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第22話 考えてることが丸わかりで、ツボなんですね。
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気が付けば公爵家へ居候を始めて一ヶ月半が経過していた。
それだけ時間が経っているので、プルメリアを公爵家の婚約者として相応しいレベルに引き上げようと用意された鬼講師の方たちとも少しずつ打ち解けてきていた。
「プルメリア嬢」から「プルメリアさん」と呼び名が変わったくらいの変化である。
講師の二人にダメ出しばかりされていたプルメリアが、最近ではお褒めの言葉を貰うようになり、そこから「さん」付けをされるようになったのだった。
講師たちはプルメリアの頑張りをしっかり見ていたし、プルメリアのことは初めて顔を合わせた時よりも気に入っている。
プルメリアは筆頭公爵家の婚約者として美貌以外は足りないものだらけであるが、貴族階級は何であるかの根幹は理解していた。
元の身分より高い身分へ嫁入りする令嬢が一番失敗して顰蹙ひんしゅくを買うことを起こし易いのが、婚約者の時点で嫁入りする相手の身分を得たような態度を取ることである。
「私は○○家の○○様の婚約者なのよ。今までのような態度では困るわ」と口にするのは一番最低な例だが、言葉ではなくとも振る舞いから滲み出てしまったりする。
まだ嫁入り前・だというのに、嫁入り後・のように振る舞うのだ。
婚約はあくまで婚姻することへの約束や契約であり、婚姻ではない。
婚姻するまでは嫁入り前であるならば、令嬢の爵位は生家のそのままである。
無事に婚姻する前に、何らかのトラブルや予想外なことが絶・対・起きないという保証はない。
プルメリアはそこをしっかりと弁えていた。
筆頭公爵家の婚約者となっても、己は伯爵家の令嬢だという振る舞い。
自分の足りない部分を理解していて、どんなに厳しい基準も失敗を重ねながらも最終的に合格する。
失敗や不合格が続いても腐らず前向きである。
それらの姿勢が教育する側にも熱を持たせ、随分と熱心に扱いてしまったが一度として不満を表情に出すことも口に出すこともなかった。
熱心で努力家で健気で、必死に頑張る姿も美しい。
社交界にも影響力のある講師の二人に、プルメリアは大層に好かれてしまったのだった。
本人はそんな気は全くなく。
己の分は弁えているのは間違いないが、鬼講師からの日々の学びに対しては内心でブーブー文句や愚痴を吐きまくっていたりする。
不満が全く顔に出ず態度が控えめなのも、何度失敗しようと落第しようと必死に努力したのは、すべて鬼講師がコワイからこれ以上怒られたくなかっただけである。
都合の良い勘違いというものが発生していたのだが、講師二人がたまには優しくなったのでプルメリアとしては有り難い勘違いであった。
とある日――――
クリスティアンはプルメリアを自分の執務室へと来るように呼びつけた。
プルメリアがそこを訪れたのは二度目で、一度目の時は契約書にサインさせられた初日だけである。
ライアンさんに連れられて通された執務室では、クリスティアン様が机で書類仕事をしていた。
「クリスティアン様、プルメリア様をお連れしました」
ライアン様が声をかけるまでずっと動き続けていたペン先が止まり、クリスティアン様が顔をあげた。
「ライアンお茶の準備を。丁度区切りのいいところまで進めたから、少し休憩を入れたい」
ライアンさんに用意して貰ったお茶の隣に添えられたお菓子。
執務室内にある来客用のテーブルを挟んでクリスティアン様の向かい側に座っている。
目の前ではお手本のように優雅な美しい所作でティーカップに口を付けるクリスティアン様。
呼び出されてからずっと緊張が続く私は、見た目だけでもどうにか冷静に見えるように必死である。
(呼び出しまでして話したい内容って何だろう……)
鬼講師の二人に扱かれた成果を今ここで示す時!
クリスティアン様ほどではないけれど、教育を受けた令嬢らしい所作に見えるように静かにお茶に口をつけるのだった。
「夜会用の衣装の準備は順調かな? 毎日の教育も大変なのに準備もとなると目が回る忙しさじゃないかな」
「お義母様が色々と手配して下さってくれたので、私がしたことと言えば寸法を測って貰うかたくさんのドレスの着脱くらいですので……」
「母はプルメリアのことが大好きだよね。プルメリアに嫉妬させる仕事を任せたことがバレて、俺もライアンも大目玉くらったよ。実はここだけの話なんだけど……」
大目玉食らった原因を作ったので何とも申し訳ない気持ちになる。
「ここだけの話ですか?」
「そう。秘密に出来る?」
「……それは約束出来ないかもしれません。一度やらかしてしまってますし……お義母様に」
「たしかにね。でも、まあ、大きな秘密という訳ではないからいいか。この公爵家でね一番力があるのは父ではなく母だってだけ」
「え?」
お義母様ってとんでもなく美しいのに実は武闘派なの?
