62 / 91
第9章 回り道、寄り道、それも目的地へ続く道
8
しおりを挟む
あれから数日──ではなく、その日の夜。
ラーハルトの固く崇高な決意は、すぐに砕けることとなった。
卵の殻でできていたのか? と言いたくなるほどに、それはもう、粉々に、呆気なく。
『ギュアーッ!! ギュアッギュアアッ!! ンンンンンギュグググウウウウウウウッ!!』
「……」
終わらない遊び。餌の拒否。突然の大暴れに、激しい夜泣き。
いくら幼体といえど、身体のサイズは既にサザンカよりも大きいウルの制御は容易ではなく、既に庭もラーハルトもボロボロだった。
「……疲れたという言葉しか出てこない」
座り込むラーハルトの肩が横から伸びてきて手にぽん、と叩かれる。
流石に疲労の色はあれど、まだ余裕のありそうな表情のツバキが意味ありげに笑う。
「まだまだ、夜はこれからよ」
「あえ、あ……?」
時計は日付を跨いでいるのに? と、ラーハルトの顔がまざまざとそう語っていた。
♦︎
日付が今日から明日へと変わり、深夜というよりももはや早朝の方が近いのでは? という薄暗い空の下。
ラーハルトは庭で過ごしている従魔達の為の寝床小屋の一角に居た。
右手には、スヤスヤと眠る青い竜。
左手には、グウグウと眠る赤い鳥。
結局あの後、なぜ自分をかまわないのか!! と臍を曲げて大暴れしたシシーが加わり、その騒ぎを遊びだと勘違いしたウルが更にハイテンションで暴れ出し、それを宥めようとラーハルトがウルにかかりきりになり、だからどうしてその鱗ばかりをかまって妾を放置するのか!! とシシーが激怒し──
と、終わらない悪夢のループから解放されたのは、突然電池が切れたようにウルが寝落ちてからだった。
「これは確かに、こっちがおかしくなりそうだ……」
疲れて寝たとはいえ、時折起きてはぐずるウルをその度に宥めて寝かしつけて、を繰り返している内に、もうそろそろ夜も明けそうになってきている。
『……キュア~』
「ん? お、起きちゃったか? まだ寝てていいぞ~っ」
『……キュアアッ』
昼間はあれだけ楽しそうにきらきらと輝いていたウルの瞳が揺れている。
そのことに気づいたラーハルトは、シシーの枕になっていた左手をそっとその頭の下から引き抜いて、黙ってじっとラーハルトを見つめているウルの頭を優しく撫でてやる。
すると、少しだけ細められるウルの瞳に、ラーハルトは昼間にククルとした短い会話を思い出した。
♦︎
「……頭」
「え?」
「頭を撫でると、眠るんです」
「はぁ……」
「正直、ずっと撫でてるのは疲れるし、あたしも寝たいしって思うんすけど。でも、そんな……癖というか、あの子のことが1つ分かる度に、いとおしくて……」
♦︎
硬くて冷たい鱗の感触は、決して撫でて心地良いものではなかったけれど、ラーハルトは手を止めずに撫で続ける。
『……キュァ』
「大丈夫だよ。ククルさんの代わりに、今夜は俺がずっといるから」
『……キュァァ』
ふんっ、と。まるでため息のように少し大きく鼻息を吐いたウルが渋々といったように目を閉じる。
そのまま寝息をたて始めたウルの寝顔に、ラーハルトは起きてる時はまるで手に負えない怪獣だが、寝てる仔竜の姿はふわふわの人形のように可愛いな、と無意識に頬が弛む。
「しっかし、これを毎日は本当に大変だなぁ……」
ちょっと休憩、とラーハルトは両手の真上に向けてぐぐっと伸ばす。
と、ウルがすかさず目はつむったままバンバン! と尻尾で地面を打ち鳴らす。
「ぅわっ! ご、ごめんごめんっ、よ~しよし、ほら、寝な~?」
まじで大変だ……と、結局ほぼ徹夜となったラーハルトは心の底から切にそう思った。
ラーハルトの固く崇高な決意は、すぐに砕けることとなった。
卵の殻でできていたのか? と言いたくなるほどに、それはもう、粉々に、呆気なく。
『ギュアーッ!! ギュアッギュアアッ!! ンンンンンギュグググウウウウウウウッ!!』
「……」
終わらない遊び。餌の拒否。突然の大暴れに、激しい夜泣き。
いくら幼体といえど、身体のサイズは既にサザンカよりも大きいウルの制御は容易ではなく、既に庭もラーハルトもボロボロだった。
「……疲れたという言葉しか出てこない」
座り込むラーハルトの肩が横から伸びてきて手にぽん、と叩かれる。
流石に疲労の色はあれど、まだ余裕のありそうな表情のツバキが意味ありげに笑う。
