103 / 120
刹那の熱
刹那の熱
しおりを挟む
■
頭を冷やしてくると言ったっきり、秀人は戻らない。
優子は暮れゆく窓辺に立ち、外の様子を伺う。ひばりと立花は無事であろうか、徳増と行き合ってやしないか、不安は尽きない。
やはり決着をつけなければ、と裾を握る。
「でも、その前に」
優子が秀人の元へ行こうとした時、宿の周りをうろつく影を発見した。影はきょろきょろ周辺を警戒し、庭木へ何やら結んでいる。
そして、風に靡く物体はーー優子の髪飾り。
これは徳増に所在を把握されている、という合図に血の気が引く優子。本人が乗り込まないのが彼なりの情けであると即座に理解する。
「優子、いいか?」
と、秀人がやってくる。
「話がしたい」
「わ、わたしもお話がしたいです。どうぞ」
深呼吸し、髪飾りが秀人の視界に入らないよう立ち位置を変えた。
秀人は気まずそうに部屋に戻ってきて、優子の様子に傾げる。
「何かあったか?」
「い、いえ、何も」
「俺の顔など見たくなかったか?」
「ま、まさか、そんな!」
秀人こそ、自分を見たくなかったのではないか。そんな言葉を無理やり飲み込み、優子は首を振った。
優子に対して秀人の拒絶反応は当たり前であろう。仮に人殺しでもいい、共にありたいと言わたら、優子が拒絶していた。
「お前が人を殺めたと聞いて、どうしていいかまだ答えが出てこない。すまない。しかし、放ってもおけないんだ」
秀人は着席もしなければ、優子を真っ直ぐ見られない。
「秀人様が謝る事ではありません。わたしはこうして会えただけでーー秀人様にはご迷惑にしかなりませんが」
「迷惑とは……ただ」
「どうぞ、わたしの事は死んだと思って下さい。わたしはあなたに相応しくない女です」
「今更な馬鹿を言うな! だったら俺の前に現れたりするなよ! こうなるのと知っていながら何故?」
「あなたに会いたかったから。秀人様を苦しめても、わたしが会いたかった」
す、と優子が秀人へ寄り添う。冷えた身体に秀人は驚く。窓が開いてないか確認しようとしたが、優子はさせない。もっと密着する。
「おい、おい! なんのつもりだ?」
「熱を、熱を分けてくださいませんか?」
「こんな時に何を言ってる? 死んだと思ってくれと言ったと思えば、次は抱いてくれって、めちゃくちゃだぞ!」
「めちゃくちゃでも、何を言っているか承知してます」
「承知しているなら、より悪質だろう!」
なお引かない優子を秀人は剥がせないでいる。秀人にしてみたら優子は夢にまでみた女性であり、これまでずっと焦がれてきた。
「しかもお前は丸井の先代に」
いったん、言い淀む。
「乙女を奪わった相手を殺めてしまったお前を可哀相に思わない訳がない。だが、傷を舐めて慰めるのは違う」
「わたしが汚いと思われますか?」
「そういうことを話してるんじゃない」
「触れたくもないくらい汚れていますか?」
「だから、そういう……」
「わたしも自棄になり、慰めて貰いたくて言ってません」
秀人の言い分が正しければ正しい程、優子は泣きたくなる。こういう性格だから惹かれたのだと泣きたくなる。
泣き落としでもいいから側に居たい、体温を感じたい、こんな気持ちがあるなんて優子は知らなかった。この先、秀人にしか覚えない感情であればいい。
しん、と互いの言葉が無くなった。長い沈黙に優子がやっと諦め、離れようとすると、ふいに髪を撫でられる。
「俺だって、先代を殺してやりたかった。優子を汚いと感じるはずない。その程度、分かってくれ!」
頭を冷やしてくると言ったっきり、秀人は戻らない。
優子は暮れゆく窓辺に立ち、外の様子を伺う。ひばりと立花は無事であろうか、徳増と行き合ってやしないか、不安は尽きない。
やはり決着をつけなければ、と裾を握る。
「でも、その前に」
優子が秀人の元へ行こうとした時、宿の周りをうろつく影を発見した。影はきょろきょろ周辺を警戒し、庭木へ何やら結んでいる。
そして、風に靡く物体はーー優子の髪飾り。
これは徳増に所在を把握されている、という合図に血の気が引く優子。本人が乗り込まないのが彼なりの情けであると即座に理解する。
「優子、いいか?」
と、秀人がやってくる。
「話がしたい」
「わ、わたしもお話がしたいです。どうぞ」
深呼吸し、髪飾りが秀人の視界に入らないよう立ち位置を変えた。
秀人は気まずそうに部屋に戻ってきて、優子の様子に傾げる。
「何かあったか?」
「い、いえ、何も」
「俺の顔など見たくなかったか?」
「ま、まさか、そんな!」
秀人こそ、自分を見たくなかったのではないか。そんな言葉を無理やり飲み込み、優子は首を振った。
優子に対して秀人の拒絶反応は当たり前であろう。仮に人殺しでもいい、共にありたいと言わたら、優子が拒絶していた。
「お前が人を殺めたと聞いて、どうしていいかまだ答えが出てこない。すまない。しかし、放ってもおけないんだ」
秀人は着席もしなければ、優子を真っ直ぐ見られない。
「秀人様が謝る事ではありません。わたしはこうして会えただけでーー秀人様にはご迷惑にしかなりませんが」
「迷惑とは……ただ」
「どうぞ、わたしの事は死んだと思って下さい。わたしはあなたに相応しくない女です」
「今更な馬鹿を言うな! だったら俺の前に現れたりするなよ! こうなるのと知っていながら何故?」
「あなたに会いたかったから。秀人様を苦しめても、わたしが会いたかった」
す、と優子が秀人へ寄り添う。冷えた身体に秀人は驚く。窓が開いてないか確認しようとしたが、優子はさせない。もっと密着する。
「おい、おい! なんのつもりだ?」
「熱を、熱を分けてくださいませんか?」
「こんな時に何を言ってる? 死んだと思ってくれと言ったと思えば、次は抱いてくれって、めちゃくちゃだぞ!」
「めちゃくちゃでも、何を言っているか承知してます」
「承知しているなら、より悪質だろう!」
なお引かない優子を秀人は剥がせないでいる。秀人にしてみたら優子は夢にまでみた女性であり、これまでずっと焦がれてきた。
「しかもお前は丸井の先代に」
いったん、言い淀む。
「乙女を奪わった相手を殺めてしまったお前を可哀相に思わない訳がない。だが、傷を舐めて慰めるのは違う」
「わたしが汚いと思われますか?」
「そういうことを話してるんじゃない」
「触れたくもないくらい汚れていますか?」
「だから、そういう……」
「わたしも自棄になり、慰めて貰いたくて言ってません」
秀人の言い分が正しければ正しい程、優子は泣きたくなる。こういう性格だから惹かれたのだと泣きたくなる。
泣き落としでもいいから側に居たい、体温を感じたい、こんな気持ちがあるなんて優子は知らなかった。この先、秀人にしか覚えない感情であればいい。
しん、と互いの言葉が無くなった。長い沈黙に優子がやっと諦め、離れようとすると、ふいに髪を撫でられる。
「俺だって、先代を殺してやりたかった。優子を汚いと感じるはずない。その程度、分かってくれ!」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる