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愛しい人
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すー、と秀人の思考の霧が晴れていく。優子の死を知らされた時点で秀人の時間は止まっていたのかもしれない。
「指輪がどうかされたのですか?」
徳増の表情は凪ぎ、もう感情を気取らせない。秀人は首を横に振る。
「別に。ところで優子を殺されても平気なんだな。俺は眠れなかったし、飯も食えななかったぞ」
「……あなたらしくないですね」
「しかも、泣いた。ちゃんと俺の気持ちを伝えれば良かったと後悔した。姉さんじゃなく優子と結婚したくて裏で色々やったこととか謝りたい」
「嘘ですね。あなたが優子を想って泣くはずない。悲運を気取りたいのなら私以外にして下さい。不快です」
徳増はここで話を切り、敬吾の側へ向かう。
「分からねぇのは、それほど丸井側にうま味がないことだよな」
「ほぅ、うま味とは?」
状況を見守っていた酒井が隣に並ぶ。
この場で実は優子は死んでいないと騒いだところで妄言と片付けられるーー秀人にその程度の理性が巡るようになる。
「丸井の先代は待っていりゃ、くたばっただろう。跡目欲しさに優子を巻き込んでまで殺す必要あったか?」
「逆に奥様が先代を、とは?」
「おいおい、あの優子がか? 虫も殺せない女だぞ。まぁ仮に優子が先代を殺したとしたら心中に見せかける理由がないし、暁月に喜々として報復するはずだ」
「丸井家は先代が優子様に手をかけた事を否定しませんでしたね、進んで肯定もしませんが。とにかく暁月を経済的に追い込む様子は伺えません」
秀人は襟足を掻きつつ酒井を横目で見る。
「お前は優子が生きていると言っても馬鹿にしないのか?」
「失礼ですね、しませんよ。長い付き合いですので顔をみれば妄言でないのは分かります。
ですが泣くほどお好きでしたら最初から優しくして差し上げれば良かったのに」
「泣いてない、あれは言葉の綾だ。使用人が全然悲しそうじゃないから言ったまでだ」
腕を組み、鼻を鳴らす秀人。この仕草が強がりであるのも酒井は見慣れていた。
酒井としては秀人の気力の持ち直しが最優先事項であり、秀人が優子が生きていると一縷の望みを託すのであれば付き合う。たとえ希望通りの結果を出せなくても、暁月秀人は事実なら受け入れる男と信じているのだ。
これでは酒井は徳増の優子への心酔を非難しきれない。
「はいはい、承知しました。にしても、徳増さんと敬吾さんがあぁして隣り合っていると兄弟みたいですね。ほら、顔立ちもなんとなく似ています」
自分達の並びと比べ、あちらは美しい絵面との揶揄に秀人が食い入る。
「兄弟?」
徳増と敬吾、乗り出して見てみたら似ていないこともない。どちらも整った顔立ちをしてはいる。
ここで重要なのは身体の特徴じゃない。丸井の先代が多くの子種を残しているのは公然の秘密で、徳増がそのうちの1人ではなかろうか。そう考えると奇妙なくらい辻褄が合うのだ。
まず丸井家との交渉を引き換えに優子の側付きを続けたこと、それから結婚式で先代相手の立ち回り、最後に敬吾の絵の題材に優子が選ばれた件が繋がっていく。
言い換えれば、徳増は優子のため以外に丸井家を利用してこなかった。秀人が徳増の過去を探ろとしたが判明しないのも仕方がない。
徳増は頭の回転がよく、見目だって抜群によい。有能で美しいものが好きな先代から認知してもらうのは難しくなかったはず、認知を受ければどれほどの出世が望めたであろう。
ひょっとして秀人を凌ぐ経営者となっていた未来があったかもしれないのに、徳増は自らの可能性を優子へ注いだのだ。それも惜しみなく、全力で。
やはり優子を亡くした徳増が正気を保てるのはおかしい。
ぞくり、秀人の背に悪寒が走る。徳増が秀人を見ていた。
「喉が渇きません? 今から敬吾さんとお茶を頂くのですが一緒にどうですか?」
秀人に出自を見破られたのを勘づいていながら、徳増はお茶に誘う。
「酒井さんも是非、遠慮なさらずにどうぞ。優子様がお好きだったハーブティーをご用意しますよ」
「指輪がどうかされたのですか?」
徳増の表情は凪ぎ、もう感情を気取らせない。秀人は首を横に振る。
「別に。ところで優子を殺されても平気なんだな。俺は眠れなかったし、飯も食えななかったぞ」
「……あなたらしくないですね」
「しかも、泣いた。ちゃんと俺の気持ちを伝えれば良かったと後悔した。姉さんじゃなく優子と結婚したくて裏で色々やったこととか謝りたい」
「嘘ですね。あなたが優子を想って泣くはずない。悲運を気取りたいのなら私以外にして下さい。不快です」
徳増はここで話を切り、敬吾の側へ向かう。
「分からねぇのは、それほど丸井側にうま味がないことだよな」
「ほぅ、うま味とは?」
状況を見守っていた酒井が隣に並ぶ。
この場で実は優子は死んでいないと騒いだところで妄言と片付けられるーー秀人にその程度の理性が巡るようになる。
「丸井の先代は待っていりゃ、くたばっただろう。跡目欲しさに優子を巻き込んでまで殺す必要あったか?」
「逆に奥様が先代を、とは?」
「おいおい、あの優子がか? 虫も殺せない女だぞ。まぁ仮に優子が先代を殺したとしたら心中に見せかける理由がないし、暁月に喜々として報復するはずだ」
「丸井家は先代が優子様に手をかけた事を否定しませんでしたね、進んで肯定もしませんが。とにかく暁月を経済的に追い込む様子は伺えません」
秀人は襟足を掻きつつ酒井を横目で見る。
「お前は優子が生きていると言っても馬鹿にしないのか?」
「失礼ですね、しませんよ。長い付き合いですので顔をみれば妄言でないのは分かります。
ですが泣くほどお好きでしたら最初から優しくして差し上げれば良かったのに」
「泣いてない、あれは言葉の綾だ。使用人が全然悲しそうじゃないから言ったまでだ」
腕を組み、鼻を鳴らす秀人。この仕草が強がりであるのも酒井は見慣れていた。
酒井としては秀人の気力の持ち直しが最優先事項であり、秀人が優子が生きていると一縷の望みを託すのであれば付き合う。たとえ希望通りの結果を出せなくても、暁月秀人は事実なら受け入れる男と信じているのだ。
これでは酒井は徳増の優子への心酔を非難しきれない。
「はいはい、承知しました。にしても、徳増さんと敬吾さんがあぁして隣り合っていると兄弟みたいですね。ほら、顔立ちもなんとなく似ています」
自分達の並びと比べ、あちらは美しい絵面との揶揄に秀人が食い入る。
「兄弟?」
徳増と敬吾、乗り出して見てみたら似ていないこともない。どちらも整った顔立ちをしてはいる。
ここで重要なのは身体の特徴じゃない。丸井の先代が多くの子種を残しているのは公然の秘密で、徳増がそのうちの1人ではなかろうか。そう考えると奇妙なくらい辻褄が合うのだ。
まず丸井家との交渉を引き換えに優子の側付きを続けたこと、それから結婚式で先代相手の立ち回り、最後に敬吾の絵の題材に優子が選ばれた件が繋がっていく。
言い換えれば、徳増は優子のため以外に丸井家を利用してこなかった。秀人が徳増の過去を探ろとしたが判明しないのも仕方がない。
徳増は頭の回転がよく、見目だって抜群によい。有能で美しいものが好きな先代から認知してもらうのは難しくなかったはず、認知を受ければどれほどの出世が望めたであろう。
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やはり優子を亡くした徳増が正気を保てるのはおかしい。
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「喉が渇きません? 今から敬吾さんとお茶を頂くのですが一緒にどうですか?」
秀人に出自を見破られたのを勘づいていながら、徳増はお茶に誘う。
「酒井さんも是非、遠慮なさらずにどうぞ。優子様がお好きだったハーブティーをご用意しますよ」
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