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第一章
第十話 ハッピーエンドならいいのに
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夜の就寝時以外、オルネラに用意された部屋でヴィクターと2人(ほとんどヴィクターの精霊も一緒だが)精霊の暴走についての資料を読んだり、時たま子豚になった状態のオルネラを調べたりして過ごすようになってから数日、「ああ、そうだ」と軽い口調で喋り出したヴィクターに、第一王子とビアンカ公爵令嬢の婚約が正式に破棄される事が決定した事をオルネラは告げられた。
「…婚約破棄、されてしまうんですね」
「へぇ、意外。オルネラ嬢は貴族の恋愛ゴシップに興味無いと思っていたけど。なに、ジェームズとビアンカ嬢推しだったの?」
「いえ、特には。王都では流行りなのかも知れませんが、私も貴族間のゴシップには興味が無いというか、そもそも噂もそんなにうちの領地まで中々届きませんし。領民達の興味も専ら特産品の改良とか…。ワイルドリリー公爵令嬢の事もお名前しか知りませんでしたし…」
「その割には物凄く気になるって顔してるよ、オルネラ嬢」
ヴィクターが膝の上に広げていた資料をぱたりと閉じる。
それを見てこれはいよいよ作業を一時中断してこの話題を深掘りする気だな、と察したオルネラも広げていた資料をローテーブルの上に置く。
「…私があの夜会の日に、あの場でブローチを拾っていなければ何か違う結果だったのかな、と思うと…ワイルドリリー公爵令嬢に悪い気がしています」
公爵令嬢が第一王子との婚約を破棄されると聞いて、少なからず残念な気持ちになるのは、幼い頃に2人が婚約されてからというもの、仲睦まじい様子の2人の噂が度々耳に届いていたからだろうとオルネラは思う。
時に領地の人々の噂話で、時に新聞の記事で、時に王都へ行ってきた父親からのお土産話で。
オルネラだけでなく、たとえ名前しか知らなくとも、相思相愛の2人は国中の女の子のきっと憧れだった。ハッピーエンドが約束された物語のように。
「うーん…まぁ、それが今回の婚約破棄のきっかけになったと言われれば確かにそうだと思うけど。でも俺は別にオルネラ嬢の責任ではないと思うよ」
「…」
目線を足元に落としてしまったオルネラの頬を、ヴィクターの精霊がべろりと舐める。
「いたたたた、あの、いた…し、舌が…いたっ!痛いです!」
慰めてくれているのかな、と思ったが、ざーりざーりと効果音が付きそうなそれに思わずソファーから転げ落ちるようにして逃げる。
どうやらヴィクターの精霊はオルネラの事を憎からず思ってくれているようだが、何せ体格差があり過ぎる。
オルネラが人間の姿でも子豚の姿でも構ってくれるのは、知り合いがいない王宮で心強くもあるのだが、少しは力加減を覚えて欲しい。
「ジェームズの真意はどうあれ、婚約者がいる立場で別の意中の相手と堂々と親しくしていたジェームズが悪い。だからそう気に病むな。まぁ、ジェームズを本当に慕っていたビアンカ嬢には悪いと思うけどね」
「殿下…。私も恋愛において、全ての人が同時に幸せになれるなんて無いって分かってはいます。今回の件では実際、第一王子殿下とカサブランカ伯爵令嬢は幸せですが、ワイルドリリー公爵令嬢は不幸せです」
「そうだね。まぁ、カサブランカ伯爵令嬢が新たな婚約者に正式決定するかはまだ未定だけど」
「…噂ですが、でも私は、第一王子殿下とワイルドリリー公爵令嬢はとても…お互いを想い合っていらっしゃると伺っていたので…なんでしょう、なんだかショックです」
