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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

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 ずっと言いたかった事を言え、力が抜けて私まで蹲りそうになる。斗真さんが腕を伸ばしたのが見えたので身体を預けた。
 よしよしと頭を撫でられる。開放感から涙が出てきてしまう。

 私達が抱き合う中、浅田さんが車へ乗り込む音がする。ほどなくしてエンジンが掛かり、走り去っていく、。




「はい、どうぞ。熱いから気を付けて」

 それから別荘に入り、斗真さんはお茶を淹れてくれた。紅茶はまだ涙が滲む私を気遣う優しい味がする。

「浅田さんは何も言わずに帰ってしまったけれど、大丈夫でしょうか?」

「沈黙は肯定だろ。後日、書面できちんと処理はする。姫香の叔父さんにも話をつけよう」

「慰謝料とか結婚式場のキャンセル料とか……」

「確かにそういった補償はしなければいけないな。だが、それは些末な事。俺はここに姫香が居てくれるのが一番大切」

 斗真さんは正面へ腰掛け、穏やかに微笑む。

「斗真さんは、優しいです。私なんかの為に」

「私なんか、とか言わない。俺が優しいのは姫香が相手だから。浅田には優しくなかったでしょう? 本音を言えば婚約破棄で手打ちにしたくなかった。社会的制裁を受けさせたい。でも、それこそ優しい姫香が望まないからーーなぁ、こちらを見てくれないか?」

 言われて顔を上げるものの、視界が霞む。笑顔を上手く作れず、鼻を啜った。

「姫香、君が浅田と結婚すると聞いた時、どうして自分の気持ちを早く伝えなかったのか後悔した。姫香は俺の初恋で、ずっと、ずっと君を想っている」

 斗真さんは席を立ち、私の側へ片膝をついた。

「シンデレラの靴はまだ出来ていない。姫香が側に居てくれなければ完成しないと気付いた。俺とイタリアへ行かないか? もう離れたくない。離れていた時間を取り戻そう」

「私でいいの?」

「姫香じゃなきゃ駄目だ」

 初恋が実る時、世界は色を変える。私は両手を広げる斗真さんへ飛び込む。このまま息も出来ないくらい抱き締めて、そう願う。

「姫香、好きだよ」

 斗真さんはキスで応え、希望以上に酸素を奪われる。一度、二度と唇を重ねる度、身体の奥から熱くなっていく。
 頭がぼぅとして言葉にならない。けれど言葉など要らなかった。

 背中のファスナーへ手をかけられても、こんな場所でと恥じらう理性は溶けており、熱で濡る瞳に頷く。

 このまま斗真さんとひとつになりたい。

 ーーが、そんな時だった。ボストンバッグへしまわれた携帯電話が震えたのだ。

「……えっと、あぁ、急ぎの用かもしれないし、出たら?」

「そ、そうする」

 はたと我に返り、お互い照れてしまう。私が着信に対応しようとすると、斗真さんも自身の携帯を確認し始めた。頬が熱い。

「会社から連絡が入っているな。悪い、少し電話をしてくるな」

 額に軽くキスをされ、更に熱が上がる。彼はクスクス笑い、部屋を出ていった。

「もしもし?」

 着信は実家であった。キスの余韻を手で煽扇ぎつつ、窓辺へ移動する。
 ここの庭の景色もお気に入りだ。色づく薔薇をガラス越しに触れる。

「も、もしもし? お嬢様、今どちらに?」

「伊豆の別荘だけどーーあぁ、浅田さんから連絡が入ったの?」

 浅田さんならばあり得る。素直に引き下がらず、伯父様へ言い付けた可能性も高いか。

「いえ? 浅田様からは何も。浅田様は側にいらっしゃいますか?」

 家人は私ではなく浅田さんへ用件を伝えたい言い回しをする。

「浅田さんは今いらっしゃらなくて、その、驚かせるかもしれないけどーー」

 斗真さんとの件を説明したら混乱するだろう。それでも皆は喜んでくれるに違いない。

「あのねーー」

「旦那様の容態が急変したのです。お嬢様も早く病院へいらして下さい!」

 もじもじしながらも発表しようとしたら、掻き消される。

「え……」

「そちらに迎えをやっています。そろそろ車が到着すると」

 丁度、敷地内に車が入ってくるのが見えた。あれはうちの車だ。

「お父様が……お父様が」

「お気をしっかり持って下さい。病院でお待ちしています」

 お父様の容態が急変したーー報告内容を繰り返す。
 幸せから一気に叩き落され、目の前が真っ暗になる。薔薇を撫でていた指が滑り落ち、色を失う。

 ああ、病に伏せた父を忘れたつもりはないがイタリアへ行きたいと思った。バチが当たったんだ。
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