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85話 その後6
しおりを挟む西方騎士団本部に程近い町の外れにある小さな一軒家で、元気な赤ん坊の産声が響く。
「元気な男の子ですよ!」
ネ―ヴィ医師が産湯で身体を洗い清潔な布に包み、真っ赤な顔で泣く男の子をクリステルの隣へ寝かせようとすると…
「先生… 私に見せないで! …お願い! フロルに… フロルのところに連れて行って!」
クリステルは金の瞳を閉じそっぽを向く。
「…分かりました」
ネ―ヴィ医師が赤ん坊を連れて部屋から出て行くと、入れ替わりにアーヴィが入って来た。
「お疲れ様、クリステルさん」
「アーヴィ… わざわざ王都から来てくれたんだ…」
「来ますよ! 当然でしょう?」
「優しいね… 迷惑ついでに王都へ連れ帰って欲しい」
「…明日の朝、ネ―ヴィ医師が良いと言ったら帰りましょう」
グッタリするクリステルの額に掛かる黒髪をアーヴィは指先で耳に掛け、そっと頬にキスをする。
「ありがとうアーヴィ…」
「ぐっすり眠って下さい」
フロルはディアマンテの計画通りに白亜の別邸へ向かい半年ほど長男ヒールと過ごすが、オウロ公爵が新たに東方騎士団の団長に任命された為に東方地区で8年暮らすことになる。
その間クリステルは手紙のやり取りだけで、一度も公爵夫妻の前に姿を現すことは無かった。
第二騎士団団長の執務室へ向かう途中、フロルは懐かしい顔を見付ける。
ラベンダー色の瞳に蜜色の髪を短く刈り込んだ姿には、この9年で経験を通して培った強い意志が漲っていた。
「お久しぶり、アーヴィ! アナタね? 私の母と祖父母の墓に花を供えてくれたのは」
ディアマンテの提案で数年前に母の墓をベント子爵家代々の墓地から、祖父母の隣へ移したのだ。
「ええ、ウチの祖父が生きてる間に大伯父上に会いたいと言うので一緒に… それ以来なんとなく…」
「ありがとう、祖父の性格ならきっとあなたと気が合ったでしょうね」
「ウチの祖父にも言われました」
ニコニコと笑うフロルの背後をハッっと息を呑み見つめるアーヴィ。
「騎士団本部の冒険は終わった? ヒール、第二騎士団で一番強い騎士様を紹介しますよ」
「お母様! その騎士様はお父様より強いの?」
金の瞳に漆黒の髪をした美しい少年がヒョッコリ現れる。
「さぁ? 手合わせしてみないと分からない」
フロルはニコニコ微笑み答えるが…
「君のお父様にはたぶん負けるよ、前にやった時はボロ負けしたから」
アーヴィは困った顔をする。
「今から試してくれば? 旦那様は練兵場に居るから顔を見せてやって」
「それは腕が鳴るなぁ!」
「アーヴィ… 感謝しています、アナタがしてくれたことは全部分かっていますよ」
「え?!」
「ヒールの顔を見ていたらスグに気付きましたよ」
「ああ… 王都にお2人が帰って来られると聞き誤魔化し切れるかどうか悩んでいたのですが」
手合わせで初めて勝った時、クリステルはその場でうずくまり、顔が青ざめているコトに気付いたアーヴィは怪我をさせたのかと慌てていたら…
「クリステルさん? どっか怪我したん‥ッスか?!」
「大丈夫… 少し疲れたダケだよ…っ」
いつもダラダラしているラーゴ王子が血相を変えて飛んで来て、クリステルを抱き上げる。
「このじゃじゃ馬め!! 手合わせだと? …正気か?! …愚か者が!!!」
慌てて走る王子を見るのも、激怒する王子を見るのもアーヴィや他の騎士たち、王子の補佐官でさえ初めて見た。
王子は抱き上げたクリステルごと慌てて馬車に乗るが… アーヴィも強引に付いて行った。
「ド… ドコへ行くん‥ッスか?!! 」
「王立医療院へ行く!!」
「オレも行きます!! オレのせいだし!!」
「クソッ… 勝手にしろ!! お前も後悔しても知らないからな!!」
クリステルを診察したフェーブリ医師が診察室の前でウロウロと待つラーゴ王子とアーヴィを呼び、開口一番に…
「どっちが父親?」
「私だ! …このコトは内密に、でないと王家がアッと言う間に母子ともに連れ去り私と結婚するまで開放しないだろうから」
イライラと即答するラーゴ王子
「何なんですか?! 結婚すれば良いじゃない‥ッスか!!」
カッと怒るアーヴィの襟を掴み上げ、威嚇するラーゴ王子。
「アイツはフロルに子供を抱かせたいのさ!」
「…!!?」
アーヴィは俯きギザギザになった人差し指の爪をコリコリと親指の爪て削りながら、昔の思い出をポツポツと話した。
「…それで私も2人に協力するコトにしたのです」
「まあ… そんなコトがあったのですか…」
「後にも先にも、あんなに慌てた王子を見たのはあの時だけですよ」
顔を上げニヤリと笑うアーヴィ。
「副団長とラーゴ王子なら2人とも執務室に居ましたよ」
「ありがとう」
蜜色の髪を揺らしながら歩き去る華奢な背中と、振り返り元気に手を振る少年に手を上げて見送るアーヴィ。
手合いで勝った後、クリステルに"運命の番" になって欲しいと言えなかったコトはアーヴィだけの秘密だ。
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