20 / 87
19話 義姉トルセール
しおりを挟む袖と衿に花のレースをあしらったシャツの上に金糸の刺繍で縁取りされたクリーム色のベスト、渋く明るい、花緑青色の上着と揃いの下衣。
金糸のような肩までの髪に、琥珀色の瞳、色白の肌に繊細で小さな造りの顔のアディが魅力的に見える、最適の服装だった。
仕上げに耳飾りを付けて、次兄の結婚式に参列するのに相応しい姿へと整え終えた。
階段の踊り場に設置された全身を映せる大きな鏡の前で、くるりと回ってアディは自分の姿をジッ… と見つめた。
<デスチーノは僕を美しいと思ってくれるだろうか? それとも兄たちのように艶気が無くて、子供っぽいと思われてしまうかなぁ?>
「自分ではとても良く見えるけれど…」
鏡に映った悲しそうな自分と目が合った。
どちらにしても、アディのパートナーはコンプラ―ル男爵で…
本来ならば、アディはコンプラ―ル男爵に、魅力的だと思われるようにしなければならなかった。
コンプラ―ル男爵のエスコートを受けると決まった時から、ふとした拍子に涙がこぼれそうになり…
とても気分が感傷的になっていると、アディ自身にも自覚があり、ハンカチを一枚多く、上着の内ポケットに忍ばせてある。
「まぁ!! 今日は一段と綺麗ね、アデレッソス!」
明るい女性の声が階上から聞こえ、階段を見あげると、結婚式用の淡いラベンダー色のドレスを着た義姉のトルセールが、笑いながら下りて来た。
「そういうお義姉様の方が、いつもにも増して華やかで綺麗だと思うけれど?」
兄のデスチーノと同じスミレ色の瞳を輝かせて、くるくると品よく巻いたダークブラウンの髪が、歩く度に背中でリズミカルに跳ね、トルセールは何もかもが華やかで、子供が3人もいるとは思えないほど、若々しくて魅力的なオメガの女性だった。
「うふふふっ… そうやって顔を合わせると、必ずあなたは私を褒めてくれるから大好きよ!」
トルセールの夫、アディの長兄は誰かを褒めるのが、あまり上手いとは言えない人物なのだ。
「あはははっ!」
思わずアディは、大きな口を開けて笑ってしまった。
トルセールが手を出したので、アディはエスコートをするために腕を差し出した。
ジェレンチ公爵家は代々騎士の家系で、大柄な体格の者が多く、トルセールもスラリと背の高い女性で、並んで歩くと男性のアディとあまり身長は変わらなかった。
「ねぇアデレッソス… あなたは本当に、あの男爵と結婚するの?」
声を潜めて義姉にたずねられ、アディは軽くうなずいた。
「うん、僕の嫁ぎ先はコンプラ―ル男爵家しかないから… 仕方ないよ」
「でも、あの老人を好きになれる?」
「…結婚に僕の好みは関係無いからね」
「あなたはずっと、デスが好きだったでしょ?」
"デス"とはトルセールが兄デスチーノを呼ぶときの愛称だ。
ジッと至近距離からスミレ色の瞳で見つめられ、ドキリッ… とアディの心臓が跳ねた。
「そ… そんなことは無いよ!?」
「ふふふっ… 隠さなくても良いわよ、あなたの態度を見ていて鈍いブラッソでさえ気づいたのだから」
酷い言われようだが、確かに長兄ブラッソはこの手の話に鈍感だった。
「それでも僕は男爵に嫁ぐしか無いから」
「私はね、あなたみたいな子が、デスを心変わりさせてくれるのではないかと、思っていたのよ」
「・・・・・・」
「フーアへの献身は素晴らしいと思うけれど、兄にだって幸せになる権利があるはずだわ」
「そうだね…」
実情をデスチーノ本人から聞き、アディもトルセールの言う通りだと思った。
だからと言って、醜聞まみれのアディがデスチーノを幸せに出来るとは思えない。
「デスチーノには幸せになって欲しいよ… 彼は本当に素晴らしい人だから… あんなに優しい人は他にはいないよ」
ぽそぽそとデスチーノへの思いを語るアディに、トルセールはふと沈黙し…
「・・・・・・」
悲しそうな小さな顔をジッ… と観察するように見つめていた。
自分が見つめられていることに気づかず、アディはキスで腫れた紅く小さな唇に指で触れた。
0
お気に入りに追加
378
あなたにおすすめの小説
アルファとアルファの結婚準備
金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。 😏ユルユル設定のオメガバースです。
山神様と身代わりの花嫁
村井 彰
BL
「お前の子が十八になった時、伴侶として迎え入れる」
かつて山に現れた異形の神は、麓の村の長に向かってそう告げた。しかし、大切な一人娘を差し出す事など出来るはずもなく、考えた末に村長はひとつの結論を出した。
捨て子を育てて、娘の代わりに生贄にすれば良い。
そうして育てられた汐季という青年は、約束通り十八の歳に山神へと捧げられる事となった。だが、汐季の前に現れた山神は、なぜか少年のような姿をしていて……
エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
冬之ゆたんぽ
BL
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)
攻められない攻めと、受けたい受けの話
雨宮里玖
BL
恋人になったばかりの高月とのデート中に、高月の高校時代の友人である唯香に遭遇する。唯香は遠慮なく二人のデートを邪魔して高月にやたらと甘えるので、宮咲はヤキモキして——。
高月(19)大学一年生。宮咲の恋人。
宮咲(18)大学一年生。高月の恋人。
唯香(19)高月の友人。性格悪。
智江(18)高月、唯香の友人。
花婿探しに王都へ来たら、運命の番が2人いた?!
金剛@キット
BL
田舎の領地で醜聞騒ぎをおこし、婚約者に捨てられたオメガのヒラソルは、悪竜を退治した勇者と王太子が率いる騎士団が王都へ凱旋すると聞き… 騎士の1人を捕まえて花婿にしようと王都までやって来る。
そこで出会った騎士とヒラソルは番になるが… 相手が勇者だと後から知り、身分違いだと身を引こうとする……
※エロ濃厚!
※3Pあります。嫌いな方は要注意!
※お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。ご容赦を😓
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ワールド エンド ヒューマン
村井 彰
BL
目を覚ましたのは、異形の頭を持つ化け物達の街だった。
女の家を転々としてヒモ暮らしを続けていた杉崎千尋は、ヤクザの情婦に手を出してしまい、夜の街を追われていた。だが、必死で逃げ惑ううちに駆け込んだ路地裏は、奈落の底への入り口だった。
そうして辿り着いたゴミ捨て場の街で、千尋は花の怪人に拾われる。その男の頭部があるべき場所には、真っ白な百合の花が咲いていたのだ。人間を憎んでいるというその怪人は、“復讐”と称して千尋を組み敷こうとするが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる