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画家と新妻

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「あれが敬吾くんの絵」

 立花の指差す方向に大きな風景画。雪深い森が迫力ある描写によって厳かな沈黙を宿し、数客が額の前で唸りを上げていた。

 優子は敬吾の容姿を浮かべ、率直に意外と思う。浮世離れした少年みたく笑う彼がこれほどの絵を描くなんて。

「すごいですね」

「ねぇ、すごいよね」

 何がどうすごいか分かっていない言葉に立花はすんなり同調する。

「なんだ? 商売敵に寛大じゃないか」

 秀人が嫌味を加えるが表情は崩れない。

「商売敵? あの絵が商売しているように見えるかい? 金持ちの道楽にしては悪質な完成度で、人に売るにしては潔癖すぎるだろう?」

 立花が批評を始めたとあって、周囲が注意を向けてきた。立花も気付いてないはずないのに持論を展開する。

「敬吾くんの絵が潔癖と言ったのはさ、処女性が強いからだ。例えばあの絵の森から生命を感じる? 獲物を探し歩く足跡もなければ、寒さに囀る鳥の姿も見当たらない。彼の絵は綺麗すぎる」
 
 ここで立花は優子にもグラスを用意させようとする。優子はすかさず遠慮した。

「お気持ちだけ頂きます。わたし、お酒はーー」

「分かってる、分かってる。女の子達に流行っている飲み物を君にも飲ませてあげようと思って。お召し物といい、お洒落に興味あるんだろう?」

 お世辞にも身なりに気をつけていると言えない立花が敬吾の絵を綺麗すぎると評し、流行りものをすすめたりすることこそ洒落が効いていた。
 秀人はそんな意図を鼻で笑う。

「妻を勝手に餌付けされると困るんだが?」

「あの暁月の奥様にご馳走したって自慢しながら一杯やるんだから許しておくれよ」

「一杯やるってタダだろう?」

「タダより高いものはないって話。まぁ、うまいツマミが必要なんだ」

 酒に比べ、皿の中身が一向に減らない有様に秀人と立花は肩を揺らす。

 すると厨房あたりより鋭い視線が飛んできて、優子はそっと秀人の裾を引っ張ってみるものの、すげなく払われてしまった。
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