上 下
29 / 44

28話 伯爵と男娼4

しおりを挟む
 セルビシオ伯爵は、ガタガタと震える男娼に見せつけるように、腰に下げた大剣をゆっくりとさやから抜いた。

 殴られてふらふらする身体で、アユダルはフルタの手を借りて立ち上がると… 剣を抜いたセルビシオ伯爵の姿が視界に入る。
 その先には、アユダルを助けようとした風魔法を放った男娼が… へびにらまれたかえるのように、恐怖で身体が凍りつき動けなくなっていた。


「逃げろ――――――っ!! 早くここから逃げろ! 逃げるんだ!!」
 娼館中に響き渡りそうな大声で、アユダルは夢中でさけんだ。

 アユダルのさけび声をきっかけに、風魔法を放った男娼はビクッ! と飛び跳ね、ウサギのようにけ出し… 酒場にいた客や男娼たちも、危険なトラブルに巻きこまれるのを恐れて、わらわらと逃げ出した。


「お前っ…!! よくも私の邪魔をしたな…!!」
 セルビシオ伯爵は、急に大声でさけび出したアユダルに気を取られ、自分が罰をあたえようとしていた、風魔法の男娼を逃がしてしまった。

 腹を立てた伯爵は、再びアユダルに向かって怒りをあらわにする。


「・・・・っ!!」

「逃げないと! アユダル… 逃げよ!」

 恐怖でガタガタと震えながら、アユダルはフルタに引っ張られて、ふらつく身体で逃げ出すが…

「ひっ… !!」
 ガタタッ…! と、もつれた足が椅子に引っ掛かり、椅子ごと引っくり返ってしまう。

「急いでっ…! アユダル… ううっ… 急いでっ…! 急いでっ…!」
 涙声で名前を呼び、フルタが助けようと夢中で引っ張るが、アユダルは殴られた時の衝撃と恐怖で、身体に力が入らず… 立ち上がってもまっすぐ歩けなくて、テーブルや椅子にぶつかり足を取られ、モタモタとしてしまう。

「ひっ… ううっ…! くううっ…!」
 こ… こんな奴に殺されてたまるか!! クソッ…! クソッ…! 逃げてやる! 逃げてやる!

 フルタに支えられアユダルはようやく、娼館の入り口付近まで来たところで…

 ゴツッ… ゴツッ… ゴツッ… ゴツッ… と重々しいブーツの不穏ふおんな足音が、アユダルたちに向かって近づいてくる。 


けだもの―――っ!! 人殺し―――っ!! お前なんて!! お前なんてぇ―――っ!!」 
 フルタは狂ったように泣きさけび、近くのテーブルにあった、客たちが食べ残していった料理や酒が入ったゴブレットを取り、伯爵に次々と投げつけた。

 ベチャッ…! とフルタが投げた牛肉のシチューが騎士服を汚し…
 続けてゴブレットが、カンッ…! と金属音を響かせて、セルビシオ伯爵が鞘から抜いた大剣に当たる。
 
 それがセルビシオ伯爵の、怒りの炎に油を注いだ。



「この…っ! 生意気な男娼が! 伯爵の私を傷つけた罪で、お前たちを今すぐ罰してやる―――っ!」
 怒りで目を血走らせて、伯爵はつばを飛ばしながら怒鳴った。

 プライドを傷つけられたセルビシオ伯爵は、アユダルとフルタに復讐しようと、本気で殺すつもりなのだ。



 剣を振り上げたセルビシオ伯爵は、アユダルとフルタに向かって振り下ろす。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする

BL
 赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。  だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。  そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして…… ※オメガバースがある世界  ムーンライトノベルズにも投稿中

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

処理中です...