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第12章 嵐は東の彼方からくる
11 かつてある少女だったツバキの記憶
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幼い頃の記憶と言われて浮かぶのは、厳しい訓練。決まりだらけで自由のない生活。いつもこちらを見ている恐ろしい存在。
それから、大好きな人の後ろ姿。
『──呪われろ』
地を這うような低く恐ろしい声が、まるで地響きのように聞こえてくる。
『呪われろ』
背筋が凍るような恐怖を、箒の柄をぎゅっと握り締める事で堪えて、掃除を続ける。
『……ちっ。おい、小娘。この俺様を恐れているな? 肩が震えているぞ』
「……しゃ、喋っちゃ駄目って、言われてるもん」
『ふうん? でもお前。お前、今俺と喋っているだろう』
「ちっ、違うもん! 独り言だもんっ!」
『あああ~悪い子だあああ。悪い子だああああ』
「ひぐっ、うっ、!」
堪えきれなくなった恐怖が、ぽろりと涙を一粒目の縁から押し出す。その時。
「ツバキ」
凛とした声が淀んだ空気を裂くように響く。
たっぷりの布の裾を靡かせて、ゆっくりと。けれど確かな足取りで進んできた人物が、ぽんとまだ幼い少女──ツバキの頭を撫でるように叩く。
「ね、ねえ様!」
「マカミ様。あまりツバキを苛めてくださるな」
『口煩いのが来たな。お前はすっかり可愛げがなくなってしまってつまらない』
「あなたの暇を潰す為に我々がいるわけではありませんので」
『ふん……』
「ツバキ、行きますよ。そこの掃除はもういいですから、訓練に行きますよ」
「はいっ、ねえ様」
「良い返事ですね」
幼いツバキは、ただ目の前を歩く女性の背中を見上げて歩いていく。
あの恐ろしいマカミ様という存在に、真っ向から立ち向かえるねえ様は強くて格好良い、と憧れを抱いて。
幼いツバキはふと、湧いて出た疑問を口にする。
「あの、ねえ様はどうしてマカミ様が怖くないんですか?」
しかし、返ってきた言葉は幼いツバキの予想とは反したものだった。
「……私とて、マカミ様は恐ろしいですよ」
「え?」
立ち止まり、振り向いたその表情は、なんと形容したものか。
「私はただ、受け入れて諦めただけ」
それがどういう事なのか分からず、幼いツバキは首を傾げる。
「ツバキもそろそろ、お役目について、きちんと勉強を始めても良いかもしれないね」
「……おやくめ?」
憧れのねえ様と同じお仕事を、やっと自分も出来るかもしれないと湧き立つ心だったがどうして、すぐに冷たく嫌な衝動に跳ねた。
「私もそろそろ、お役目を果たす刻がやってくるから」
ねえ様の瞳は、酷く昏く、酷く冷たく、酷く──
「ツバキ。鎮めの巫女のお役目を、ゆくゆくはお前がしっかりと果たすのですよ」
お役目とはなんなのか、よく分からないままになんと答えたのか、それとも答えなかったのか、今はもう遠い彼方の記憶。
外部からは隔絶された小さな島国。
物心つく前から厳しいお役目を科せられ、自由のない日々。
それら全てを振り払い、逃げ出して、何もかも捨ててきた筈なのに。
山を崩す咆哮、海を割る爪、まるで地獄の業火のように爛々と燃え盛る瞳。
それらを持ったあの恐ろしいマカミ様が、甘ったるくねえ様を見つめて囁く声を、私はいまだに忘れられない。
あいしていると確かにそう囁いて、そして──
それから、大好きな人の後ろ姿。
『──呪われろ』
地を這うような低く恐ろしい声が、まるで地響きのように聞こえてくる。
『呪われろ』
背筋が凍るような恐怖を、箒の柄をぎゅっと握り締める事で堪えて、掃除を続ける。
『……ちっ。おい、小娘。この俺様を恐れているな? 肩が震えているぞ』
「……しゃ、喋っちゃ駄目って、言われてるもん」
『ふうん? でもお前。お前、今俺と喋っているだろう』
「ちっ、違うもん! 独り言だもんっ!」
『あああ~悪い子だあああ。悪い子だああああ』
「ひぐっ、うっ、!」
堪えきれなくなった恐怖が、ぽろりと涙を一粒目の縁から押し出す。その時。
「ツバキ」
凛とした声が淀んだ空気を裂くように響く。
たっぷりの布の裾を靡かせて、ゆっくりと。けれど確かな足取りで進んできた人物が、ぽんとまだ幼い少女──ツバキの頭を撫でるように叩く。
「ね、ねえ様!」
「マカミ様。あまりツバキを苛めてくださるな」
『口煩いのが来たな。お前はすっかり可愛げがなくなってしまってつまらない』
「あなたの暇を潰す為に我々がいるわけではありませんので」
『ふん……』
「ツバキ、行きますよ。そこの掃除はもういいですから、訓練に行きますよ」
「はいっ、ねえ様」
「良い返事ですね」
幼いツバキは、ただ目の前を歩く女性の背中を見上げて歩いていく。
あの恐ろしいマカミ様という存在に、真っ向から立ち向かえるねえ様は強くて格好良い、と憧れを抱いて。
幼いツバキはふと、湧いて出た疑問を口にする。
「あの、ねえ様はどうしてマカミ様が怖くないんですか?」
しかし、返ってきた言葉は幼いツバキの予想とは反したものだった。
「……私とて、マカミ様は恐ろしいですよ」
「え?」
立ち止まり、振り向いたその表情は、なんと形容したものか。
「私はただ、受け入れて諦めただけ」
それがどういう事なのか分からず、幼いツバキは首を傾げる。
「ツバキもそろそろ、お役目について、きちんと勉強を始めても良いかもしれないね」
「……おやくめ?」
憧れのねえ様と同じお仕事を、やっと自分も出来るかもしれないと湧き立つ心だったがどうして、すぐに冷たく嫌な衝動に跳ねた。
「私もそろそろ、お役目を果たす刻がやってくるから」
ねえ様の瞳は、酷く昏く、酷く冷たく、酷く──
「ツバキ。鎮めの巫女のお役目を、ゆくゆくはお前がしっかりと果たすのですよ」
お役目とはなんなのか、よく分からないままになんと答えたのか、それとも答えなかったのか、今はもう遠い彼方の記憶。
外部からは隔絶された小さな島国。
物心つく前から厳しいお役目を科せられ、自由のない日々。
それら全てを振り払い、逃げ出して、何もかも捨ててきた筈なのに。
山を崩す咆哮、海を割る爪、まるで地獄の業火のように爛々と燃え盛る瞳。
それらを持ったあの恐ろしいマカミ様が、甘ったるくねえ様を見つめて囁く声を、私はいまだに忘れられない。
あいしていると確かにそう囁いて、そして──
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