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42話 お茶の誘い

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 バラ園まで来ると、アディは見事に咲いた大輪のバラを指差した。


「ほら、見てごらん! このピンクのバラは、カンタールのお顔と同じぐらい大きなお花だねぇ!!」
 カンタールはアディの手を放して、ピンクのバラの前にしゃがみ込んだ。

「お花に触ってはいけないよ? 痛い、痛いになる、とげがいっぱいあるからね、分かった?」
 アディもカンタールの隣りにしゃがみ込む。

「痛い、痛い?」
 小さな顔でカンタールはアディを見上げた。

「そう! 痛い、痛いだよ? 痛いの嫌だよねぇ?」
 子どもにも分かるように、アディは大袈裟おおげさに顔をしかめて見せた。

「うん」

「見るだけだよ? 触っちゃダメ!」

「うん」
 こくりとカンタールがうなずいた。

「ふふふっ… 君は若いのにとても子供の扱いが上手いね」

「!?」
 真後ろで声がして、アディはしゃがみ込んだまま、振り返り見上げると…

 短く黒髪を切り揃え、澄んだ青い瞳の青年が立っていた。

 服装は地味だが、間違いなく貴族だ。

<あ… この人、オメガだ! それにこの声… 覚えが…>

 慌てて立ち上がると、オメガの青年の手には、大きな剪定鋏せんていばさみが握られていて…
 不意に、アディは気付く。

 昨日、出会った庭師だと… そしてこの人は…

「…フーア様?」

 ドクッ… ドクッ… とアディの胸の中で、心臓があばら骨を砕きそうなほど激しく暴れる。

 ジェレンチ公爵邸の敷地を自由に歩き回る貴族は、デスチーノとトルセール、アディと3人の子供たち…
 そして、ジェレンチ公爵夫人フーア。


「君はデスチーノの婚約者、エントラーダ伯爵家のご令息だね?」
 フーアは瞳を細めて、なごやかに微笑んだ。

「はい… そうです」
<婚約者?! 僕のことは知っている>

 情けなくアディの返事は、震えてしまう。


「ちょうど良いから、今からお茶に付き合ってくれない?」
 フーアの後ろから従者のギーアが現れる。

「申し訳ありません、今はカンタールが一緒なので…」
 ピンクのバラの下にしゃがむカンタールを見ながら、すぐにアディは、お茶の誘いを断わろうとした。

 だが…

「ギーア、子供を連れて来てくれる?」

「はい、フーア様」
 フーアの従者ギーアは、ニコニコと笑いかけながら、カンタールに手を差し出す。

 おずおずとカンタールは差し出されたギーアの手を掴み…
 ギーアは慣れた様子で、カンタールを抱き上げる。

 あまり人見知りをしないカンタールは、抱き上げられて素直に喜び、ギーアの肩に掴まりケラケラと笑い声を立てた。


「ああ見えて、ギーアも子供の扱いは上手なんだよ、大丈夫だから… さぁ!」
 ジッ… とフーアに、アディは心を見かされそうな、青い瞳で見つめられ…
 うっかり出そうになったため息を、ぐっ… とアディはこらえる。

「はい」

 本当に断りたかったが、従者にカンタールを取られた形になり、アディは仕方なくうなずいた。





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