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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
兄の執務室へ見学に行く②
しおりを挟む米粒大だった大きさの扉がどんどんと近づき、立派な扉の前。
皆さまごきげんよう、クラウディアです。
シュヴァリエお兄様の執務室へと突撃レポート!
…なんちゃって。
誰にともなく内心で呟きつつ。
緊張する相手に会う訳でもないというのに、扉が立派過ぎてびびってしまう小心者…それは私。
「姫様?」
この大きくて、凄く重そうで、立派で、凄く時間を掛けて彫られた様な繊細な細工がびっしりと施された扉。
躊躇えば躊躇うだけ緊張感が増す。
(この扉強そう…)
もはや意味不明な感想まで出る始末である。
扉を眺めているだけで、いつまでも動かない私を見かねたのか、護衛騎士達の後ろからついて来て居たアンナに呼び掛けられる。
「あ、あ、アンナ。ここはお兄様の執務室の扉で間違いないのですか?」
「はい、間違いなく陛下の執務室の扉でございます。
我が帝国の歴史は長いですが、皇帝の執務室を移動させた事は、一度としてなかったように思いますが。」
「そうなのですね。そ、そうですよね。では――――」
ゴクリと喉を鳴らした所で――――
コンコン。
「クラウディア皇女殿下をお連れ致しました。執務室へ入室する許可を願います。」
慣れた様子のアンナがもじもじしているクラウディアの代わりにサッサと対応してくれた。
「入れ。」
少し呆れたような声色のシュヴァリエの声。
恐らく扉前にしばらく佇んで居たのはバレていたのであろう。
ガチャリ―――
開く音まで重厚感がある。重い音が鳴り、静かに扉が開いた。
この執務室に来るのは初めてではないというのに、背後の扉から射し込む光を背に座るシュヴァリエお兄様の天使っぷりに呆然とする。
(お茶を共にする時の顔と、執務室に居る時の顔の差の激しさよね。何で執務室に居る時は凄みがあるのかしら…凄みまで美しいってコレ如何に。)
「御機嫌ようお兄様。お邪魔かと思いますが、本日の訪問を御赦し下さり有り難うございます。」
室内に一歩二歩入室した所で、丁寧にカテーシーをして挨拶する。
「そんな他人行儀な挨拶など要らぬ。ディアならいつでも歓迎する。」
片手を振って態度を改めるように促された。
(いくら妹とはいえ、臣下が出たり入ったりする所ではいけない気がするんだけど。
上に立つ者の振る舞いってものがある気がするんだよねぇ。
これを真に受けてなあなあにするのは良くない…気がする。)
「いいえお兄様。血を分けた兄妹でありながらも、私達は皇族です。他の者達の目があるのならば尚の事、挨拶だけでもしっかりとさせて下さいまし。」
「ははっ、ディアも成長したな。立派なレディ…ぶる所がまた愛い。」
執務室机から立ち上がり、クラウディアの前へと移動する。
「では小さなレディ、可愛らしい貴女と共にお茶をする栄誉を賜る事を、この私に許可して下さいませんか?」
小さな手を優雅な仕草でサッと取ると、甲にチュッと口づけを落とす。
「――っ!?」
ボボボッと顔を赤面させるクラウディア。
視線を目の前のシュヴァリエへと向ける事が出来ずに、落ち着きなく目線をきょろきょろとさせてしまう。
「レディ…ぶるにはまだまだ経験が足りないのではないかな? ディア?」
悪戯が成功したシュヴァリエは、意地の悪い笑みを浮かべる。
「お兄様は、人が悪いですわ!」
シュヴァリエに取られた手を素早く引き抜き、隠すように両手を背に回すと、ツンと顎をあげてクラウディアは抗議する。
「ははっ、そう拗ねるな。では、暫し俺の休憩に付き合って貰おうか。
ディアの好きな菓子やケーキも用意したぞ?」
「えっ、マカロン?」
お茶会以来、マカロンがマイブームになったクラウディア。
「勿論用意してある。」
「嬉しい! 有り難うお兄様!」
満面の笑顔でシュヴァリエにお礼を言うクラウディアに、シュヴァリエも蕩けそうな笑顔を返し、お茶の準備が整ったテーブルへとエスコートした。
「お兄様、そろそろお仕事をしなくていいのですか?」
ピンクにグリーン、レモンイエローにブラウン、色とりどりのマカロンと甘い苺の乗ったショートケーキ、バターたっぷりのサブレクッキー。
お気に入りの茶葉で淹れてくれた美味しい紅茶。
クラウディアの何気ない日常を語っているだけなのに、機嫌良く笑い声をあげるシュヴァリエ。
楽しい時間はすぐに過ぎる。
お兄様はまだ執務中なのだから、そろそろお暇しないと――――
(というか、お仕事見学のつもりで来たのに、お茶して帰るっていつもと変わらないような…?)
