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41話 承諾
しおりを挟む「あ… あの、パダム様、皆様が見ておられます…」
真赤な顔で、ようやく騎士たちの視線に気づいたアイルは、自分の腰に巻き付いた、強固な腕を引き離そうとするが…
「私が眠りに落ちる前… 君が側に居て… 君は… 君は本当に会いに来たのでは無く、私の願望が見せた幸せな妄想なのだと… 少し前までそう思い込んでいた」
アイルの耳元でパダムは、口ごもりながら、静かに話し掛ける。
「パダム様は本当にお疲れだったから… ハンガット様に聞きましたよ、休憩の時は休まなければ、皆様も安心して休憩を取れませんよ?」
アイルは手を伸ばし、パダムの頬を撫でる。
「フフフッ… 分かってはいるが、休んでいる間に隣にいた奴が、死んでいたら嫌だからな…コレばかりは君の言うコトは聞けないなぁ」
のんびりと、抵抗するパダムにアイルは苦笑を浮かべる。
「困った方ですねぇ… ハンガット様、大目に見てあげて下さい、パダム様は嫌だと言ったら絶対曲げないのです」
ハンガットや周りにいた騎士たちも、アイルと同じような表情だ。
「ソレよりアイル、まだ私の妻になる気は無いのか?」
「・・・・・・」
パダムのその言葉で、甘い気分はサッと消え、アイルの瞳が暗く陰る。
<私はパダム様を愛している… だからパダム様にとって最善の道を選びたい、だけど今はどう選択すれば良いのか分からない… 私の身分では、妾にはなれても、妻にはなれない… パダム様の足を引っ張ってしまう!>
本当にソレで良いのか? と、アイルはまた迷う。
「まだ、ダメか?」
大きなため息をつくパダムに、アイルは申し訳なく思う。
「…アイル様、後悔してからでは遅いですよ?」
黙っていられず、口を挟むハンガット。
「ハンガット様?」
ハンガットが、側に寄り、アイルとパダムにダケ、聞こえるように声を押さえて話す。
「ご両親が亡くなったとき、ちょうど私の地方騎士団への入団が決まり、王都を離れるとミニャックに伝えたら、彼女に結婚を早めて、共に連れて行けと泣かれたのです」
目を伏せてハンガットは、寂しそうな顔をする。
「ああ… 覚えています、妹は酷く落ち込んで…」
アイルとは地方騎士団に配属になったハンガットがオバット伯爵家に挨拶に来た時に会ったきりだった。
つまりハンガットは、その時がミニャックと会った最後になったのだ。
幼馴染だった若い2人は、誰が見ても愛し合っていて、だからアイルの両親は婚約を許可したのだ。
「彼女はまだ在学中で、あと3年残っていたから、あの時は卒業まで待てと説得しました… でも、彼女はご両親の死で傷ついていた、そんな子に私は… 3年我慢しろと、置き去りにしたのです! ミニャックは、見捨てられたと思ったのでしょう… 私は彼女を連れて行くべきでした!」
声を震わせながら、ハンガットは誰にとっても切実な問題なのだと、アイルに語る。
「お前の言う通りだ、ハンガット… 私の父も大臣たちに説得され、私ごと母を手放し、どれほど後悔したか、だから私は父のように、後悔したくないのだ!」
パダムはアイルの腰を片手だけ放し、ハンガットの肩を力強く掴む。
ハンガットは顔を上げ、パダムを見つめてから、アイルへと視線を移した。
「アイル様… "次も会える" という保証は、誰にも無いのです、ですから本当に悩んでいるのなら、今… この瞬間が最後だとしたら? パナス・ダラム様に2度と会えないとしたら… アナタはどうしますか?」
今から魔獣と戦おうという騎士たちの中にいるのだ、この場にいる誰もが感じている危機感だ。
いくら強くても、パダムも不死身では無いのだから、例外ではない。
アイルの心臓が一気に冷え、呼吸が止まる。
自分の心音がうるさくて、他は何も聞こえなくなった。
<パダム様を失うのが怖くて、私はココまで来たのに… 何を迷うことがあるの?>
答えはとっくに出ている。
「私は… 私はパダム様の幸せを望みます!」
パダムはアイルの腰を掴み、クルリと回し、向き合わせると…
「なら妻になれアイル! ソレが私の幸せであり! 望みだ!」
「・・・・・・」
深紅の瞳が、水色の瞳を瞬きも無しで、見つめる。
「アイル」
「・・・・・・」
名を呼ばれ、水色の瞳を大きく見開き、深紅の瞳を見つめる。
「アイル!!」
「・・・っ!!」
止めていた息を、アイルは深く吸い込み、一気に吐き出す。
「…パダム様の妻になります」
身体の力が抜け、アイルがズルズルと崩れ落ちそうになるのを、パダムはガッシリと抱きしめ支える。
「聞いたか? ハンガット!」
アイルの頭越しでニヤリと笑うパダムに、ハンガットも笑う。
「確かに聞きました!」
「お前は証人だ、アイルがまたゴネ出したら、証言してくれよ?」
「ええ、その前にオークの襲撃で生き残らないと!」
「ああ! 忘れていた、腕が鳴るな!」
満面の笑みのパダムに周りの騎士たちは、ホッと微笑む。
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