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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
移動はまだまだ続くよ!
しおりを挟む皇帝と皇女という帝国の最大権力一位、二位が揃って視察に来る。
と、いう事は視察先は勿論の事、通過するその道中もてんやわんやの大騒ぎである。
今まで経験した事の無い大変な事態に、通過するだけの街も滞在する予定の街も滞在先の宿泊施設も粗相があってはならないと、街は違えど皆の心はひとつ! 厳戒態勢で臨んでいる。
血濡れ皇帝の名は伊達ではない。
帝国の領土を拡大し、逆らう国は潰すか従順な属国として従えた手腕。
主に恐怖と圧倒的武力で続々と組み伏せたシュヴァリエ皇帝。
戦において味方である事は頼もしい。
一騎当千以上の化け物級な皇帝に帝国の安寧は約束されている。
しかし、戦以外になるとまた違ってくる。
気に入らぬ者は――――な、人である。
しかしクラウディアと仲良くするようになってから、皇都の民においては少しばかりイメージが変わってきていた。
皇都では皇城に勤める下級文官やメイドは平民も多い為、クラウディアと仲睦まじく過ごす様子を遠目に目撃した者達が、その様子を市井に帰って周囲に吹聴している為、悪い印象は払拭され始めつつある。
あくまで始めつつあるという事ではある。
「陛下はクラウディア皇女様には大変お優しい方だ。そのクラウディア皇女様は争いを好まないお優しい方らしい。先の戦でも血濡れ皇帝と呼ばれる行いはしなかったそうだ。クラウディア皇女様の存在が陛下を穏やかに変えたのだろう。」
と、誠しやかな噂(だいたい真実)が駆け巡り、貴族や平民のイメージは他国が抱くシュヴァリエのイメージ程には悪くない。
怖い方だとは聞くが、自分たちが嫌な目に合わされた事はない。
善政を敷き、税を不当に巻き上げる事なく、暮らしは豊かになり平和である。
怖いお方だけれど、悪いお方ではない。という感じだ。
だが地方は違う。
未だ血濡れ皇帝のイメージが深く浸透している。
気に入らない事をすれば即首を刎られると未だに信じているのだ。
丁重に慎重に機嫌を損ねぬように、深く深く腰を折り、地面スレスレに頭を擦り付ける程に頭を垂れる気持ちでいるのだった。
皇帝の大天使かくやの麗しい美貌に憧れ姿絵を購入する女性たち。
絵姿は飛ぶように売れ、美貌で有名な公爵も吟遊詩人も売り上げは皇帝の絵姿の三分の一ほどらしい。
中身はアレだが、見た目だけなら他の追随を許さない絶世の美男子なのだろう。
一目見る事が出来るのなら一生の幸運だと平民の女性たちは思っているが、
貴族女性は万が一億が一奇跡が起きて、もしかしたら運命的に魅かれ合って……と妄想した事は一度や二度ではない。
が、密やかに思慕を込めた瞳で見つめ寵を願うも、何せ血濡れ皇帝である。
見つめるだけならいざ知らず、視界に入りたいと無謀にも距離を縮めようとした時が己と家の命日となり得る。
命までは取られずとも、不快だと思われただけで一家おとり潰しもありかもしれない。
大げさ過ぎかも知れないが、ゲームのシュヴァリエなら有り得るかもしれない。だってクラウディアがいないから。
触らぬ皇帝に祟りなし。憧れてはいるが自殺願望はないということだ。
あくまで妄想の中だけでストーリーが出来上がる。
『皇城での夜会に参加している私。
エスコート役のお父様は少し席を外してしまった。
私はひとりぼっち。
ちょっと心細い気持ちになっていると―――
そんな私の元へ皇帝が真っすぐ近づいて来る。
「麗しい姫よ。余と一曲踊ってはくれないか?」
突然現れた陛下に胸と頬が熱くなる私。
甘い眼差しで私を見つめる陛下に高鳴る胸をそっと押さえ……
「はい。喜んで。光栄ですわ、陛下」と私は返事をするのよ。』と、現実のシュヴァリエなら有り得ないセリフを吐かせるくらいである。
侯爵、公爵辺りの高位貴族令嬢ならストッパー役のクラウディアが居る今、もう少しギリギリを攻めて頑張るかもしれないが、今回通過する領地や滞在する視察先は一番高い身分で伯爵家……微妙な所だった。
恐ろしかった時代のシュヴァリエを知らぬクラウディアがこれを知れば「お、大げさよ……。大丈夫だから! 何か素敵な刺繍を刺してプレゼントしたらすぐに機嫌治るから!」と、全く役に立たないクラウディア限定の機嫌の取り方をアドバイスしたであろう。
そのダメなアドバイスに万が一従って差し出せば、鼻で嗤われるだけならギリギリセーフ、シュヴァリエの機嫌が良ければスルーしてくれるかもしれないが。
機嫌が悪ければ、次に皇帝をその者が目にする事は二度とないと思われる。
二度と会う事は無いという事は、社交をする事が出来なくなるという事。
皇帝に睨まれた令嬢も家も、確実に周囲から距離を取られる、そして、人知れず誰に助けられる事なく没落していくしかないのだ。
クラウディアにはシュヴァリエ関係でどうにかして貰おうと思わない方がいいだろう。
と、こんな前振りをしたものだから、こんな事が起こってしまったのかもしれない。
通り過ぎるだけの予定だった大きな街で昼食を食べてみたいとクラウディアが突然言い出した。
そこに時間を使ってしまう代わり、休憩が欲しいとわがままは言わないからとシュヴァリエに甘える。
クラウディアの我儘にシュヴァリエの眦が緩む。
「そうか。昼食はそこでいい。休憩も取っていい」
あまり言わない我儘だ何をしても言われても可愛くて仕方がないのだろう。
クラウディアが突然ここで昼食を食べたいと言い出したのは、理由がある。
実は、この街は牡蛎の産地と訊いてしまった為である。
カルパッチョで生の海産物を食してとても喜んでいたシュヴァリエに、今度は是非とも現地でしか食べれない物を食べて貰いたくなっていた。
そんな気持ちでいる所へ、生牡蛎の話を訊けば、あとはもう食べて貰いたいという思いでいっぱいになったのだった。
なるべく我儘は言わない主義と律して常日頃は慎んでいたが、シュヴァリエに喜んで貰う為ならいくらでも我儘娘になる所存なのだった。
(七輪とか、網焼きとか、この世界にあるのかな……? 漁師も多い街だから港に近い食堂ならあるかも?)
