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刹那の熱

刹那の熱

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 頭を冷やしてくると言ったっきり、秀人は戻らない。
 優子は暮れゆく窓辺に立ち、外の様子を伺う。ひばりと立花は無事であろうか、徳増と行き合ってやしないか、不安は尽きない。
 やはり決着をつけなければ、と裾を握る。

「でも、その前に」

 優子が秀人の元へ行こうとした時、宿の周りをうろつく影を発見した。影はきょろきょろ周辺を警戒し、庭木へ何やら結んでいる。
 そして、風に靡く物体はーー優子の髪飾り。

 これは徳増に所在を把握されている、という合図に血の気が引く優子。本人が乗り込まないのが彼なりの情けであると即座に理解する。 

「優子、いいか?」

 と、秀人がやってくる。

「話がしたい」

「わ、わたしもお話がしたいです。どうぞ」

 深呼吸し、髪飾りが秀人の視界に入らないよう立ち位置を変えた。
 秀人は気まずそうに部屋に戻ってきて、優子の様子に傾げる。

「何かあったか?」

「い、いえ、何も」

「俺の顔など見たくなかったか?」

「ま、まさか、そんな!」

 秀人こそ、自分を見たくなかったのではないか。そんな言葉を無理やり飲み込み、優子は首を振った。

 優子に対して秀人の拒絶反応は当たり前であろう。仮に人殺しでもいい、共にありたいと言わたら、優子が拒絶していた。

「お前が人を殺めたと聞いて、どうしていいかまだ答えが出てこない。すまない。しかし、放ってもおけないんだ」

 秀人は着席もしなければ、優子を真っ直ぐ見られない。

「秀人様が謝る事ではありません。わたしはこうして会えただけでーー秀人様にはご迷惑にしかなりませんが」

「迷惑とは……ただ」

「どうぞ、わたしの事は死んだと思って下さい。わたしはあなたに相応しくない女です」

「今更な馬鹿を言うな! だったら俺の前に現れたりするなよ! こうなるのと知っていながら何故?」

「あなたに会いたかったから。秀人様を苦しめても、わたしが会いたかった」

 す、と優子が秀人へ寄り添う。冷えた身体に秀人は驚く。窓が開いてないか確認しようとしたが、優子はさせない。もっと密着する。

「おい、おい! なんのつもりだ?」

「熱を、熱を分けてくださいませんか?」

「こんな時に何を言ってる? 死んだと思ってくれと言ったと思えば、次は抱いてくれって、めちゃくちゃだぞ!」

「めちゃくちゃでも、何を言っているか承知してます」

「承知しているなら、より悪質だろう!」

 なお引かない優子を秀人は剥がせないでいる。秀人にしてみたら優子は夢にまでみた女性であり、これまでずっと焦がれてきた。

「しかもお前は丸井の先代に」

 いったん、言い淀む。

「乙女を奪わった相手を殺めてしまったお前を可哀相に思わない訳がない。だが、傷を舐めて慰めるのは違う」

「わたしが汚いと思われますか?」

「そういうことを話してるんじゃない」

「触れたくもないくらい汚れていますか?」

「だから、そういう……」

「わたしも自棄になり、慰めて貰いたくて言ってません」

 秀人の言い分が正しければ正しい程、優子は泣きたくなる。こういう性格だから惹かれたのだと泣きたくなる。

 泣き落としでもいいから側に居たい、体温を感じたい、こんな気持ちがあるなんて優子は知らなかった。この先、秀人にしか覚えない感情であればいい。

 しん、と互いの言葉が無くなった。長い沈黙に優子がやっと諦め、離れようとすると、ふいに髪を撫でられる。

「俺だって、先代を殺してやりたかった。優子を汚いと感じるはずない。その程度、分かってくれ!」
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