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35話 執務室で沈む デスチーノside

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 事務弁護士との話し合いで、一番の問題になりそうだったのは… フーアの心の病の重さだった。

 別居したばかりの頃は、フーアはとても不安定で、正常な判断が下せる状態では無く離婚は難しかったが…
 現在はデスチーノと会わなければ、フーアの精神は安定し、正常な判断が下せ、意思表示もできると、信頼できる医師の診断結果が出ているため、離婚も可能になった。

 弁護士の話では何年も別居し対面もしていないという状況から、夫婦関係は破綻している証拠として、裁判所も離婚を許可するだろうとのことだ。


「ではそのように、進めてくれ! なるべく早く頼む」

「お任せ下さい、公爵様」
 弁護士を送り出して、応接用のソファセットにドサリッ… と腰を下ろし、ため息をつくと、デスチーノは苦笑いを浮かべた。

<一生このままでも良いと、覚悟していたが… いざ、離婚となると早く終わらせてしまいたいと、思ってしまっている>

「私も薄情な夫だな…」
 デスチーノの顔を見ると、怯えて泣き叫ぶフーアに対して、少しずつ苛立ちがつのり、なんて薄情な妻だと思う時もあった。

 貴族の結婚にはよくある話だが、顔を見る前に婚約が決まり、結婚式の直前でようやく会った時…
 デスチーノはすぐに自分の婚約者が気に入り、自然と愛すようになった。…
 
 だが、内気なフーアは騎士という職業柄少し粗野な気質のあるデスチーノに対して、心を開くまでかなりの時間が必要だった。

 結婚当初から、2人の気持ちには温度差があったのだ。



 コンッ… コンッ… コンッ…


 執務室の扉が叩かれ、デスチーノが返事をする前に、無作法にも…ひょいっ… と来訪者が、返事を聞く前に扉を開けた。

 顔を上げると、デスチーノと来訪者の目が合い… 
 眉間にしわを寄せていたデスチーノから、笑みがこぼれた。


「あ… あの…デスチーノ、お義姉様が一緒に昼食をってはどうかと…」
 おずおずとアディは、ジェレンチ公爵邸のシェフが用意した昼食を入れた、大きな籠を見せた。

「アディ、公爵邸を出てはいけないと、あれほど言ったのに、もう忘れたのか?」
 満面の笑みを浮かべたいところだったが、デスチーノは言い付けを守らなかったアディに、渋い顔をして見せた。

「僕もそう言ったけど… 公爵邸よりも、あなたの近くが一番安心だとお義姉様に言われて、それもそうだなぁ~と… 思ったりしたから… ごめんなさい、すぐに帰ります!」

 しょんぼりと謝り、くるりっ… と向きを変えて籠を持ったまま帰ろうとするアディを、デスチーノは慌てて捕まえて籠ごと抱き締めた。

 よく見るとアディのうなじには優雅なネックガードが付いていて、デスチーノがネックガードに触れると…


「ああ、これはトルセールお義姉様が、結婚前に付けていたのを、借りたのです」

「そうか! その手があったな… 気が付かなかった!」
 それどころか新しいものを用意しようと考え付かなかった、自分の融通の利かなさにデスチーノは情けなくて、今度こそ本気でブスッ… と渋い顔をした。

「あ… あの… デスチーノ?」
 
「確かに私の側なら安心だな、腹が減った!」

「は、はい、用意します!!」
 しょんぼりしていたアディの顔が、まぶしいほどキラキラと輝き出し…
 そんなアディの嬉しそうな顔を見ていたら、何時までもブスッ… とはしていられなくて、デスチーノも満面の笑みを浮かべた。






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