「一応、俺も可愛い甥っ子の事だしな。第一王子という立場である以上、自由恋愛は許されないと分かっちゃいるが、ジェームズには好き合っている相手と一緒になって欲しいって気持ちはあるよ。確かに噂通り、ジェームズとビアンカ嬢の仲は良かった」
オルネラと自身の精霊が戯れる様を見てヴィクターはハハッと笑う。
すっかり乱れてしまった髪を整える為に、ヴィクターはソファーから一度立ち上がると、部屋の鏡台から櫛を手に取りオルネラへと渡す。
「だからビアンカ嬢には悪いが、ジェームズが本当にカサブランカ伯爵令嬢と想い合っているなら、ビアンカ嬢に誠心誠意謝罪をして、それから新しくカサブランカ伯爵令嬢と婚約を結んで欲しいと思ってる。まぁ、ジェームズとビアンカ嬢の仲睦まじさは国中に有名だったから、今のオルネラ嬢のように思う人々から反感をくうだろうけどね」
「……きっと今年一番のゴシップになるでしょうね」
ふふ、と少し口角を上げたオルネラを見て、ヴィクターも同じように笑う。
「いーや、君がくしゃみで子豚になるって事の方がきっと話題の中心になるぜ」
「えっ。私の話って一般にも伝わっているんですか?嘘でしょう!?それこそ私に結婚の話が来なくなります!えっ、嘘ですよね!?」
どこの世界に子豚を嫁に迎えたい貴族令息が居るというのだろう。
おかしな方向へ進んだ話題にオルネラはさっと顔色を変える。
ホワイトローズ辺境伯家は弟が家督を継ぐが、結婚出来ない娘が家に居座り続けるなんて外聞が悪過ぎる。
「嘘ですよね?いつものおふざけですよね?ね?ね?殿下?」とオルネラはヴィクターをガクガクと揺さぶる。
するとオルネラに揺さぶられるがままにしていたヴィクターが、「あ」と思い出したように声を出す。
「もう一つ言う事があったんだ、忘れてた忘れてた」
「なんですか?私に関係ある事ですか?」
「ジェームズ達の婚約破棄決定の後にビアンカ嬢に話を聞く場を設けたんだ」
「えっ、何か分かりましたか?」
「うん。ビアンカ嬢は現在、彼女の嵐の精霊の制御が一切出来ていない状態で、嵐の精霊は彼女の呼び掛けにも全く応じないし、行方不明だって事が分かった」
「………はああ!!?」
それって割と一大事では?
「…婚約破棄、されてしまうんですね」
「へぇ、意外。オルネラ嬢は貴族の恋愛ゴシップに興味無いと思っていたけど。なに、ジェームズとビアンカ嬢推しだったの?」
「いえ、特には。王都では流行りなのかも知れませんが、私も貴族間のゴシップには興味が無いというか、そもそも噂もそんなにうちの領地まで中々届きませんし。領民達の興味も専ら特産品の改良とか…。ワイルドリリー公爵令嬢の事もお名前しか知りませんでしたし…」
「その割には物凄く気になるって顔してるよ、オルネラ嬢」
ヴィクターが膝の上に広げていた資料をぱたりと閉じる。
それを見てこれはいよいよ作業を一時中断してこの話題を深掘りする気だな、と察したオルネラも広げていた資料をローテーブルの上に置く。
「…私があの夜会の日に、あの場でブローチを拾っていなければ何か違う結果だったのかな、と思うと…ワイルドリリー公爵令嬢に悪い気がしています」
公爵令嬢が第一王子との婚約を破棄されると聞いて、少なからず残念な気持ちになるのは、幼い頃に2人が婚約されてからというもの、仲睦まじい様子の2人の噂が度々耳に届いていたからだろうとオルネラは思う。
時に領地の人々の噂話で、時に新聞の記事で、時に王都へ行ってきた父親からのお土産話で。
オルネラだけでなく、たとえ名前しか知らなくとも、相思相愛の2人は国中の女の子のきっと憧れだった。ハッピーエンドが約束された物語のように。
「うーん…まぁ、それが今回の婚約破棄のきっかけになったと言われれば確かにそうだと思うけど。でも俺は別にオルネラ嬢の責任ではないと思うよ」
