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19話 義姉トルセール

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 袖と衿に花のレースをあしらったシャツの上に金糸の刺繍ししゅうで縁取りされたクリーム色のベスト、渋く明るい、花緑青はなろくしょう色の上着と揃いの下衣。

 金糸のような肩までの髪に、琥珀こはく色の瞳、色白の肌に繊細で小さな造りの顔のアディが魅力的に見える、最適の服装だった。

 仕上げに耳飾りを付けて、次兄の結婚式に参列するのに相応しい姿へと整え終えた。

 階段の踊り場に設置された全身を映せる大きな鏡の前で、くるりと回ってアディは自分の姿をジッ… と見つめた。

<デスチーノは僕を美しいと思ってくれるだろうか? それとも兄たちのように艶気が無くて、子供っぽいと思われてしまうかなぁ?>


「自分ではとても良く見えるけれど…」
 鏡に映った悲しそうな自分と目が合った。

 どちらにしても、アディのパートナーはコンプラ―ル男爵で…
 本来ならば、アディはコンプラ―ル男爵に、魅力的だと思われるようにしなければならなかった。

 コンプラ―ル男爵のエスコートを受けると決まった時から、ふとした拍子に涙がこぼれそうになり…
 とても気分が感傷的になっていると、アディ自身にも自覚があり、ハンカチを一枚多く、上着の内ポケットに忍ばせてある。



「まぁ!! 今日は一段と綺麗ね、アデレッソス!」
 明るい女性の声が階上から聞こえ、階段を見あげると、結婚式用の淡いラベンダー色のドレスを着た義姉のトルセールが、笑いながら下りて来た。

「そういうお義姉様の方が、いつもにも増して華やかで綺麗だと思うけれど?」
 兄のデスチーノと同じスミレ色の瞳を輝かせて、くるくると品よく巻いたダークブラウンの髪が、歩く度に背中でリズミカルに跳ね、トルセールは何もかもが華やかで、子供が3人もいるとは思えないほど、若々しくて魅力的なオメガの女性だった。

「うふふふっ… そうやって顔を合わせると、必ずあなたは私を褒めてくれるから大好きよ!」
 トルセールの夫、アディの長兄は誰かを褒めるのが、あまり上手いとは言えない人物なのだ。

「あはははっ!」
 思わずアディは、大きな口を開けて笑ってしまった。


 トルセールが手を出したので、アディはエスコートをするために腕を差し出した。

 ジェレンチ公爵家は代々騎士の家系で、大柄な体格の者が多く、トルセールもスラリと背の高い女性で、並んで歩くと男性のアディとあまり身長は変わらなかった。


「ねぇアデレッソス… あなたは本当に、あの男爵と結婚するの?」
 声を潜めて義姉にたずねられ、アディは軽くうなずいた。

「うん、僕の嫁ぎ先はコンプラ―ル男爵家しかないから… 仕方ないよ」

「でも、あの老人を好きになれる?」

「…結婚に僕の好みは関係無いからね」

「あなたはずっと、デスが好きだったでしょ?」

"デス"とはトルセールが兄デスチーノを呼ぶときの愛称だ。

 ジッと至近距離からスミレ色の瞳で見つめられ、ドキリッ… とアディの心臓が跳ねた。


「そ… そんなことは無いよ!?」

「ふふふっ… 隠さなくても良いわよ、あなたの態度を見ていて鈍いブラッソでさえ気づいたのだから」
 酷い言われようだが、確かに長兄ブラッソはこの手の話に鈍感だった。

「それでも僕は男爵に嫁ぐしか無いから」

「私はね、あなたみたいな子が、デスを心変わりさせてくれるのではないかと、思っていたのよ」

「・・・・・・」

「フーアへの献身は素晴らしいと思うけれど、兄にだって幸せになる権利があるはずだわ」

「そうだね…」
 実情をデスチーノ本人から聞き、アディもトルセールの言う通りだと思った。

 だからと言って、醜聞まみれのアディがデスチーノを幸せに出来るとは思えない。

「デスチーノには幸せになって欲しいよ… 彼は本当に素晴らしい人だから… あんなに優しい人は他にはいないよ」
 ぽそぽそとデスチーノへの思いを語るアディに、トルセールはふと沈黙し…

「・・・・・・」
 悲しそうな小さな顔をジッ… と観察するように見つめていた。


 自分が見つめられていることに気づかず、アディはキスでれた紅く小さな唇に指で触れた。








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