上 下
160 / 332
訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第ニ章

8.ミッション開始

しおりを挟む
 侍従たちが手配した最初のデートは、小さな美術館だった。

 首都の中でも王宮を中心とする景観保護区の一歩外側。エリオットが生まれる前、世界的な経済危機のあおりを受けて倒産した紡績工場のあたり一帯は、ここ数年で再開発が進んでいる。

 訪れた美術館も、施設の老朽化を理由に解体が決まっていた。しばらく企画展などは行われず、所蔵品だけをひっそり展示するそこは、夏休み中にも関わらず老夫婦や幼い子供の手を引く家族が数組、昼間の暑さをしのぐ場所を求めて来館するだけだった。

 この日はバッシュが南国の太陽を連れて帰って来たのかと思うほど日差しが強かったが、平べったい石造りの建物は黒っぽくて、覆いかぶさるようにうなだれるブナの木の影で、どこか陰気な雰囲気が漂っている。母のフェリシアが後援をしているガラル美術館──ロビーが吹き抜けのガラス張りで、外装は白いタイル──とは大違いだ。

 来館者は、入り口で待っていたキャロルとスーツ姿の女性警護官が何者かを知らなくても、車から降りたエリオットと周囲を睥睨する警護チームを見て、一様に目と口を丸くした後、連れの肩や腕を叩いて囁き合った。若い夫婦に、遠くからスマートフォンを向けられるのを視界の端に確認してから、エリオットはキャロルに挨拶した。

「お待たせ」
「ちっとも、と言ったほうがいい?」
「デートっぽいね」

 エリオットはキャロルを上から下まで見て、彼女の身長がそう高くないことに気付いた。

 ステージの上では真っ赤なドレスで存在感を放っていたし、カルバートンに乗り込んできたときはヒールの高い靴を履いていた。きょう改めて目の前に立ったキャロルの目線は、底の薄いサンダルのせいか、エリオットより十センチ以上低い。

「その服、似合ってるよ。ミリーが着てそう」

 白地に細かな植物がプリントされた、フラワーメドウのようなワンピースを指して言うと、なぜだか盛大なため息をつかれた。

「エリオット、いまの相手を大事にした方がいいわよ。あなた、女にモテないから」
「えっ……」

 立ち尽くすエリオットに、キャロルはスカートのすそをつまんでお辞儀をした。

「仰る通りです殿下。いまや、ミシェルはわたしたちのファッションアイコンなの。彼女が着た服はどのブランドでも即日完売よ。この服は、同じものが手に入らなくて似たデザインを探したの。ご満足?」
「あ、えっ……け、経済回してるんだな?」
「あなたって本当……」

 なに?

 なにか間違えたのかと見回せば、キャロルだけでなくその警護官までが笑っていた。

 とぼけたつもりもないのに。

 ひやりと胸が冷えて、エリオットは思い出した。ここはフラットやカルバートンではないのだ。侍従たちはエリオットの失態を──内心どう思っていたとしても──笑ったりしないし、ナサニエルのからかいは嘲笑を含まない。バッシュに至っては言わずもがな。散々甘やかされて、自分がおかしな言動をしていないか、顧みなくなっていた。これはよくない。非常に。

 どんな些細なことも、笑いのたねにされる。だから子どものころから注目されるのが好きではなかったし、いまもその苦手意識につまずいてしまう。

 エリオットがよほど途方に暮れた顔をしたからか、細い腰に手を当てたキャロルは教師のように説いた。

「女を褒めるなら、そのひと自身を褒めなさいってこと。ほかの女を引き合いに出さずにね」
「あぁ……おれが悪かったです」

 女性のエスコートがなってないと言われたことより、笑われた理由が分かり、それが正当な主張であったことの安堵のほうが大きくて、エリオットは肩のこわばりを解く。

 始まりからして危ぶまれたが、中へどうぞと促すイェオリに助けられて、ようやく「デート」はスタートした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

昔のオトコには負けません!老朽喫茶店ふたり暮らしの甘々な日々~マイ・ビューティフル・カフェーテラス2~

松本尚生
BL
(あ、貴広?俺)は?ウチにはそんな歳食った子供はいない。 オレオレ詐欺のような一本の電話が、二人の甘い暮らしを変える?気が気でない良平。貴広は「何も心配しなくていい」と言うが――。 前編「ある夏、迷い込んできた子猫を守り通したら恋人どうしになりました~マイ・ビューティフル・カフェーテラス~」で恋人同士になったふたりの二年後です。 お楽しみいただければ幸いです。

配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!

ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて 素の性格がリスナー全員にバレてしまう しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて… ■ □ ■ 歌い手配信者(中身は腹黒) × 晒し系配信者(中身は不憫系男子) 保険でR15付けてます

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...