ご当主のお義父様も敵わないってことは、クリスティアン様も?
あの美しいドレスの下にはムッキムキの筋肉が隠されている……?
わお、公爵夫人って体まで鍛えないとダメなのかな。
もしかして、所作とかダンスとかの淑女教育って公爵家では初歩中の初歩で、本当は……
強くなるところから本番……?
畑仕事をしてたから、もしかしてそれを見込まれての婚約打診では?
プルメリアは自分の腕をチラリと見て確認する。
同年代の令嬢よりは筋肉量はあると思うけど、お義父様やクリスティアン様より強くなるとか無理じゃない? これ努力だけで達成出来る次元じゃなくない?
そこでブホォッと破裂音をさせてクリスティアン様が笑い声をあげた。
「クリスティアン様?」
あまり見ることのない大口を開けて笑う姿に呆気に取られてしまう。
さすがにここまで大笑いされていると超絶美形も台無しである。
「ははは、く、くるしい……」
ひいひい言いながら笑い続けるクリスティアン様。
訳が分からず段々とスンとなる私。
笑いの波が収まったらしいクリスティアン様は、落ち着くためかお茶を一口飲んだ。
目尻を指で拭う仕草をされていることから、涙が出るほど笑ったらしい。
「ごめん、普段こんなに笑うことないんだけど。プルメリアが面白いこと考えたのが分かって堪えられなかったよ」
「面白い考え?」
私、まさか口に!?
「いやいや、口には出してなかったよ。でも考えてることが丸わかりだった……あ、やめてまた笑いの発作が……ふふ、ふふ」
クリスティアン様って笑い上戸なの?
笑いの発作を収めようと深呼吸をするクリスティアン様も見つめ、私はまた二度目のスンになるのだった。
それだけ時間が経っているので、プルメリアを公爵家の婚約者として相応しいレベルに引き上げようと用意された鬼講師の方たちとも少しずつ打ち解けてきていた。
「プルメリア嬢」から「プルメリアさん」と呼び名が変わったくらいの変化である。
講師の二人にダメ出しばかりされていたプルメリアが、最近ではお褒めの言葉を貰うようになり、そこから「さん」付けをされるようになったのだった。
講師たちはプルメリアの頑張りをしっかり見ていたし、プルメリアのことは初めて顔を合わせた時よりも気に入っている。
プルメリアは筆頭公爵家の婚約者として美貌以外は足りないものだらけであるが、貴族階級は何であるかの根幹は理解していた。
元の身分より高い身分へ嫁入りする令嬢が一番失敗して顰蹙ひんしゅくを買うことを起こし易いのが、婚約者の時点で嫁入りする相手の身分を得たような態度を取ることである。
「私は○○家の○○様の婚約者なのよ。今までのような態度では困るわ」と口にするのは一番最低な例だが、言葉ではなくとも振る舞いから滲み出てしまったりする。
まだ嫁入り前・だというのに、嫁入り後・のように振る舞うのだ。
婚約はあくまで婚姻することへの約束や契約であり、婚姻ではない。
婚姻するまでは嫁入り前であるならば、令嬢の爵位は生家のそのままである。
無事に婚姻する前に、何らかのトラブルや予想外なことが絶・対・起きないという保証はない。
プルメリアはそこをしっかりと弁えていた。
筆頭公爵家の婚約者となっても、己は伯爵家の令嬢だという振る舞い。
自分の足りない部分を理解していて、どんなに厳しい基準も失敗を重ねながらも最終的に合格する。
失敗や不合格が続いても腐らず前向きである。
それらの姿勢が教育する側にも熱を持たせ、随分と熱心に扱いてしまったが一度として不満を表情に出すことも口に出すこともなかった。
熱心で努力家で健気で、必死に頑張る姿も美しい。
社交界にも影響力のある講師の二人に、プルメリアは大層に好かれてしまったのだった。
本人はそんな気は全くなく。
己の分は弁えているのは間違いないが、鬼講師からの日々の学びに対しては内心でブーブー文句や愚痴を吐きまくっていたりする。
不満が全く顔に出ず態度が控えめなのも、何度失敗しようと落第しようと必死に努力したのは、すべて鬼講師がコワイからこれ以上怒られたくなかっただけである。
