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仮面を剥がされて

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「まだ居たのか?」

 秀人が突っ立って惚ける女主人の肩を叩いた。

「あっ、あぁ」

 女主人は外套の人物が放つ独特の雰囲気に息をつまらせ、ここでやっと吐く。手を繋いでいたはずの子供は秀人の足元でじゃれている。

「どうした?」

「いえ、圧倒されてしまいまして」

「圧倒?」

 子の頭を撫でて、秀人が鼻で笑う。

「えぇ、薔薇と短剣を贈りに来た女性と行き合ったのですが、言い難い迫力がありまして息がつまりました」

「ほぅ、お前が怯むとはな。そりゃあ大したものだ」

 抱っこをせがまれた秀人は片手で叶えてやる。もう片方には書類が握られ、もはやこの男、仕事中毒。
 中毒者は大好きな仕事の合間を縫い、見送りにやってきた訳ではあるまい。女主人が子供を引き取って今度こそ立ち去り、秀人は軽く手を振り返す。

「薔薇と短剣、ね」

 この組み合わせは秀人の興味を若干引いた。見てみようかと部屋へ向かう。

 明日は酒井に一任し、仕事以外やることがない。まぁ、花嫁のご機嫌伺いなどあるにはあるが、どうにも気が進まなかった。

 ひばりが戦友である。秀人もここに異論はない。
 優子の2度に渡る失踪が様々を奪った中、ひばりはよく支えてくれた。感謝をしている。本当だ。

 しかし、そのひばりとの子供を授かっておきながら妻とする実感がわかない。他人の子供でさえ温かい、可愛らしいと感じるので、生まれてくる自分の子もそう思いはするのだろう。
 思うものの感じられない。こんな秀人の心の一部は壊死して、頑なとなり、機能しない様子。

 頑なと言えば立花も同じか、秀人は友人の姿を浮かべた。
 丸井家十八番の隠蔽で個展での暴行は絵を狙った強盗事件へと仕立てられる。不運にも強盗と鉢合わせた立花は画家の生命を経たれ、代表作が行方不明という筋書きで世に広まった。

 今現在、秀人と立花の交流は途絶える。優子の失踪が自分に責があると立花が譲らず、合わせる顔がないと言う。風の噂だと単独で捜索をしているらしく、再婚を報せても返事がこない。

 秀人は結婚を祝う大量品々を前にして、脇へひっそり置かれた薔薇へ手を伸ばす。見事で香りもよい。喜怒哀楽の揺らぎが少なくなった分を五感が補う。もともと鋭かった嗅覚はより働き、短剣を翳してみた。

 女性でも扱い易い重さ、装飾は控えめだが細やかな職人の技術が映える。

「魔を払う短剣か」

 秀人にもその程度の知識が備わり、花言葉の把握もできた。真紅の薔薇の花言葉は愛情、情熱、そして全てをつくす、だ。

 贈る本数によって意味合いがあって【何度生まれ変わってもあなたを愛する】意志を込める際は抱えれない程、必要とする。

 秀人は束から1本抜き出し胸元へ差し、懐に短剣を入れる。なんとなくこうして身に付けたかった。

 送り主は誰だろう、心当たりがーーあり過ぎる。伝言を添えていないか花束を確かめたところ、1枚を発見。
 その手紙には達筆でこう綴られる。

『ご結婚おめでとうございます。いつまでも幸せが続きますように。黄昏の君より』

 読んだ途端、秀人の胸がどくんと跳ねた。

 別段特別な旨は書かれていないのに文章から言い得ぬざらつきを覚え、このざらつきが錆びた心の扉を削ごうとする。
 胸を抑え、秀人な短剣の輪郭をなぞってみた。こんな動揺は懐かしい。文面を深く読み込んでみよう。

 女性は結婚を寂しく思う背景から【黄昏の君】と名乗るのか、いいや、これは暁月の対として黄昏を名乗ったのであろう。

 暁月は暁、夜明けや明け方。黄昏は夕方、勢いが衰えた頃と比喩される。とどのつまり、秀人のせいで日影の暮らしする者を表すとしたら?

 秀人はかつて丸井の先代が画家を囲い、援助した手法を福祉事業において採用。表向きは社会的弱者の救済をするが儲ける裏がある。女主人が気が強くないとやっていけないと言ったが、秀人も綺麗事ばかりじゃ世を渡っていけない。

 立花が秀人の側を去った本当の理由、それは立派な建前越しに先代を重ねたからであり、もはや秀人を始め、誰も優子の安否など気にかけていなかった。

 あの日、徳増と絵画と共に消えた優子。全員を裏切り失望さた代償として、歪んだ憎まれ方をされている。

 例えば、ひばりは花嫁衣装に優子を磔(はりつけ)、立花はもう存在しない優子を探す真似をし、秀人が優子以外の救済者という仮面をつけた。
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