「まだまだ、夜はこれからよ」
「あえ、あ……?」
時計は日付を跨いでいるのに? と、ラーハルトの顔がまざまざとそう語っていた。
♦︎
日付が今日から明日へと変わり、深夜というよりももはや早朝の方が近いのでは? という薄暗い空の下。
ラーハルトは庭で過ごしている従魔達の為の寝床小屋の一角に居た。
右手には、スヤスヤと眠る青い竜。
左手には、グウグウと眠る赤い鳥。
結局あの後、なぜ自分をかまわないのか!! と臍を曲げて大暴れしたシシーが加わり、その騒ぎを遊びだと勘違いしたウルが更にハイテンションで暴れ出し、それを宥めようとラーハルトがウルにかかりきりになり、だからどうしてその鱗ばかりをかまって妾を放置するのか!! とシシーが激怒し──
と、終わらない悪夢のループから解放されたのは、突然電池が切れたようにウルが寝落ちてからだった。
「これは確かに、こっちがおかしくなりそうだ……」
疲れて寝たとはいえ、時折起きてはぐずるウルをその度に宥めて寝かしつけて、を繰り返している内に、もうそろそろ夜も明けそうになってきている。
『……キュア~』
「ん? お、起きちゃったか? まだ寝てていいぞ~っ」
『……キュアアッ』
昼間はあれだけ楽しそうにきらきらと輝いていたウルの瞳が揺れている。
そのことに気づいたラーハルトは、シシーの枕になっていた左手をそっとその頭の下から引き抜いて、黙ってじっとラーハルトを見つめているウルの頭を優しく撫でてやる。
すると、少しだけ細められるウルの瞳に、ラーハルトは昼間にククルとした短い会話を思い出した。
♦︎
「……頭」
「え?」
「頭を撫でると、眠るんです」
「はぁ……」
「正直、ずっと撫でてるのは疲れるし、あたしも寝たいしって思うんすけど。でも、そんな……癖というか、あの子のことが1つ分かる度に、いとおしくて……」
♦︎
硬くて冷たい鱗の感触は、決して撫でて心地良いものではなかったけれど、ラーハルトは手を止めずに撫で続ける。
『……キュァ』
「大丈夫だよ。ククルさんの代わりに、今夜は俺がずっといるから」
『……キュァァ』
ふんっ、と。まるでため息のように少し大きく鼻息を吐いたウルが渋々といったように目を閉じる。
そのまま寝息をたて始めたウルの寝顔に、ラーハルトは起きてる時はまるで手に負えない怪獣だが、寝てる仔竜の姿はふわふわの人形のように可愛いな、と無意識に頬が弛む。
「しっかし、これを毎日は本当に大変だなぁ……」
ちょっと休憩、とラーハルトは両手の真上に向けてぐぐっと伸ばす。
と、ウルがすかさず目はつむったままバンバン! と尻尾で地面を打ち鳴らす。
「ぅわっ! ご、ごめんごめんっ、よ~しよし、ほら、寝な~?」
まじで大変だ……と、結局ほぼ徹夜となったラーハルトは心の底から切にそう思った。
193
お気に入りに追加
2,734
あなたにおすすめの小説
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
やってしまいましたわね、あの方たち
玲羅
恋愛
グランディエネ・フラントールはかつてないほど怒っていた。理由は目の前で繰り広げられている、この国の第3王女による従兄への婚約破棄。
蒼氷の魔女と噂されるグランディエネの足元からピキピキと音を立てて豪奢な王宮の夜会会場が凍りついていく。
王家の夜会で繰り広げられた、婚約破棄の傍観者のカップルの会話です。主人公が婚約破棄に関わることはありません。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
離婚したらどうなるのか理解していない夫に、笑顔で離婚を告げました。
Mayoi
恋愛
実家の財政事情が悪化したことでマティルダは夫のクレイグに相談を持ち掛けた。
ところがクレイグは過剰に反応し、利用価値がなくなったからと離婚すると言い出した。
なぜ財政事情が悪化していたのか、マティルダの実家を失うことが何を意味するのか、クレイグは何も知らなかった。
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」
まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。