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第二章

第二十二話 巻き戻るそよ風の記憶2

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 「おかあさま、これからどこへいくの?」

 ボンネットのリボンをしっかりと顎下で蝶々結びにして貰った幼いオルネラは、母に手を引かれて初めて訪れた場所にきょろきょろと顔を左右に忙しなく振りながら尋ねた。

 「ふふ、可愛いおちびちゃん。しっかりと前を向いて歩かないと転んでしまいますよ」

 視線を一つ所に留まらせず、絶えずこれはなに、あれはだあれと尋ね続ける娘を見つめて、オルネラの母は可笑しそうに笑ってオルネラを嗜める。
 それに対して繋がれた手に力を込め、はぁいと答えつつも、オルネラの視線はあっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろと動き続けている。

 「オルネラは王宮へ行くのは初めてだったわね。今日は春が来た事を皆で楽しみましょうっていうお茶会なのよ。沢山の素敵な花が咲いているお庭で、沢山のお友達と美味しいお茶とお菓子を楽しみましょうね」

 「わあ、おともだちがいっぱいいるの!?」

 「ええ、そうよ。仲良くなれるといいわね」

 招待されて足を踏み入れた王宮の庭園には、沢山のテーブルが用意され、その上には所狭しとカップ達と見た目も美しいそれは美味しそうな沢山のお菓子が並べられている。
 そして咲き誇る花々にも劣らず美しく着飾った貴婦人達と、オルネラと同じように興奮から頬を赤く染めた少年少女達が各々春のお茶会を楽しんでいた。

 「さぁ、オルネラも楽しんでいらっしゃいね」

 わくわくと、しかし初対面の緊張からかもじもじとする娘の背中を押して子供達の輪の方へと送り出したオルネラの母は、その場に居る他の母親達のように微笑ましく自分の娘の姿を見つめる。
 一方母に送り出されたオルネラは、初めて出会う大勢の友達にどぎまぎしながらも声を掛けに行った。

 「こ、こんにちわ!わたし、オルネラ・ホワイトローズです!なかよくしてくれる?」

 「もちろんよ!いま、みんなではなかんむりをつくりましょうってはなしていたの!あなたもどお?」

 「わあ!わたしなかんむりつくるのとくいよ!」

 少し離れた所から子供達の様子を見守っていたオルネラの母は、娘が無事に子供達の輪に入っていった事に安堵し、淹れて貰ったお茶を飲む。
 すると誰かが近寄ってくる気配にカップから顔を上げ、目の前に立つ人物を認めると音をたてないように洗練された所作で席を立ち、頭を下げる。

 「王妃殿下。この度は素晴らしい春のお茶会にご招待頂きまして、誠にありがとうございます」

 「ご無沙汰しております、ホワイトローズ夫人。どうぞ楽になさって。お茶会は楽しんでらっしゃるかしら?」

 「ええ、勿論ですわ」

 「それは良かったです。今日は私の息子も出席しているの。歳の近いホワイトローズ令嬢も、うちの子と仲良くしてくれたら嬉しいわ」

 ゆっくり楽しんでねと言い残し、ホストである王妃はまた別のテーブルへと向かっていった。
 王妃が完全に去って行くまでしっかりと見送ったオルネラの母は再び娘の様子を見守っていようと子供達の輪に視線を寄越し──

 「あ、あら?」

 数人の子供達が集まっている所。
 つい先程までオルネラもその輪の中に加わっていた筈だが、そこにオルネラの姿が無い。
 腰掛け直したばかりの椅子から立ち上がり、オルネラの母は子供達の元へと向かう。

 「ねぇ、お嬢ちゃん達。ここにオルネラって女の子は居なかったかしら?」

 「あ、そのこならもっとかわいいおはなをつんでくるって、どこかいっちゃった」

 「ま、まぁまぁ、それは何処か分かるかしら?」

 「わからなーい」

 子供達は顔を見合わせて首を振る。
 王宮内庭園で何か危険な事は無いだろうとは思うが、まだ幼い娘が1人で迷子にでもなっていないかと心配になったオルネラの母はドレスを翻してお茶会の警備をしている王宮騎士団員の元へと急いだ。




♦︎




 その頃、自身が母に捜索されているなどと露ほども思っていないオルネラは、素敵な花冠を作るべく特別な花を探しに庭園の奥へ奥へと進んでいた。
 子供の行動力とは凄いもので、ここが見知らぬ場所だとか突然姿を消した事で母がどう思うかなど一切考えずにただただ謎の自信と共に突き進んで行く。

 「ふんふふーん、おおきくてまっさおなおはなをさがしましょおね」

 気分良く庭園を1人進んで行くオルネラは、彼女の顔の高さを保って飛行している自身の精霊に話しかけながら歩く。
 幼いオルネラは、青い色が大のお気に入りだった。というのも自身の可愛い小鳥が綺麗な青い羽根を持っていたからで、お茶会で出会った子供達に一緒に花冠を作ろうと誘われたオルネラはすぐに青い花で作ろうと思ったのだった。

 『ぴーい、ぴー!』

 オルネラの精霊も嬉しそうに鳴きながら小さな翼を広げて飛んでいく。
 大人には通り抜けられないような茂みを通り抜け、道なき道をずんずんと進んで行くと、それまでとは違う小さな噴水のある開けた場所へと出た。

 「? あっ!あおいおはな!」

 噴水の傍には、真っ青な花弁の花が咲いている。
 迷わずに駆け出したオルネラはしかし、突然横から聞こえてきた声にぴたりと足を止める事になる。

 「あら、あなたこんなところでなにをしているのかしら?」

 茂みから顔を出した時は気付かなかったが、噴水の近くにはベンチが一つ設置されていた。
 そしてそこにちょこんと上品に座っていたオルネラと同じくらいの歳の女の子が突然現れたオルネラへと声を掛けたようだった。

