんだよじゃないよ! 高橋さんのーー噛んだって聞いたけど?」
だるそうに身体を起こす涼くん。わたしと目を合わせようとしない。
周囲に拾われない小声で尋ねたが無視される。
「ちゃんと答えて! 大事なことだよ?」
「大事? いちいちお前に話す必要ない。責任とって高橋と付き合うことになった。それでいいだろ?」
「責任って……夏目くん! 人を噛むなんて、それって血をーー」
「あー! お前、うるせぇんだよ!」
遮られたうえ怒鳴られ、身体が硬直する。
「もう俺に関わらないでくれ。頼むから」
あっちに行けと手を払った後、再び突っ伏す。肩で息をしていて苦しそうだ。この倦怠感は部活のせいじゃない。
涼くんはもしかして鬼に? 高橋さんの血を本当に飲んだの? 踏み込んで聞かなきゃいけないのに大切な言葉ほど喉に張り付く。
「ど、どうしよう。わたしのせいだ。わたしのせいで……」
高橋さんが勝ち誇った顔でわたしの様子を覗き込もうとしているのが分かったが、ショックを隠しきれない。目の奥が熱くなる。
「涼君から聞いた? あたし達、付き合う事にしたーーって、浅見さん泣いてるの?」
涼くんもはっとしてこちらを見上げ、苦しげな姿に涙が溢れて止まらない。
「んで、桜子が泣くんだよ? 俺が悪いのかよ?」
「違う、悪くない。わたしが悪い。ごめん、ごめんなさい」
「おーい、HR始めるぞー」
会話の途中で担任の先生がやってきた。教室内の空気感を全く気にしないで、それぞれへ着席を指示する。
「お、おい! 浅見! どこに行く?」
わたしはみんなの流れに逆らい、教室を飛び出していた。
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