都合の良い勘違いというものが発生していたのだが、講師二人がたまには優しくなったのでプルメリアとしては有り難い勘違いであった。
とある日――――
クリスティアンはプルメリアを自分の執務室へと来るように呼びつけた。
プルメリアがそこを訪れたのは二度目で、一度目の時は契約書にサインさせられた初日だけである。
ライアンさんに連れられて通された執務室では、クリスティアン様が机で書類仕事をしていた。
「クリスティアン様、プルメリア様をお連れしました」
ライアン様が声をかけるまでずっと動き続けていたペン先が止まり、クリスティアン様が顔をあげた。
「ライアンお茶の準備を。丁度区切りのいいところまで進めたから、少し休憩を入れたい」
ライアンさんに用意して貰ったお茶の隣に添えられたお菓子。
執務室内にある来客用のテーブルを挟んでクリスティアン様の向かい側に座っている。
目の前ではお手本のように優雅な美しい所作でティーカップに口を付けるクリスティアン様。
呼び出されてからずっと緊張が続く私は、見た目だけでもどうにか冷静に見えるように必死である。
(呼び出しまでして話したい内容って何だろう……)
鬼講師の二人に扱かれた成果を今ここで示す時!
クリスティアン様ほどではないけれど、教育を受けた令嬢らしい所作に見えるように静かにお茶に口をつけるのだった。
「夜会用の衣装の準備は順調かな? 毎日の教育も大変なのに準備もとなると目が回る忙しさじゃないかな」
「お義母様が色々と手配して下さってくれたので、私がしたことと言えば寸法を測って貰うかたくさんのドレスの着脱くらいですので……」
「母はプルメリアのことが大好きだよね。プルメリアに嫉妬させる仕事を任せたことがバレて、俺もライアンも大目玉くらったよ。実はここだけの話なんだけど……」
大目玉食らった原因を作ったので何とも申し訳ない気持ちになる。
「ここだけの話ですか?」
「そう。秘密に出来る?」
「……それは約束出来ないかもしれません。一度やらかしてしまってますし……お義母様に」
「たしかにね。でも、まあ、大きな秘密という訳ではないからいいか。この公爵家でね一番力があるのは父ではなく母だってだけ」
「え?」
お義母様ってとんでもなく美しいのに実は武闘派なの?
ご当主のお義父様も敵わないってことは、クリスティアン様も?
あの美しいドレスの下にはムッキムキの筋肉が隠されている……?
わお、公爵夫人って体まで鍛えないとダメなのかな。
もしかして、所作とかダンスとかの淑女教育って公爵家では初歩中の初歩で、本当は……
強くなるところから本番……?
畑仕事をしてたから、もしかしてそれを見込まれての婚約打診では?
プルメリアは自分の腕をチラリと見て確認する。
同年代の令嬢よりは筋肉量はあると思うけど、お義父様やクリスティアン様より強くなるとか無理じゃない? これ努力だけで達成出来る次元じゃなくない?
そこでブホォッと破裂音をさせてクリスティアン様が笑い声をあげた。
「クリスティアン様?」
あまり見ることのない大口を開けて笑う姿に呆気に取られてしまう。
さすがにここまで大笑いされていると超絶美形も台無しである。
「ははは、く、くるしい……」
ひいひい言いながら笑い続けるクリスティアン様。
訳が分からず段々とスンとなる私。
笑いの波が収まったらしいクリスティアン様は、落ち着くためかお茶を一口飲んだ。
目尻を指で拭う仕草をされていることから、涙が出るほど笑ったらしい。
「ごめん、普段こんなに笑うことないんだけど。プルメリアが面白いこと考えたのが分かって堪えられなかったよ」
「面白い考え?」
私、まさか口に!?
「いやいや、口には出してなかったよ。でも考えてることが丸わかりだった……あ、やめてまた笑いの発作が……ふふ、ふふ」
クリスティアン様って笑い上戸なの?
笑いの発作を収めようと深呼吸をするクリスティアン様も見つめ、私はまた二度目のスンになるのだった。
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