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仮面を剥がされて
仮面を剥がされて
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場所は変わり、暁月秀人は書類に目を通していた。
結婚式を明日に控えるも、彼には片付けて置かなければならない事が多い。
「失礼します。宜しいでしょうか?」
そこへ扉が叩かれた。
「あぁ」
来訪者に目線を上げず対応する。ペンを走らせては文面を読み込む。
「奥様の衣装確認が済みましたのでご報告を」
「そうか、ご苦労だった」
「まさか2度も花嫁衣装を作らせて頂けるなんて思いもしませんでした」
「嫌味か? 口は悪いが、お前ほどの腕がある職人を知らないからな」
「それはそれは。お褒めに預かり、光栄ですわ」
秀人の私室を訪れたのは懇意にしている女主人。前妻の花嫁衣装を担当し、今回もひばりの衣装を作成する。
女主人は秀人に軽口を叩けるほどに商売を成功させ、結婚もして母親となっていた。
女主人の傍らから顔を出した子供の笑い声を聞き、秀人がやっと視線を向ける。
「幾つになった?」
秀人の問に子供か照れながら指で示す。
「4つ」
「そうか。かわいい盛りだな、お前に似て気が強い女にならないといいが」
「お言葉ですが、このご時世、気が強くなければ生きていけませんよ」
「……まぁ確かにな。強かにしぶとく生きるしかない」
疲れた目元を揉みながら、書面を揃える秀人。甘い菓子を用意させようとひばりを呼ぶベルを鳴らそうとすると、女主人が遠慮した。
「身重の奥様にいけません。というより奥様はもう使用人ではありませんから」
「あぁ、そうだった。酒井にもよく注意されるんだ」
「おや? また悪口を言われてますか?」
そこへ酒井がお茶と菓子を持ってやってくる。
「あらやだ、敏腕秘書がこんな真似するのね」
女主人は今度は嫌味ではなく、素直に驚く。
「実は茶を何度も淹れているうち、奥深い世界にはまってしまいましてね。宜しかったらお子様にもどうぞ」
子供用にはたっぷり牛乳をいれたものを。秀人のカップには決まった数の砂糖を落とす。
「にしても、この菓子の量はなんだ? 俺を太らせる気か?」
「結婚のお祝いに沢山贈られて来るんですよ。奥様が過剰に召し上がるのは身体に障りますし」
「俺なら障っていいのかよ」
「甘味は疲れを癒やしてくれますのでーーともあれ奥様には元気な跡取りを産んでもらわねばいけませんから、奥様の目に極力触れないよう頂いて下さい」
いったん仕事の手を休め、女主人公と子供に椅子を勧める。秀人は自分のカップを手に取り、窓辺へ寄りかかった。
硝子に映り込む子供は目を輝かせて菓子を選ぶ。
「……跡取りねぇ」
「今は実感がないかもしれませんが、実際に産まれてくると可愛いですよ? もちろん子育ては可愛いだけではありませんけど」
女主人の経験則を秀人は無言でやり過ごす。
それから差し支えのない話題で時間は過ぎ、女主人は菓子を土産に渡され部屋を後にした。
部屋を出ると、ひばりが使用人に厳しい顔付きで何やら注意している。使用人は廊下の真ん中で頭を何度も下げていたが、ひばりの怒りを理解できていないように伺える。
何故なら女主人もひばりとの意思疎通が困難であったからだ。
秀人が再婚相手がひばりと聞き、女主人は信じられなかった。
前妻を亡くして以降、秀人はどの女性とも交際せず、対人関係に壁を作り、女主人が寄り添おうとしても徒労に終わる。
それが読み書きもまともに出来ないひばりを選ぶとはーー。
皆が狙う暁月の後妻に収まったひばりからは女の自信が溢れていた。本人は無自覚かもしれないが、女主人はひりつくほど感じてしまう。
ひばりは女主人に気付き、叱っていた使用人を下げる。にっこり微笑みながら近付き、衣装合わせの礼を示す。
「前妻の花嫁衣装の一部を取り入れたいとのご希望を叶えられて良かったですわ」
前妻、つまり優子の花嫁衣装は秀人によって完璧に保管されており、再婚に当たり改めて日の目を見ることとなった。
前妻の持ち物をわざわざ引っ張り出すのは、前妻を今も大事に想う秀人を受け止めるという意味なのだろうか。