七輪や網焼きがあるのなら、生のイカも炙って食べたいな~。
イカ食べる習慣はあるのかな?
乙女ゲーム世界だからあるかもしれない。
でも、乙女ゲームの舞台である隣国ならいざ知らず、こっちはなぁ。
等と、ああでもないこうでもないと頭を悩ます。
「クラウディアがしたい事をすればいい。警護はどうにかする。」
アンナの頭が痛くなるような事を平然と言うシュヴァリエ。
本人が歩く兵器、世界最強の護衛なのだから、余裕でどうにか出来るだろうが、
護衛にも任務という仕事がある。
視察先への道中をどのようなトラブルが起きてもしっかりとした対応策を練って護衛しているのだから、引っ搔き回すような事はなるべく控えて頂きたいというのが護衛達の本音だった。
アンナが頭痛がするというように蟀谷に指先を当ててぐりぐりするのに気付いたクラウディア。
少しシュヴァリエに釘をさしておこうと決める。
「お兄様、迷惑をかけない程度でお願いします……。私は牡蛎さえ食べられればいいので。」
元日本人な為、なるべく逸脱しない行動を取ろうと周囲を気にするのだ。
日本人は皆と外れる事はしたくない。皆一緒が好きなのである。
協調性、なんていい言葉と思っているクラウディアだった。
シュヴァリエは骨の髄までマイペースなので、その言動の余波は一切気にしない。
自分で自分の護衛も出来るので、護衛騎士等むしろ足手まといくらいに思っている。
マイペース、マイワールドである。
最高権力者ってそうなのかもしれないが。
シュヴァリエとクラウディアを乗せた豪華な馬車が停車したのは、帝国内でも三本の指に入る大商会の前。
恭しく馬車の扉が開き、先に出たシュヴァリエにエスコートされるように降り立つクラウディア。
目の前に建つ四階建ての建物は思ったよりも大きく、一階だけ様々な商品を取り扱う店舗にしているそうだ。
「ここなら海産物の牡蛎もあるそうですよ。」
と、アンナに説明される。
「行くか」
さっさと食べてさっさと旅立ちたいシュヴァリエは、キュッとクラウディアの指先を握って促す。
「はい、お兄様」
クラウディアはシュヴァリエに返事をしながら、まるで城で出迎えられたかのような光景に内心目を白黒させていた。
クラウディアの目の前には、商会総出で店先に並びズラリと頭を下げている。
その中心に商会の会長とクラウディアより五歳程年上の女の子が並び立っていた。
「面をあげよ。」
シュヴァリエが淡々と告げる。
その声色にチラとシュヴァリエを見上げて「あ、何かちょっとイライラしてそう」と思うクラウディア。
シュヴァリエの心の機微には敏感んクラウディア。
(色々面倒だと思ってそうだなぁ……)
機嫌悪くなった時の刺繡入りの何か持ってきてたっけ……と考えながら、シュヴァリエと共に商会の会長の元へと歩みを進めた。
(あ、女の子だ。ちょっと年上だけどお話出来たらいいな)
シュヴァリエが怖がられているのに令嬢にモテモテな事により嫉妬され、皇女だというのに仲間外れ気味になっている事と、シュヴァリエ本人はクラウディアが他の貴族令嬢との交流をするのを嫌がる為、クラウディアには近い年齢の女友達がひとりもいなかったりする。
(会長の隣にいるという事はお孫さんか何かだろうから交流を嫌がられてる貴族令嬢じゃないし、今回はたまたま会う事になった事だし、少しくらいお話をしてもいいよね?)
そわそわとちょっぴり期待してしまう。
女子トークは三人娘とアンナとしているが、皆自分よりも全然年上だ。
近い年齢の子と女子トークしてみたい!
しかし、その女の子は熱心に見つめてくるクラウディアは存在していないようにスルーして、何かを期待するかのように熱心にシュヴァリエを見つめていた。
頬を赤く染めている表情は言葉よりも正直で「こんなに美しい殿方は見た事がないわ! 何て素敵な方なのでしょう! お近づきになりたい」と語っていた。
クラウディアの背後に立ち周囲を油断なく警戒しながら、アンナは小さく小さく溜息を吐く。
嫌な予感しかしませんね。と。
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