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もう誰も

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 優子は横たわり、姉が殺されそうになるのを眺める。下腹部が痛み、そこから全身が腐っていく絶望に包まれていた。

 犯されたこと、人を殺めたこと、良子に全てを否定されたこと、もう何もかも嫌になってしまい、徳増の行動を止めさせなければならないのに動きたくない。自分を含め、みんなおかしくなってしまったのだ。考える事を放棄する。

「ひっ、く、優子、たすけ、て」

 思い切り締め上げられ、良子の足は少し浮く。救いを求める声に身体を起こす優子。

 ーーだが、制止する声が出てこない。

 そして首を横に振る。もういい、何もかも終わりにしよう。

「ど、うして」

 問いたいのは優子の方だ。良子と両親の関係が修復させたくて今まで気を配り、姉より目立たぬ振る舞いを心掛け、暁月との結婚も引き受けた。これも一重に良子を慕ってのこと、良子には望むまま生きて欲しかったから。

 そんな優子の心遣いは感謝を引き出すどころか、この有様とは目も当てられない。

 一体、優子達の歯車はいつ狂ったのだろうか。幸福であった日々が確かにあったはずなのに、引き返すには遠すぎて帰り道が分からない。あぁ、そうか、帰る場所などない、戻れないのか。

 優子の位置から徳増の顔は見えない。抵抗する良子の手が段々と弱まり、垂れていく。

 優子は床に散乱する粉を集めた。良子を見殺しにしてしまうが1人で逝かせはしない、せめて最期は姉妹でありたいと願う。

 その時、どさっと息絶えた良子が側に落ちてくる。

 優子は徳増を見上げた。

「わたしを殺してくれるの?」

 姉を手に掛けられた怒りや悲しみは機能せず、むしろ終わりを望む声音で聞く。

「わたしも終わらせて欲しいの」

「私の話を聞いていらしたのでしょう?」

「ごめんなさい、よく分からないの」

 多くを判断できない優子は謝る。聞きたいことのみ聞き、見たいものだけ映してその他を受け付けなくなる。
 自分まで殺めるのは嫌なのだろう、それもそうかと納得すると指についた粉を舐めようとした。

「ですから、私の話を聞いていましたか? 私は優子様を生かすため良子様を殺めました」

「生かす?」

 ぐっと手を押さえつけられ、はらはら粉が舞う。

「何言ってるの? 生きていけるはずないじゃない! わたしが生きていいはずない!」

 優子は涙ぐみ、家令としての側面が良子を殺めたと疑わない。姉の誇りを守るため致し方ないと。
 よって優子が生き長らえた所で罪を塗り重ねるだけであり、それは堪えられない、消えたい、死にたい、終わりにしたい。

「泣かないで、大丈夫です」

 優子に泣かれるとめっぽう弱い部分はこんな時でも変わらないが、おもむろに良子の亡骸を剥ぐたと優子の衣装へ着替えさせた。

 かなり馴れた手付き。ただし、女性を脱がせたり着せるのが慣れているというより、死体の扱いに慣れている。

「さぁ、お嬢様はこちらに着替え、一度ご実家へ戻りますよ」

 良子の衣装を数回叩き、何食わぬ顔で差し出す。

「実家? まさかお父様に会えというの? その服を着て? どんな顔をすればいいのよ!」

「この先、旦那様にお会いするのはかなわないでしょう。これが最後だと思います。お別れをしてきて下さい」

「お別れを……」

 別れの挨拶をさせて貰えるのならば、優子が一瞬迷う。合わす顔は無いけれど会いたくないはずがなく、一目でいい、会って親不孝を詫たい。

 徳増は隙きをつき優子に衣装を着せ、白い粉のついた指を自らの口へ寄せる。
 
「言っておきますが、こんなもので死ねませんよ。私が淹れていたハーブティーと同じ成分ですからね。時間をかけて耐性を作ってきた甲斐がありました」

 水音を上げ、徳増は粉を舐め取った。優子は指から食べられてまう感覚に襲われ、息を飲む。口内にハーブティーの味が広がった。

 徳増は再び優子を抱き寄せ、耳元で囁く。

「じきに立花があなたを迎えにきます。私はまだ処理があるので後から必ずお迎えに上がります。
 お嬢様、これからは私と2人で生きていきましょうね」

 優子は自身が壊れかけていると感じつつ、それ以上に徳増の危うさも感じた。この状況下において、徳増は清々しい笑顔で2生きていこうと言ってのけたのだ。

「あぁ、暁月から贈られた結婚指輪はどちらに仕舞いましたか?」

「指輪? 今度は何をするつもり?」

「良子様に指輪をはめておきます」

 これは指輪で優子だと認識するしかない程、遺体を傷付けるという意図。死者に対してさらに暴力を振るう。
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