こういう顕示欲がいちいち鼻につき、女主人は秀人の女性の好みを内心疑う。
場所は変わり、暁月秀人は書類に目を通していた。
結婚式を明日に控えるも、彼には片付けて置かなければならない事が多い。
「失礼します。宜しいでしょうか?」
そこへ扉が叩かれた。
「あぁ」
来訪者に目線を上げず対応する。ペンを走らせては文面を読み込む。
「奥様の衣装確認が済みましたのでご報告を」
「そうか、ご苦労だった」
「まさか2度も花嫁衣装を作らせて頂けるなんて思いもしませんでした」
「嫌味か? 口は悪いが、お前ほどの腕がある職人を知らないからな」
「それはそれは。お褒めに預かり、光栄ですわ」
秀人の私室を訪れたのは懇意にしている女主人。前妻の花嫁衣装を担当し、今回もひばりの衣装を作成する。
女主人は秀人に軽口を叩けるほどに商売を成功させ、結婚もして母親となっていた。
女主人の傍らから顔を出した子供の笑い声を聞き、秀人がやっと視線を向ける。
「幾つになった?」
秀人の問に子供か照れながら指で示す。
「4つ」
「そうか。かわいい盛りだな、お前に似て気が強い女にならないといいが」
「お言葉ですが、このご時世、気が強くなければ生きていけませんよ」
「……まぁ確かにな。強かにしぶとく生きるしかない」
疲れた目元を揉みながら、書面を揃える秀人。甘い菓子を用意させようとひばりを呼ぶベルを鳴らそうとすると、女主人が遠慮した。
「身重の奥様にいけません。というより奥様はもう使用人ではありませんから」
「あぁ、そうだった。酒井にもよく注意されるんだ」
「おや? また悪口を言われてますか?」
そこへ酒井がお茶と菓子を持ってやってくる。
「あらやだ、敏腕秘書がこんな真似するのね」
女主人は今度は嫌味ではなく、素直に驚く。
「実は茶を何度も淹れているうち、奥深い世界にはまってしまいましてね。宜しかったらお子様にもどうぞ」
子供用にはたっぷり牛乳をいれたものを。秀人のカップには決まった数の砂糖を落とす。
「にしても、この菓子の量はなんだ? 俺を太らせる気か?」
「結婚のお祝いに沢山贈られて来るんですよ。奥様が過剰に召し上がるのは身体に障りますし」
「俺なら障っていいのかよ」
「甘味は疲れを癒やしてくれますのでーーともあれ奥様には元気な跡取りを産んでもらわねばいけませんから、奥様の目に極力触れないよう頂いて下さい」
いったん仕事の手を休め、女主人公と子供に椅子を勧める。秀人は自分のカップを手に取り、窓辺へ寄りかかった。
硝子に映り込む子供は目を輝かせて菓子を選ぶ。
「……跡取りねぇ」
「今は実感がないかもしれませんが、実際に産まれてくると可愛いですよ? もちろん子育ては可愛いだけではありませんけど」
女主人の経験則を秀人は無言でやり過ごす。
それから差し支えのない話題で時間は過ぎ、女主人は菓子を土産に渡され部屋を後にした。
部屋を出ると、ひばりが使用人に厳しい顔付きで何やら注意している。使用人は廊下の真ん中で頭を何度も下げていたが、ひばりの怒りを理解できていないように伺える。
何故なら女主人もひばりとの意思疎通が困難であったからだ。
秀人が再婚相手がひばりと聞き、女主人は信じられなかった。
前妻を亡くして以降、秀人はどの女性とも交際せず、対人関係に壁を作り、女主人が寄り添おうとしても徒労に終わる。
それが読み書きもまともに出来ないひばりを選ぶとはーー。
皆が狙う暁月の後妻に収まったひばりからは女の自信が溢れていた。本人は無自覚かもしれないが、女主人はひりつくほど感じてしまう。
ひばりは女主人に気付き、叱っていた使用人を下げる。にっこり微笑みながら近付き、衣装合わせの礼を示す。
「前妻の花嫁衣装の一部を取り入れたいとのご希望を叶えられて良かったですわ」
前妻、つまり優子の花嫁衣装は秀人によって完璧に保管されており、再婚に当たり改めて日の目を見ることとなった。
前妻の持ち物をわざわざ引っ張り出すのは、前妻を今も大事に想う秀人を受け止めるという意味なのだろうか。
こういう顕示欲がいちいち鼻につき、女主人は秀人の女性の好みを内心疑う。
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