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11話 時は流れて

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 エスケルダ家の崩壊から12年後…



 社交シーズン真っ盛りの王都にあるオウロ公爵邸の音楽室で、どこかの貴族令嬢が奏でるそこそこ上手いピアノの音色を聞きながら…

 椅子に座る大奥様の膝に、ズリ落ちそうになっていた膝掛けを丁寧に掛け直し、トーリアは尋ねる。

「大奥様、お膝は痛みませんか? 石を温めなおして来ます」

 膝を悪くし、歩くのが不自由になりつつある大奥様の為に熱した石を、厚布に包み足の下に置いて足が冷えないようにしている。

 春が過ぎ、夏の少し手前の季節ではあるが、高齢になり血の巡りが悪くなったオメガの大奥様にはちょっとしたコトでも酷く苦痛なのだ。

 大奥様が毎年楽しみにしているオウロ公爵の晩餐会と舞踏会に招待され、トーリアは付き添い役で同行している。

 社交シーズンが終わるまでトーリアたちと同じように、地方から来た他の招待客と共に公爵邸に滞在する予定だ。


「大丈夫ですよトーリア、石はこのままで良いからアナタはもっと楽しみなさいな… ほら見てご覧なさい素敵なアルファだらけではない? ホホホホホホホホホッ…!」

 縁結びをするのが何よりも大好きな、大奥様は扇子で口元を隠し、コロコロと楽しそうに笑う。

「私よりもお孫さんたちに良い殿方を見付けて差し上げないと…」
 大奥様の付き添いとして雇われている身のトーリアは、自分の立場をわきまえての言葉だ。

「ホホホホホホッ… あの子たちなら大丈夫、さっきから第二騎士団の騎士様たちに喰いついて離れないでしょう? 今年のデビュタントたちは本当に獰猛ですよ!」

「ふふふふっ… 確かに、若いのに逞しいですね」
 可笑しそうに笑い、トーリアが深い紺青色の瞳を向けた先には…

 白い清楚なドレスに身を包み可愛らしく唇をツンッと尖らせ、腕利きで有名な王立第二騎士団の騎士たちを虜にしようと、未婚のベータとオメガの令息、令嬢たちが奮闘していた。

「ホホホホホッ…ッ…! ほらほらトーリア、グズグズしていないでアナタも行ってらっしゃい! 素敵な殿方は早い者勝ちですよ、喰いついてきなさい 」

 扇子で口元を隠し、ヒソヒソとトーリアを焚き付ける。

「いいえ、大奥様… 私は結婚をする気はありませんし、他の方々のお邪魔はしたくありませんから… そもそも獰猛なデビュタントたちに勝つ自信もありませんし」

 苦笑いを浮かべるトーリア。

「おやおや、どうして結婚しないの? アナタは綺麗で頭も良くて、学園では一番の成績で卒業したのでしょう? 公爵夫人になってもおかしくないのに?」

 困った顔をするトーリアをジッとみつめる大奥様。

「いえソレは…」

 トーリアはソワソワと落ち着かない様子で、乱れた服装を整えようとでもするように、着古したグレーの上着の裾と袖を引っ張り、付いてもいない埃を上着と揃いのパンツから、パンッ、パンツと払い、解れて落ちないよう顔の両側面で丁寧にキッチリ編み込んだダークブラウンの髪を撫でつけ、後頭部で纏めたシニヨンの形が崩れていないかとそっと触れて確かめる。
 

「トーリア?」
 もう一度大奥様、は名前を呼ぶ。

「はい奥様…」
 居心地が悪そうにトーリアは微笑む。


 


 トーリアには借金の返済があるのだ。

 元は父カルネイロの借金だが、トーリアを学園で教育を受けさせるために作ったモノだった。





 ヴィトーリアが養子に入ったフェリア―ド家は裕福ではあったが、けして親切な家族では無かった。






 
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