 「わっ!びっくりした!こんにちわ!わたし、オルネラ・ホワイトローズです!」

 「こんにちわ、わたくしはビアンカ・ワイルドリリーですわ。あなたはきょうのおちゃかいのおきゃくさまかしら?ここにはあなたははいってきちゃいけないはずですわよ」

 舌ったらずな感じは残るものの、とてもまだ幼い子供から発せられたとは思えない丁寧な口調で喋るビアンカに、話し掛けられた当のオルネラは目をぱちくりとさせる。挨拶は返して貰えたものの、注意された内容についてはよく分からなかったらしい。

 「? あのねー、わたしいま、みんなとはなかんむりつくってるの!それであおいおはなさがしてるの!」

 「おはななら、おちゃかいをしているおにわにもありますわよ?」

 「あおいおはながいーの!みてみて!わたしのせいれいさんっ!いっしょのいろなのー」

 オルネラはビアンカが座っているベンチまで近付き、差し出した手の上に小鳥をとまらせてみせる。
 ビアンカは目の前一杯に広がった美しい青い翼に、驚きながらも感嘆の声をあげる。

 「わ…!なんてきれいないろでしょう…!」

 「わたしのそよかぜのせいれいさんなの!かわいいでしょう!」

 「まぁ、あなたのせいれいのちからは〝そよかぜ〟なのね…すてきなちからだわ」

 「ありがとう!あなたのせいれいさんはなあに?」

 きらきらとしたオルネラの瞳を受けて、ビアンカはその顔から笑顔を引っ込めて口籠ってしまう。
 大人であれば、言いたくないのかと察して話題を変える事も出来るだろうが、幼いオルネラは勿論気付かずに再度教えてとビアンカに話し掛ける。

 「…わたくしのせいれいは、もしかしたらちょっとあなたをこわがらせてしまうかもしれませんの」

 「え?」

 「わたくしのせいれいのちからは…〝あらし〟で…みんながおそろしいって、やさしくないちからだといいますの」

 オルネラは思わず小さな目を一杯に広げる。
 しゅんと俯いてしまったビアンカを丸々覆い隠せてしまう程に大きな体の灰色の狼がいつの間にか2人の間に立ち塞がっていた。

 「あ…!まって、うならないでくださいまし…!」

 もうほとんど涙目のビアンカが、今にも牙を剥いて唸り出しそうな狼の体に抱きつく。
 あまりに強大な力を持つ荒々しい獣の姿に、恐れ慄き泣き出してしまう子供がほとんどで、そして更に公爵令嬢という身分も加わり、幼いビアンカには友人と呼べる存在が居なかった為、ビアンカは目の前のオルネラをもまた怖がらせてしまうと怯えていた。

 「わあ…!でっかいおおかみさん…!すごーい!いいなあ!せなかにのっけてもらえるね!」

 「…え、え!?せなかにのる、ですか…!?」

 「うんー、わたしのおかあさまはでっかいくまさんでねー、のっけてもらえるの!でもわたしのことりさんはわたしがのったらつぶしちゃうからのれないの」

 「…そんなことかんがえたことなかったですわ」

 子供だから精霊の力の強さに気付けないのか、はたまた子供だからこそ固定概念が無いのか、オルネラは嵐の精霊に臆すことなくビアンカに話し掛け続ける。

 「それにつよいってかっこいいの!わたしのおかあさまもすっごくつよいんだよ!おとうさまもだれもかなわないの!うちでいちばんつよいのはおかあさまのくまさんねって、おうちのみんながすごいっていってるの!」

 「つよいことが、かっこよくてすごいこと…?」

 「うん!」

 笑顔で頷いたオルネラに、ビアンカの頬が嬉しさから赤く色づく。
 怖いと言われるばかりだった自身の力が、認められたようで、褒められたようで。

 「ね、ねぇ、あなた。よければこれからここにもうひとりがくるのだけれど、あなたもいっしょに…」

 お話しない?と言い掛けたビアンカの言葉は、オルネラの発した大きな声によって遮られる。

 「ああっ!!わたしおともだちとはなかんむりつくっているんだったわ!わすれてた!もどらなきゃ…!!」

 「えっ!?あ、ちょっと!?」

 ビアンカの呼び掛けにも気付かず、オルネラは一目散に来た道を駆け戻って行く。
 残されたビアンカはぽかんと口を開けてオルネラが走り去って行った方を見つめる事しか出来なかった。

 『…騒がしい小娘だったな。なんだったんだ?』

 「…さ、さぁ」

 『ん? それよりビアンカ、が来たみたいだぜ』

 嵐の精霊の声にビアンカがはっと意識を取り戻すと、噴水の反対側からベンチに向かって歩いてくる第一王子殿下、ジェームズの姿があった。

 「こんにちわ、ビアンカ。…? どうしたの?ぽかんとして」

 「…ふ、ふふ、おもしろいおんなのこがいらしていたの」

 「(ビ、ビアンカがわらった…!)」

 ジェームズはビアンカが腰掛けているベンチの隣に座り、そのまま楽しそうなビアンカの話を聞く。
 普段はどこか緊張したように、背伸びしているようにきびきびと話すビアンカが、今日は何故だか普通の子供のように笑いながら話してくれるのを、ジェームズはどきどきと胸を高鳴らせながら嬉しそうに聞く。
 春のお茶会が行われている傍ら、まだ幼いこの国の第一王子とその婚約者だけの密かなデートはそうして和やかに行われたのだった。
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