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好きな鬼を選べばいい

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「ーー帰ります」

 わたしは改めて出て行こうとした。強引に引き止められたら抵抗する算段だ。男性4人相手じゃ到底敵わない計算だが、わたしには私が居る。
 私はわたしが一族に否定的な態度をとろうと干渉せず、ひたすら四鬼さんを案じているようだ。
 結婚しないとまで言い切られ、彼は失望しているに違いない。わたしはそんな四鬼さんを直視出来なかった。

「送りますよ、浅見さん」

 柊先生は交渉の決裂を喜んでいるみたい。

「道中、話しながら帰りましょうよ。対話は大事。一方的に打ち切るのは良くないです」

 そんな言い回しをされ、カチンときてしまう。

「そもそも先生が揉めさせたんじゃないですか!」

「そうとも言えますが。何も知らせないのは騙してるのと同じじゃないですか?」

 ねぇ千秋様、先生が含んだ物言いをする。

「言える事と言えない事があるのくらい、柊にだって分かるだろう!」

 四鬼さんが机上を激しく叩き、拳をガタガタ小刻みに震わす。また何かを言いたそうにするが塞き止めてしまう。
 あんなに歯を食いしばってまで言えない事柄とはなんなのか。尋ねてみたい気もするが、やめておく。
 わたしを子供を産む道具として扱おうとしていた以上の秘密、そんなものを聞いてしまえば正気でいられる自信がない。

「彼女は私がお送りしますね。今日のこれで失礼します」

 先生はわたしを廊下へ出し、後手で扉を閉めた。



「会談、お疲れ様でした」

「本当に疲れましたよ」

 わたしは率直な返事をする。繕う余裕などなく、心から疲弊していた。後部座席で横たわりたいくらいだ。

「こちらをどうぞ」

 ペットボトルを差し出され、勘ぐってしまう。

「ただの水です、何も入ってません。鬼姫をここに呼んだら大変な目に遭いますしね」

「あのお茶って?」

「私の研究の一部です。鬼姫の活動を促進する効能があります。後からレポートに纏めますね。読まれますか?」

「いえ、いいです」

「ちなみに味は不味かったですか?」

「そこ、気になります?」

「はい。あなた用の薬なので、せっかくでしたら好みの味に仕上げたいじゃないですか」

 研究熱心というか、なんというか。ため息が出てきた。

「水には本当に細工してませんので、飲んで下さい」

 と言われてもいまいち信用しきれず、口を付けないで窓の外を眺める。

 一族会談は1時間もかからなかったが、情報量が多いうえ内容も濃かったので体感時間は長かった。

「先生もーー鬼、なんですよね?」

「ええ、そうです」

「血は?」

「飲みます」

 あっさり認める。

「美雪さんもですか?」

「あの子は違います。お伝えした通り、女性の鬼は鬼姫以外に確認されていません。あと最近だと男性も6割程度は鬼としての力が宿らず、春野や秋里の男性陣に鬼がいない状況ですね」

「美雪さんは鬼が怖くないんですか?」

「一族の女性達には鬼の男児を産むのがステイタス化してます。鬼は見目麗しく、頭脳明晰、運動神経にも恵まれ、社会的な成功を約束されているに等しい。
美雪は兄の私が鬼である分、鬼の子を授かる可能性が高いと見込まれ、千秋様の花嫁候補となりました」

「また約束、ですか。婚約までしながら一方的に破棄するなんて勝手過ぎます」

「ふふ、そんなに美雪が気になります? それとも千秋様?」

「……」

 車は静かに進む。わたしは質問に答えなかったが、四鬼さんも美雪さん、どちらも気になる。
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