42 / 74
間話4 いつかのありふれた別れの話
1
しおりを挟む
それは物語になるような壮大な冒険譚ではなく、万人が涙するような悲劇でもなく。
ただ、心を通わせた1人と1匹の、彼らにとっては特別な生涯の話。
かつての不死鳥が──もはや正確には何度灰の中から甦る前だったかは不死鳥自身にも不明だが──偶然出会った人間の青年となんとなく共に過ごし始めて緩やかに時は過ぎていった。
青年はそれまで不死鳥が見てきた人間らしくなく、同じ種族で群れるでもなくふたりが出会った森の奥深くで1人ひっそりと、しかし穏やかに暮らしていた。
朝、太陽が充分に上がってから起床すると青年はまず家の周囲をゆっくりと散歩をする。
森できのみやきのこなんかを獲ったり、近くの湖ではのんびりと釣り糸を垂らしてみたり。
不死鳥もなんとなく青年の後をついていき、気づけば同じように特別な何かをするでもない日々を過ごしていた。
存外悪くないと、不死鳥は意外にもその特別ではない特別な暮らしを気に入っていた。
いつからか青年は不死鳥のことを親愛を込めて「──」と呼び、またその呼び声に不死鳥も特別な感情を込めて答えた。
春、芽吹く花の中に隣り合って寝転んだ。ふりそそぐ夏の日差しの強さに笑い合い、森の葉が赤く色づく秋には美しい光景を眺め、そして寒く長い冬には寄り添って過ごした。
四季が巡る。
ふたりで過ごした分だけ、落ち葉が重なるように思い出が重なる。
それがどんなに素晴らしく──そして酷い痛みを伴う事だったのだと不死鳥が気づいたのは、数えきれないほど四季が巡り、青年の顔に深い皺がいくつも刻まれた後だった。
「お前と過ごせて、幸せだったなぁ」とかつて青年だった老人が目を細めて不死鳥を見上げる。
そして不死鳥は悟る。これは別れの挨拶なのだ、と。
『…いくのか』
不死鳥の問いに、老人はただ穏やかに微笑むだけで、それがまた不死鳥の心を締め付けた。
ぎゅうぎゅうと、きりきりと、寂しくて願った。
『妾は何度死んでも灰の中から生まれ変わる不死鳥じゃ!その妾が生まれ変わるならば、ならば…お前もまた何度死んでも何度でも生まれ変わるのじゃあ!!』
愛しているから、まだ離れたくない。
死さえもふたりを分つことは出来ないのだと、不死の鳥はそう願った。
想いの強さが、何を引き寄せるのかも知らず。
当の本人すらも、もう思い出せないほど遠い冬の話。
ただ、心を通わせた1人と1匹の、彼らにとっては特別な生涯の話。
かつての不死鳥が──もはや正確には何度灰の中から甦る前だったかは不死鳥自身にも不明だが──偶然出会った人間の青年となんとなく共に過ごし始めて緩やかに時は過ぎていった。
青年はそれまで不死鳥が見てきた人間らしくなく、同じ種族で群れるでもなくふたりが出会った森の奥深くで1人ひっそりと、しかし穏やかに暮らしていた。
朝、太陽が充分に上がってから起床すると青年はまず家の周囲をゆっくりと散歩をする。
森できのみやきのこなんかを獲ったり、近くの湖ではのんびりと釣り糸を垂らしてみたり。
不死鳥もなんとなく青年の後をついていき、気づけば同じように特別な何かをするでもない日々を過ごしていた。
存外悪くないと、不死鳥は意外にもその特別ではない特別な暮らしを気に入っていた。
いつからか青年は不死鳥のことを親愛を込めて「──」と呼び、またその呼び声に不死鳥も特別な感情を込めて答えた。
春、芽吹く花の中に隣り合って寝転んだ。ふりそそぐ夏の日差しの強さに笑い合い、森の葉が赤く色づく秋には美しい光景を眺め、そして寒く長い冬には寄り添って過ごした。
四季が巡る。
ふたりで過ごした分だけ、落ち葉が重なるように思い出が重なる。
それがどんなに素晴らしく──そして酷い痛みを伴う事だったのだと不死鳥が気づいたのは、数えきれないほど四季が巡り、青年の顔に深い皺がいくつも刻まれた後だった。
「お前と過ごせて、幸せだったなぁ」とかつて青年だった老人が目を細めて不死鳥を見上げる。
そして不死鳥は悟る。これは別れの挨拶なのだ、と。
『…いくのか』
不死鳥の問いに、老人はただ穏やかに微笑むだけで、それがまた不死鳥の心を締め付けた。
ぎゅうぎゅうと、きりきりと、寂しくて願った。
『妾は何度死んでも灰の中から生まれ変わる不死鳥じゃ!その妾が生まれ変わるならば、ならば…お前もまた何度死んでも何度でも生まれ変わるのじゃあ!!』
愛しているから、まだ離れたくない。
死さえもふたりを分つことは出来ないのだと、不死の鳥はそう願った。
想いの強さが、何を引き寄せるのかも知らず。
当の本人すらも、もう思い出せないほど遠い冬の話。
125
お気に入りに追加
2,757
あなたにおすすめの小説
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
親友の妊娠によって婚約破棄されました。
五月ふう
恋愛
「ここ開けてよ!レイ!!」
部屋の前から、
リークの声が聞こえる。
「いやだ!!
私と婚約してる間に、エレナと子供 を作ったんでしょ?!」
あぁ、
こんな感傷的になりたくないのに。
「違う!
俺はエレナと何もしてない!」
「嘘つき!!
わたし、
ちゃんと聞いたんだから!!」
知りたくなんて、無かった。
エレナの妊娠にも
自分の気持ちにも。
気づいたら傷つくだけだって、
分かっていたから。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。
Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。
そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。
二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。
自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。