「…」
目線を足元に落としてしまったオルネラの頬を、ヴィクターの精霊がべろりと舐める。
「いたたたた、あの、いた…し、舌が…いたっ!痛いです!」
慰めてくれているのかな、と思ったが、ざーりざーりと効果音が付きそうなそれに思わずソファーから転げ落ちるようにして逃げる。
どうやらヴィクターの精霊はオルネラの事を憎からず思ってくれているようだが、何せ体格差があり過ぎる。
オルネラが人間の姿でも子豚の姿でも構ってくれるのは、知り合いがいない王宮で心強くもあるのだが、少しは力加減を覚えて欲しい。
「ジェームズの真意はどうあれ、婚約者がいる立場で別の意中の相手と堂々と親しくしていたジェームズが悪い。だからそう気に病むな。まぁ、ジェームズを本当に慕っていたビアンカ嬢には悪いと思うけどね」
「殿下…。私も恋愛において、全ての人が同時に幸せになれるなんて無いって分かってはいます。今回の件では実際、第一王子殿下とカサブランカ伯爵令嬢は幸せですが、ワイルドリリー公爵令嬢は不幸せです」
「そうだね。まぁ、カサブランカ伯爵令嬢が新たな婚約者に正式決定するかはまだ未定だけど」
「…噂ですが、でも私は、第一王子殿下とワイルドリリー公爵令嬢はとても…お互いを想い合っていらっしゃると伺っていたので…なんでしょう、なんだかショックです」
「一応、俺も可愛い甥っ子の事だしな。第一王子という立場である以上、自由恋愛は許されないと分かっちゃいるが、ジェームズには好き合っている相手と一緒になって欲しいって気持ちはあるよ。確かに噂通り、ジェームズとビアンカ嬢の仲は良かった」
オルネラと自身の精霊が戯れる様を見てヴィクターはハハッと笑う。
すっかり乱れてしまった髪を整える為に、ヴィクターはソファーから一度立ち上がると、部屋の鏡台から櫛を手に取りオルネラへと渡す。
「だからビアンカ嬢には悪いが、ジェームズが本当にカサブランカ伯爵令嬢と想い合っているなら、ビアンカ嬢に誠心誠意謝罪をして、それから新しくカサブランカ伯爵令嬢と婚約を結んで欲しいと思ってる。まぁ、ジェームズとビアンカ嬢の仲睦まじさは国中に有名だったから、今のオルネラ嬢のように思う人々から反感をくうだろうけどね」
「……きっと今年一番のゴシップになるでしょうね」
ふふ、と少し口角を上げたオルネラを見て、ヴィクターも同じように笑う。
「いーや、君がくしゃみで子豚になるって事の方がきっと話題の中心になるぜ」
「えっ。私の話って一般にも伝わっているんですか?嘘でしょう!?それこそ私に結婚の話が来なくなります!えっ、嘘ですよね!?」
どこの世界に子豚を嫁に迎えたい貴族令息が居るというのだろう。
おかしな方向へ進んだ話題にオルネラはさっと顔色を変える。
ホワイトローズ辺境伯家は弟が家督を継ぐが、結婚出来ない娘が家に居座り続けるなんて外聞が悪過ぎる。
「嘘ですよね?いつものおふざけですよね?ね?ね?殿下?」とオルネラはヴィクターをガクガクと揺さぶる。
するとオルネラに揺さぶられるがままにしていたヴィクターが、「あ」と思い出したように声を出す。
「もう一つ言う事があったんだ、忘れてた忘れてた」
「なんですか?私に関係ある事ですか?」
「ジェームズ達の婚約破棄決定の後にビアンカ嬢に話を聞く場を設けたんだ」
「えっ、何か分かりましたか?」
「うん。ビアンカ嬢は現在、彼女の嵐の精霊の制御が一切出来ていない状態で、嵐の精霊は彼女の呼び掛けにも全く応じないし、行方不明だって事が分かった」
「………はああ!!?」
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