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第一章

第四話 噂の王弟殿下

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 ヴィクター・フランネル王弟殿下。
 現国王陛下の年の離れた末の弟で、アカデミー時代は常に主席を独走。
 またアカデミー卒業後は、新たに精霊学せいれいがくという学問の分野を自ら開拓し、アカデミーに併設されている研究棟と呼ばれる国中の学者、専門家達が集う施設で日々研究漬けの毎日を過ごしている当代1の天才と呼び声高い、若き才能である。
 しかし同時に精霊学以外には興味を示さず、20代という結婚適齢期を迎えても婚約者の1人も居ない変人とも噂されていた。

 窓から聞こえてきていた昼間の喧騒はどこへやら、すっかり静かになった薄暗い自身の研究室で、ヴィクターは黙々と握り締めたペンをノートに走らせていた。
 現在一心不乱に書き綴っているのは、人と精霊の起源について。
 精霊とは?何故彼等は超常的な自然の力を行使出来るのか?また自然界に生息する動物の姿を形作るのはどうして?人に力を貸す精霊側のメリットとは?
 ろくに文献にも残っていないような古い時代から、この国の人々は精霊と共に生きてきた。
 あまりにも自然に存在している隣人だからか、はたまた何か別の理由か、実は精霊について詳しい事はそう多く分かっていない。
 王侯貴族はじめ、多くの国民は、精霊とはただ人間一人にひとり必ず備わっている能力だとしか認識していない。

 「…人間の魔力が変質したものとは思えないが…かといってそうすると人間の保有する魔力量が精霊の力に比例するという論の根拠が……」

 突然ぽっ!と、ヴィクターの卓上に置いてある蝋燭に火が灯る。

 『おい、ヴィクター。暗くなってきたら灯りの1つくらい点けろといつも言っているだろう』

 「……ん、ああ、ごめん。ありがとう」

 室内にしつらえられている上等なソファーに寝そべるのは、燃えるたてがみの獅子。
 振り返りその姿を確認すると、ヴィクターは椅子に座ったままぐぐっと伸びをする。

 『そういえば今日はお前の兄の生誕記念祭だと言っていなかったか?お前は出席しなくていいのか?』

 「あー…忘れてた」

 今度は左右前後に首を回して机から立ち上がると、ヴィクターは自身の精霊が寝そべるソファーまで歩き、どさりと腰を下ろし見るからにふさふさな鬣へ手を伸ばし、梳くように撫でる。

 「まーたどやされんな、こりゃ」

 口ではそう言いながらも、獅子の鬣を梳く手は止めずにぼんやりと空中を見つめる。
 幼い頃より、ヴィクターは精霊という存在が不思議でならなかった。
 子供にとったら、超能力みたいなパワーがあって、あまつさえ言葉も通じる、ずっと自分の傍に居てくれる存在。
 しかしなんで?なんで?と精霊について周囲の大人に質問しても、返ってくるのは「それが精霊だから」という答えになっていない答え。
 ならば自分でその答えを探そう!と精霊学という学問を創設してはみたが、まるで根拠のない御伽噺のような資料とも呼べない資料ばかり。
 またヴィクターの身分に釣られ、精霊学の門戸を叩く者も居ないではなかったが、結局は離れていく人々の方が多く、定着しない補佐研究員に毎回業務を説明するのにもそろそろ疲れてきていた。

 「なーんか、こう…ないかねぇ…ぱっ!と新しい発見とか…」

 『地道にこつこつ、お前が他の人間に言っていたではないか』

 ぐだぐだ。
 ついには鬣に顔を埋めて、ヴィクターは心地の良いそれを堪能し出す。
 まだ今から急いで迎えば夜会には間に合う時間だが、もうこのままここで寝るか、とヴィクターが瞼を下ろそうとした時、コンコンコン、と控え目に研究室の扉を叩く音が耳に届いた。

 「失礼致します、ヴィクター王弟殿下、国王陛下より火急のお呼び出しでございます」

 息を切らせた侍従が、だらけきったヴィクターとは真逆にきりりと告げる。
 その様を見たヴィクターはうへぇと内心で下を出す。

 「そんなに生誕記念祭すっぽかした事キレてんの?」

 「いえ、なんでも殿下にはとして急ぎ知恵をお借りしたい案件が発生したとか」

 「え?」

 たっぷり時間をおいて、ヴィクターは予期せぬそれに目をぱちくりとさせたのだった。
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