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第二章

第二十一話 巻き戻るそよ風の記憶1

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 ジェームズ回復の報が入ったのは、オルネラが朝昼晩と精霊の回復のそよ風を送るようになって一週間が経ってからだった。
 知らせてくれた侍従によれば、記憶の混濁ももう全く無く、現在の状況を正しく理解し、オルネラとヴィクターに是非面会したいと言っているらしい。
 善は急げとばかりにオルネラ達3人はすぐにジェームズが療養している部屋へと向かった。

 「叔父上、ホワイトローズ辺境伯令嬢、本来はこちらから伺うところをわざわざ足を運ばせてしまいまして申し訳ありません。ありがとうございます」

 前回はベッドに横になっていてもまだ辛そうだったジェームズだが、今日はしっかりとソファーに腰掛け、その頬にも赤味が戻っていた。

 「気にするな。可愛い甥っこのお願いなら聞かないわけにはいかないからね」

 「そうです!第一王子殿下の具合が回復された事が何よりですから、そんなに頭を下げないで下さい」

 「いえ、特にホワイトローズ辺境伯令嬢。貴女の精霊の力で回復がかなり進んだと主治医から聞いた。本当にありがとう…やはり、貴女の精霊の力は素晴らしいものだ」

 まるで以前からオルネラの精霊を知っていたかのような口ぶりのジェームズに、オルネラとヴィクターは眉を寄せる。
 精霊の力の調査、研究をしていたヴィクターならいざ知らず、有力な家長でもなく、接点の無い相手の精霊の力などは知らないのが普通だろう。
 特にオルネラは長い事辺境伯領からは出ずに生活していた為、王都で暮らすジェームズとは接点が無いのが当然だった。
 オルネラ、ヴィクター、そして2人が並んで座るソファーのすぐ後ろに立っているチャーリーは互いの顔を見遣り頷くと、代表してヴィクターが口を開く。

 「ジェームズ、今日はお前に聞きたい事がある。現在俺達がくだんの騒動の問題解決の為に調査している事は知っているね?」

 「はい、叔父上。僕に答えられる事でしたら何でも協力します。この騒動の発端は自分だと…理解しているつもりです」

 ぐっと口を真一文字に結んで、ジェームズはヴィクターの目を見つめ返す。

 「よし。でもそんなに気張らないでくれ。俺達は犯人探しをしているわけじゃないんだから」

 ピンと張り詰めてしまった糸を意図して緩めるように前置きをしてから、ヴィクターが質問をする。

 「まずはっきりさせておきたいのが、お前の気持ちだ」

 「僕の気持ち、ですか?」

 「そうだ。人の心の移り変わりなんて誰にも、それこそ本人にだって時にはコントロール出来ないものだろう。それを前提にしても確認したい。お前は本当にカサブランカ伯爵令嬢を好いているのか?」

 ヴィクターの質問に、ジェームズの顔が僅かに強ばる。
 答えようと口を開き、しかし言葉にならずに閉じ、再び開け──苦しそうにジェームズは言葉を紡ぐ。

 「…それが…よく、分からないんです…」

 「分からない?どういう事だい?」

 「まだ本調子じゃないとか、何か頭を打った後遺症のようなものですか?」

 「いや、そうじゃないんだ。ハリエットの事を考えようとすると頭にモヤが掛かる感じがするというか…ハリエットの事が好きだという気持ちは確かにあったんです。でも…どこに惹かれてとか、いつから彼女の事を意識したんだろうとか…そういう事が自分でもよく分からない…。ビアンカとの思い出は、ありありと今でも出会いから思い出せるのに…」

 苦しそうに眉を寄せて表情を歪めるジェームズの周囲をオルネラの小鳥が長い尾を引いて飛び回り出す。
 微かなそよ風を肌に感じ出すと、ジェームズの力の入った眉も少しばかり緩む。

 「…はぁ…はぁ…。好きです。僕は確かにハリエットの事が」

 「…分かった。じゃあもう一つ聞かせてくれるかな?もしかしてジェームズはオルネラの事を夜会の騒動の前から知っていたのか?」

 ヴィクターはやけに初めてオルネラ達がジェームズと面会した時に、記憶が混濁していた中でジェームズが発した言葉が気になっていた。
 〝オルネラ嬢、久しぶり。この前はありがとう、君のお陰でビアンカが僕に笑い掛けてくれたんだ…〟
 いつの記憶なのか定かではないが、ジェームズの口ぶりからすると一度は実際に会っている筈だった。
 オルネラも辺境伯令嬢の身であるから、貴族の集まりに出席していてもおかしくはないが、ビアンカの名前も絡んでいる事がどうにもヴィクターの興味を引いた。

 「え? ええ、知っています。と言っても実は僕も今の今までずっと忘れていて…。襲撃された後の夢現ゆめうつつの状態の時に思い出したんです」

 申し訳なさそうにジェームズはオルネラを見遣る。

 「え゛っ!?」

 「…お嬢、その反応は…」

 「…すみません、私は全然心当たりが無いんですけど…」

 ジェームズの言葉に顔を青くしたのはオルネラだった。
 一国の王子と面識があったと言われてもまるで心当たりがない。果たしてそんな重要な事を忘れるだろうかと、護衛中にも関わらず思わず声を掛けてしまったチャーリーがじとりとオルネラをねめつける。

 「ああ、いや、僕と直接面識があるわけじゃないんだ。僕が一方的に知っていたというだけで…むしろ君と面識があったのはビアンカの方だよ」

 「ええ゛っ!?」

 「…お嬢」

 「ま、待って下さい!私はワイルドリリー公爵令嬢様とも面識なんて…!」

 「貴女は今よりも随分と幼かった筈だよ。恐らく覚えていなくても当然くらいの。王宮で開かれた春のお茶会で、貴女はお母上に連れられてきていたとビアンカから聞いたけど」

 「お母様に連れられた、春のお茶会…?」

 オルネラの脳内に、薄ぼんやりと遠い遠い日に母に手を引かれた記憶が浮かび上がる。
 華やかなドレスを着た女性達。美味しそうなお菓子に素敵な香りのするお茶。自分と同じような年齢の子供達がそこかしこに居て、咲き誇る花々に頬を緩ませてずっとそれらを眺めていた──
 まだオルネラが花粉アレルギーを発症する前の、辺境伯領に引きこもるようになる前の、遠い日の記憶。
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