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数年後

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 一見すると立花の絵は優子を描いたように見えない、絵の女性と優子は別人である。しかし絵を見た瞬間、自分と目が合う感覚を覚えた。心が揺さぶられ、絵の女性がとても幸せそうに映り、胸が苦しい。

 かたん、後ろから物音がする。

 読み書きの出来ないひばりは優子が握り締めた紙の価値が分からない。しかし、優子の取り乱し方から、あれは徳増にきつく言われている与えてはならない情報類と察する。

 ひばりは取り戻そうと表情に力を入れたものの、諦めた。その寂しい顔に優子は我に返る。

「徳増には言わないし、この紙は処分するからーー黙って持ち出したりしてごめんなさい」

 立ち位置を変えず、ひばりが首を横に振り、優子は言い訳を続ける。

「わたしは徳増との生活を壊すつもりはないの。もちろん、あなたとの生活も揺るがしたりしない。本当よ?」

 弁明にますます悲しい顔をするひばり。本心を告げているのに信じて貰えないのか、優子は証拠を示すため紙を破ろうとした。

「これには懐かしい人が載っていただけなの、懐かしくてつい」

 すっと、ひばりの手が伸びてきた。破らなくていいと訴えてくる。

「ひばり?」

 ひばりは仕草で書いてある内容を教えて欲しいと頼む。けれど素性と過去を知られたくない優子が積極的になれないでいると、更に手を握ってきた。

「その、あまり面白い話じゃないから」

 それでも、ひばりは更に力を込める。

「……そんなに知りたいなら。知っている人が個展を開くそうなの。それで少し行ってみたかったと思っただけ」

 立花の個展へ足を運ぶなど徳増が許可するはずないよね、と付け加える。

「この絵を自分の目で見たいなって。うん、無理なの。分かっているよ」

 優子は微笑み、ひばりの目からは涙が溢れた。
 ひばりは優子が軟禁される理由を知らない、けれどそれがとても辛い仕打ちであると思っており、自分が優子の足枷となっていると引け目を感じている。

 優子はもらい泣きしかけるも泣かない。そうして美しい笑みを携え、ひばりを安心させようとした。

「っ!」

 と、急にひばりが悶えて胸を押さえた。

「え? どうしたの? どこか痛むの? 胸? 胸が苦しいの?」

 ひばりは呻き、うずくまる。徳増は夜まで帰ってこず、通いの医者は診察日ではない。優子は狼狽えて、うろうろ辺りを見回す。

 常備薬があるにはあるが、どれを飲ませたらいいか分からない。

 屋敷内で動けるのは優子のみ。前触れのないひばりの状態に対応を迫られる。
 いずれにしろ、このままにしておけない。やはり医者を呼びに行くしかないだろう。

 そして、こんな緊急事態なのに徳増の顔が過りもする。正当な外出理由だとしても、間違いなく良い顔をしない。

 優子は首を振り、仄暗い瞳をした徳増の姿を散らす。ひばりを寝台へ横たわらせ、彼女の衣装棚を開けた。
 徳増が優子に用意する衣装は上質で街に溶け込むには目立つため、素顔を隠す襟巻きも拝借して街娘を装うこととする。完璧な変装とは言い難いが、そのまま向かうより幾分かはマシか。

「お医者様を呼んでくるから待っていて」

 ひばりは申し訳なさそうにして小袋を手渡す。中身はーー大金。医者を連れてくる対価として多すぎても、金銭感覚が備わっていない優子は素直に受け取った。

「心細いだろうけど待っていて」

 優子の決意にひばりが頷き、2人は手を握り合う。

「あの、ひばり?」

 部屋を出ていく時、優子が改めて振り返った。まるで出立を祝福する温かい眼差しを向けられているのに気づき、胸が騒ぐ。

「大丈夫よ、わたしは帰ってくるから。徳増には後から説明する。大丈夫、怒られたりしない」

 ひばりはこくこくと頷く。

「それと今まであなたに嫌われたくなくて話してこなかった昔のことも、帰ってきたら聞いて欲しいの」

 いってきます、優子はひさしぶりにその言葉を発した。必ずただいまを伝えるために。
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