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獣は誰か
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敬吾は優子の嫌がる事柄を無邪気に見破り、なお続ける。
「知ってる? お姉さんは徳増が好きなんだ。で、この際だから徳増がお嫁さんにしてあげたらいいと思うんだよね」
悪意を漂わせず、なんなら親切心で言っている所に優子は慄く。
「優子ちゃんは鈍感で気付かないかもしれないけど、お姉さんの徳増への気持ちは露骨だったし、徳増が独身で居続けるのにも限界がある。あぁ見えて徳増は女性の人気が高いーー」
「承知しています!」
言葉を遮る優子。姉の気持ち、徳増に沢山の好意が寄せられているのも承知していると。
「じゃあ、話は早い。2人を結婚させようよ。お姉さんにいつまでも身を潜めさせているのは辛いんでしょう? 徳増と結婚させれば日の当たる場所へ帰ってこられる!」
「……」
「やっぱり嫌? お姉さんに徳増をとられるのが?」
「……」
疑問めいた追求に対して、優子は沈黙を選択する。すると敬吾が手招きをしつつ耳打ちをしたいとの仕草をしてきた。自分が場を動くことはせず優子を呼び寄せる。
ここは優子が行かねば話は終わりそうない。警戒しながらも敬吾の側へ。
敬吾と正面から目を合わせるのを避け、足元の紙を見る。走り書きの優子は曖昧な表情をしており、笑っているようで泣いていそう。きっと敬吾にはそう見えているのだろう。
「徳増はさ、君に命令されればお姉さんと結婚する。優子ちゃんの言うことなら何でもやるよ」
囁く敬吾に優子は爪先から寒気がわいてきた。
「何を仰ってるんですか?」
「しっ! 声が大きい! 徳増が部屋に入ってきちゃう」
「そんな真似ができるはずありません!」
「声が大きいって言ってるでしょう!」
敬吾の手が容赦なく口元を覆い、優子はそのまま押し倒された。敬吾はそのまま馬乗りになると首筋を締めようとする。
「黙りなよ、僕はうるさい女は大嫌いなんだ。いいかい? 黙るんだよ?」
全身を押さえ付けられ、こくこくと頷くことしか許されない優子。
「僕は徳増だけは幸せになって貰いたい。義兄になれば優子ちゃんの側にずっと居られるでしょう? だって家族なんだから。
お姉さんを憎んでいないのなら、お姉さんの恋心が成就して素晴らしいじゃない?
君が徳増と結ばれるんじゃ価値がないんだ。作品に手を出すなんて美しくない」
緊張と恐怖から呼吸がうまく出来ない優子の目尻に涙がたまる。敬吾の言う意味は全く頭に入ってこない。それでも彼なりの美学を持ち、語っているのであろう。
徳増に幸せになって貰いたいのは優子も同じ。しかし、良子と結婚して徳増が幸せになるとは到底思えない。
「申し訳ありませんが、わたしは命じません」
「徳増のことになると、しっかり意思があるね。幼い独占力というか、そういうのが徳増を繋ぎ止めるんだよ」
徳増が関わるとむきになると両親を始め、秀人にも指摘されるが、優子本人は当たり前の感情と疑わない。幼少期より心身共に支えてくれた相手を想い、何が悪いのだ。敬愛を邪推された気分になる。
「あぁ、泣かないで。君を泣かすと僕が殺されてしまうだろう?」
敬吾は声音をころっと変え、おどけた。と同時に徳増がずかずか部屋へ入ってくる。
優子は反射的に敬吾を突き飛ばし、徳増へ駆け寄った。
徳増は両手を広げ、飛び込んできた優子を受け止める。柔らかな髪をすき、何も言わず優子を包む。それこそ絵に描いた美しい包容、下心が微塵もない手付きだ。
「今日はここまでにして帰りましょう」
己の判断で敬吾の創作を打ち切り、了承を得ないまま徳増は踵を返したのだった。
「知ってる? お姉さんは徳増が好きなんだ。で、この際だから徳増がお嫁さんにしてあげたらいいと思うんだよね」
悪意を漂わせず、なんなら親切心で言っている所に優子は慄く。
「優子ちゃんは鈍感で気付かないかもしれないけど、お姉さんの徳増への気持ちは露骨だったし、徳増が独身で居続けるのにも限界がある。あぁ見えて徳増は女性の人気が高いーー」
「承知しています!」
言葉を遮る優子。姉の気持ち、徳増に沢山の好意が寄せられているのも承知していると。
「じゃあ、話は早い。2人を結婚させようよ。お姉さんにいつまでも身を潜めさせているのは辛いんでしょう? 徳増と結婚させれば日の当たる場所へ帰ってこられる!」
「……」
「やっぱり嫌? お姉さんに徳増をとられるのが?」
「……」
疑問めいた追求に対して、優子は沈黙を選択する。すると敬吾が手招きをしつつ耳打ちをしたいとの仕草をしてきた。自分が場を動くことはせず優子を呼び寄せる。
ここは優子が行かねば話は終わりそうない。警戒しながらも敬吾の側へ。
敬吾と正面から目を合わせるのを避け、足元の紙を見る。走り書きの優子は曖昧な表情をしており、笑っているようで泣いていそう。きっと敬吾にはそう見えているのだろう。
「徳増はさ、君に命令されればお姉さんと結婚する。優子ちゃんの言うことなら何でもやるよ」
囁く敬吾に優子は爪先から寒気がわいてきた。
「何を仰ってるんですか?」
「しっ! 声が大きい! 徳増が部屋に入ってきちゃう」
「そんな真似ができるはずありません!」
「声が大きいって言ってるでしょう!」
敬吾の手が容赦なく口元を覆い、優子はそのまま押し倒された。敬吾はそのまま馬乗りになると首筋を締めようとする。
「黙りなよ、僕はうるさい女は大嫌いなんだ。いいかい? 黙るんだよ?」
全身を押さえ付けられ、こくこくと頷くことしか許されない優子。
「僕は徳増だけは幸せになって貰いたい。義兄になれば優子ちゃんの側にずっと居られるでしょう? だって家族なんだから。
お姉さんを憎んでいないのなら、お姉さんの恋心が成就して素晴らしいじゃない?
君が徳増と結ばれるんじゃ価値がないんだ。作品に手を出すなんて美しくない」
緊張と恐怖から呼吸がうまく出来ない優子の目尻に涙がたまる。敬吾の言う意味は全く頭に入ってこない。それでも彼なりの美学を持ち、語っているのであろう。
徳増に幸せになって貰いたいのは優子も同じ。しかし、良子と結婚して徳増が幸せになるとは到底思えない。
「申し訳ありませんが、わたしは命じません」
「徳増のことになると、しっかり意思があるね。幼い独占力というか、そういうのが徳増を繋ぎ止めるんだよ」
徳増が関わるとむきになると両親を始め、秀人にも指摘されるが、優子本人は当たり前の感情と疑わない。幼少期より心身共に支えてくれた相手を想い、何が悪いのだ。敬愛を邪推された気分になる。
「あぁ、泣かないで。君を泣かすと僕が殺されてしまうだろう?」
敬吾は声音をころっと変え、おどけた。と同時に徳増がずかずか部屋へ入ってくる。
優子は反射的に敬吾を突き飛ばし、徳増へ駆け寄った。
徳増は両手を広げ、飛び込んできた優子を受け止める。柔らかな髪をすき、何も言わず優子を包む。それこそ絵に描いた美しい包容、下心が微塵もない手付きだ。
「今日はここまでにして帰りましょう」
己の判断で敬吾の創作を打ち切り、了承を得ないまま徳増は踵を返したのだった。
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