シュヴァリエも動く気配はない。
(これは私から切り出さないといけないようね!)
と、冒頭の発言である。
目の前で百面相のようにコロコロと表情を変えるクラウディア。
それを飽きる事なく楽しげに眺めていたシュヴァリエは「もう本日分は済ませたぞ」と至極あっさりと返答した。
「えっ、もう…ですか?」
「ああ。ディアが来ると分かったから、いつもよりは真剣にこなしたからな。」
近くで待機しているマルセルがコホンとわざとらしい咳をする。
クラウディアが振り返り見遣ると、半目でシュヴァリエを見ていたのを止め、微笑んで頷いてくれた。
(本当に終わらせたんだ。さすがチート魔王。何やらせても完璧なんだなあ)
「そうですか。でも私、もうお腹が一杯で…ちょっとこれ以上は入らなそうです。」
「そうか、いつもの半分も食べてない気がするが。ディアは痩せ過ぎなくらいなんだから、肉を付ける為にも、もう少し食べた方がいいんじゃないか?」
結構失礼な事言われてる気がするクラウディア。
大食いな上にガリガリだと。
(いつもそんな食べてないですけど!? いやまあ、食に貪欲なのは認めるけど…)
クワっと目を見開きシュヴァリエを見つめた。
「食べてますし、痩せすぎていません、お兄様こそもう少し肉を付けた方が宜しいと思いますよ。とても細身なようですし。付けた肉は鍛錬後に筋肉になるんではないですか?」
ストレートな嫌味を言う度胸がなかった為、ほんのりとした嫌味を返す。
「細身…? いや筋肉はちゃんとある。ほら―――」
シュヴァリエはジュストコールの内側に着ているベストの下側のボタンを器用な手つきで素早く数個外すと、中のシャツをグイッと引きだし…
―――えっ?
「お戯れは程ほどになさいませ、陛下。」
私の視界にはシュヴァリエの生の腹筋…ではなく、塞がれているようで暗闇に染まった。
(ああ、残念…なんて思ってないんだから。)
ちょっと惜しい気持ちは否定しない。
そんなクラウディアの真上では、アンナの声がする。
「ははっ、妹に腹をちょっと見せるだけだ。そう神経質になる事でもあるまい。
それに剣の鍛錬時に暑くなって、上半身裸になる事だって珍しくないぞ?」
「そ、れ、で、も、お控えくださいまし。姫様のお顔を見たらお分かりになるでしょうに。ほら、ご覧くださいませ、耳まで真っ赤でございます。」
「…ああ、見事に真っ赤だな。」
「小さな耳をこんなに赤くして、かなり恥ずかしがっておられます。
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幼い故に初心な姫様のペースに寄り添って頂けるよう、忠実なる臣下としてこのアンナ、切にお願い申し上げます。」
「ああ、そのつもりではいる。」
(……このやり取りを訊いてるこっちが恥ずかしいし、耐えられないんですけど。)
訳の分からないやり取りを訊きながら、さっさとこの話題が終わる事をクラウディアこそ切に願うのだった。
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