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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章
2-1 イサンドル大聖堂
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「ヘインズさま」
ベイカーに呼ばれて、エリオットは振り返った。
やべ、口開いてた。
慌ててあほ面をひっこめ、失礼にならない程度の無表情を取り繕う。
「オールグレン大主教です。大主教、こちらはヘインズ公爵です」
ベイカーと並んで、灰色のガウンを身に着けた剃髪に鷲鼻の老紳士が立っていた。
「はじめまして、オールグレン大主教。十分なご挨拶ができず申し訳ありません」
ひざまずき、額に触れて祝詞を上げてもらうのが正式な挨拶だ。貴族でも国王でもそれは同じ、地位の高い聖職者への払うべき敬意とされている。もちろんエリオットには無理な話だが、恰幅のいい大主教は糸みたいな目じりを下げて何度も頷いた。
「王太子殿下より伺っております。イサンドル大聖堂へようこそ、公爵。こちらへおいでになるのは初めてですね?」
「はい。外観はもちろんですが、このステンドグラスには驚きました」
王宮の目と鼻の先にあるイサンドル大聖堂は、ロマネスク様式で建造され火災や戦禍にさらされながらも現代までその姿を留めている世界遺産だ。その立地と歴史の長さから、ここ何世紀かは王室に関連した儀式を執り行い、歴代の王や女王が眠る場ともなっている。
サイラスとミシェルの成婚の儀も、来月ここで行われるのだ。そしてエリオットは、誓約と祝福を担当する大主教との顔合わせをするため、観光客に開放される前の時間を狙って大聖堂を訪れていた。
「ありがとうございます。このステンドグラスを目当てに、多くの方が旅をしていらっしゃいます」
朗々とした低い声が、白く太い柱が支える天井によく響く。
多くのロマネスク様式、ゴシック様式の例にもれず、この大聖堂も平面図にするなら西を頭にした十字架の形に似ていた。木の椅子が整然と並び東西に延びる身廊しんろうと、南北に腕を広げた袖廊しゅろうの交わる祭壇前に立ち、エリオットは頭の部分に当たる半円形の祭室を見上げる。
そこには巨大なステンドグラスがあった。
神の子と聖母、そして天使が色ガラスによって描かれている。絵画のようなち密さはない。しかし圧倒的な光は、見る者の想像力を呼び覚ますのに十分な力を持っていた。
珍しくからりと晴れた朝日のおかげで、大聖堂の売りであるステンドグラスからは、あまたの色彩が降り注いでいた。円形の窓枠にはめ込まれた神の子の黄金の髪、聖母の赤いドレス。そして天使の青いガウンに緑や黄色など豊かな色彩の幾何学模様。湖のほとりのベンチで覗いた、レモネードのカップのような、もしくはギャラリーで見た母の絵のような、目をそらせないまぶしさ。
余計な人影も無粋なおしゃべりもない。贅沢な静謐を独り占めし、片手を伸べたエリオットは、指先を染める柔らかな光彩に見入った。
「ヘインズさま」
「あ……ごめん」
しまった、ついつい。
はっとして腕を下ろすと、同年代のベイカーとオールグレンが、ほほえまし気にエリオットを見ている。
孫でも見るような目はやめてくれないかな。
「ご案内が終わりましたら、どうぞごゆっくりご覧ください」
「そうします」
丁寧に促され、エリオットは祭壇を背にして出入り口に向き直った。
ベイカーに呼ばれて、エリオットは振り返った。
やべ、口開いてた。
慌ててあほ面をひっこめ、失礼にならない程度の無表情を取り繕う。
「オールグレン大主教です。大主教、こちらはヘインズ公爵です」
ベイカーと並んで、灰色のガウンを身に着けた剃髪に鷲鼻の老紳士が立っていた。
「はじめまして、オールグレン大主教。十分なご挨拶ができず申し訳ありません」
ひざまずき、額に触れて祝詞を上げてもらうのが正式な挨拶だ。貴族でも国王でもそれは同じ、地位の高い聖職者への払うべき敬意とされている。もちろんエリオットには無理な話だが、恰幅のいい大主教は糸みたいな目じりを下げて何度も頷いた。
「王太子殿下より伺っております。イサンドル大聖堂へようこそ、公爵。こちらへおいでになるのは初めてですね?」
「はい。外観はもちろんですが、このステンドグラスには驚きました」
王宮の目と鼻の先にあるイサンドル大聖堂は、ロマネスク様式で建造され火災や戦禍にさらされながらも現代までその姿を留めている世界遺産だ。その立地と歴史の長さから、ここ何世紀かは王室に関連した儀式を執り行い、歴代の王や女王が眠る場ともなっている。
サイラスとミシェルの成婚の儀も、来月ここで行われるのだ。そしてエリオットは、誓約と祝福を担当する大主教との顔合わせをするため、観光客に開放される前の時間を狙って大聖堂を訪れていた。
「ありがとうございます。このステンドグラスを目当てに、多くの方が旅をしていらっしゃいます」
朗々とした低い声が、白く太い柱が支える天井によく響く。
多くのロマネスク様式、ゴシック様式の例にもれず、この大聖堂も平面図にするなら西を頭にした十字架の形に似ていた。木の椅子が整然と並び東西に延びる身廊しんろうと、南北に腕を広げた袖廊しゅろうの交わる祭壇前に立ち、エリオットは頭の部分に当たる半円形の祭室を見上げる。
そこには巨大なステンドグラスがあった。
神の子と聖母、そして天使が色ガラスによって描かれている。絵画のようなち密さはない。しかし圧倒的な光は、見る者の想像力を呼び覚ますのに十分な力を持っていた。
珍しくからりと晴れた朝日のおかげで、大聖堂の売りであるステンドグラスからは、あまたの色彩が降り注いでいた。円形の窓枠にはめ込まれた神の子の黄金の髪、聖母の赤いドレス。そして天使の青いガウンに緑や黄色など豊かな色彩の幾何学模様。湖のほとりのベンチで覗いた、レモネードのカップのような、もしくはギャラリーで見た母の絵のような、目をそらせないまぶしさ。
余計な人影も無粋なおしゃべりもない。贅沢な静謐を独り占めし、片手を伸べたエリオットは、指先を染める柔らかな光彩に見入った。
「ヘインズさま」
「あ……ごめん」
しまった、ついつい。
はっとして腕を下ろすと、同年代のベイカーとオールグレンが、ほほえまし気にエリオットを見ている。
孫でも見るような目はやめてくれないかな。
「ご案内が終わりましたら、どうぞごゆっくりご覧ください」
「そうします」
丁寧に促され、エリオットは祭壇を背にして出入り口に向き直った。
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