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75話 オエスチ侯爵夫妻

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 オエスチ侯爵邸の玄関ホールに入ると… 扇子せんすで顔を半分隠しながら、口をぽか~んと開けて、きらびやかなオエスチ侯爵邸をすみから隅まで、見える範囲すべてをながめて、アディは感嘆かんたんの声をあげる。

<うわああああぁぁぁ―――っ… 何て豪華な…!!>

 ジェレンチ公爵邸もアディから見れば、じゅうぶん豪華でキラキラしているが… キラキラの度合いが半端ではない。
 むしろオエスチ侯爵邸は、“ギラギラ”していた。


「あっ…!」
 階段脇にあり得ないものが座っているのを見つけ… アディは一瞬、我が目を疑った。

「ねぇ、デスチーノ… あそこに見えるのは、王立芸術院で展示しているスフィンクスではない? 金色だけど…」
 母が生前、アディの誕生日の記念にと、一緒に見に行った時に、スフィンクスが面白くてずっと観察したことがあるのだ。
(王立芸術院では、世界中の美術品や遺物の複製品を展示している)

「ふふふっ… 先代のオエスチ侯爵に収集癖があって、その時に集めたものらしいが、今の侯爵夫人があれを気に入って置いてあるのだそうだ」

「ふえええぇぇ―――っ…面白いなぁ~っ!」

「何だ、アディはああいうのに興味があるのか?」

「うん… 外国の珍しい遺物は好きだよ? 本当はね、古い石造りのお城も好き!」

「城ならうちの領地にも、隣国との国境沿いに、一つあるぞ?」

「ええ、本当に?」

「冬は寒すぎて、とても住めないが… 夏は涼しくて私の母はよく避暑ひしょに使っていたから、今年はトルセールと子供たちを一緒に連れてアディも行くと良いよ」

「…でも、それだと、デスチーノが1人で王都に残ることになるでしょう?」
 エスコートで差し出されていたデスチーノの腕に、アディはキュッと力を込める。


「うん、そのことだがな、実は… ああ、オエスチ侯爵夫妻だ! その話は、また後で話そうアディ」

「はい?」




 恐妻と噂のオエスチ侯爵夫人は、確かに侯爵相手には恐妻かも知れないが… アディやデスチーノに対しては、気さくで心優しい普通の男性オメガだった。

「まったく、うちの旦那様ときたら! 私のことを部下たちに怖い妻に頭が上がらないとか何とか、愚痴ばっかりこぼすから、第二騎士団の本部で騎士たちに私が話し掛けると、ビクビクされるし…!」

「うわぁぁ~ ヴィトーリア様、それはひどい誤解ですね!」
 チロリとアディがオエスチ侯爵を見ると、さっ… とソッポを向いて、スフィンクスを熱心に見つめだす。

 ブフッ… と隣りにいたデスチーノが吹き出し、オエスチ侯爵ににらまれる。


「そうなんだよ! アディはわかってくれるよねぇ?! もう侯爵様の口が軽いことと言ったらさぁ! ガチョウの羽よりも軽いのだから!!」

 結婚式の時… アディがあまりにも朝から多忙で、ほとんど話せなかったが、今夜はオエスチ侯爵夫人がアディと一緒に招待客の間を回り、紹介役をつとめてくれた。


「実家の名前を聞かれても、堂々と答えるんだよ? 恥ずかしがっていると、ナメられるからね! 夫が公爵位持ちなのを、最大限に利用しないと… 良いね、アディ?」

 社交界のオシャベリ貴婦人たちに話しかける前に、オエスチ侯爵夫人は、そっとアディに耳打ちする。


「あ… はい!」

 こっくりと素直にアディはうなずく。

「それと旦那様とイチャイチャして、アディが愛されていることを、みんなに見せつけてやるんだ! 明日の昼には面白いぐらい醜聞しゅうぶんなんて吹っ飛ぶはずだから!」
 
「上手く行きますかね?」
 不安そうにアディが、スラリと背の高い、オエスチ侯爵夫人を見あげると…

「アディを敵に回したら、怖い怖いジェレンチ公爵様にお仕置きされるぞ~っ!! て、みんなに教えてやらないと!」
 ニヤリと笑いオエスチ侯爵夫人は、パチンッ… とアディにウインクをした。


「ふふふっ… 確かにうちの旦那様は怒らせると怖い人です」

<結婚式の後で父と兄に説教した時や、僕が嘘をついて騙した時も、デスチーノはとても怖かったしね!>


 侯爵夫人に釣られて、アディも思わず笑ってしまった。 






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