上 下
64 / 105
第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。

兄の執務室へ見学に行く②

しおりを挟む

 米粒大だった大きさの扉がどんどんと近づき、立派な扉の前。
 皆さまごきげんよう、クラウディアです。
 シュヴァリエお兄様の執務室へと突撃レポート!
 …なんちゃって。

 誰にともなく内心で呟きつつ。
 緊張する相手に会う訳でもないというのに、扉が立派過ぎてびびってしまう小心者…それは私。

「姫様?」
 この大きくて、凄く重そうで、立派で、凄く時間を掛けて彫られた様な繊細な細工がびっしりと施された扉。
 躊躇えば躊躇うだけ緊張感が増す。

(この扉強そう…)
 もはや意味不明な感想まで出る始末である。

 扉を眺めているだけで、いつまでも動かない私を見かねたのか、護衛騎士達の後ろからついて来て居たアンナに呼び掛けられる。

「あ、あ、アンナ。ここはお兄様の執務室の扉で間違いないのですか?」
「はい、間違いなく陛下の執務室の扉でございます。
 我が帝国の歴史は長いですが、皇帝の執務室を移動させた事は、一度としてなかったように思いますが。」
「そうなのですね。そ、そうですよね。では――――」
 ゴクリと喉を鳴らした所で――――

 コンコン。

「クラウディア皇女殿下をお連れ致しました。執務室へ入室する許可を願います。」
 慣れた様子のアンナがもじもじしているクラウディアの代わりにサッサと対応してくれた。

「入れ。」
 少し呆れたような声色のシュヴァリエの声。
 恐らく扉前にしばらく佇んで居たのはバレていたのであろう。


 ガチャリ―――
 開く音まで重厚感がある。重い音が鳴り、静かに扉が開いた。

 この執務室に来るのは初めてではないというのに、背後の扉から射し込む光を背に座るシュヴァリエお兄様の天使っぷりに呆然とする。

(お茶を共にする時の顔と、執務室に居る時の顔の差の激しさよね。何で執務室に居る時は凄みがあるのかしら…凄みまで美しいってコレ如何に。)


「御機嫌ようお兄様。お邪魔かと思いますが、本日の訪問を御赦し下さり有り難うございます。」

 室内に一歩二歩入室した所で、丁寧にカテーシーをして挨拶する。

「そんな他人行儀な挨拶など要らぬ。ディアならいつでも歓迎する。」
 片手を振って態度を改めるように促された。

(いくら妹とはいえ、臣下が出たり入ったりする所ではいけない気がするんだけど。
 上に立つ者の振る舞いってものがある気がするんだよねぇ。
 これを真に受けてなあなあにするのは良くない…気がする。)

「いいえお兄様。血を分けた兄妹でありながらも、私達は皇族です。他の者達の目があるのならば尚の事、挨拶だけでもしっかりとさせて下さいまし。」

「ははっ、ディアも成長したな。立派なレディ…ぶる所がまた愛い。」
 執務室机から立ち上がり、クラウディアの前へと移動する。

「では小さなレディ、可愛らしい貴女と共にお茶をする栄誉を賜る事を、この私に許可して下さいませんか?」
 小さな手を優雅な仕草でサッと取ると、甲にチュッと口づけを落とす。

「――っ!?」

 ボボボッと顔を赤面させるクラウディア。
 視線を目の前のシュヴァリエへと向ける事が出来ずに、落ち着きなく目線をきょろきょろとさせてしまう。

「レディ…ぶるにはまだまだ経験が足りないのではないかな? ディア?」
 悪戯が成功したシュヴァリエは、意地の悪い笑みを浮かべる。

「お兄様は、人が悪いですわ!」
 シュヴァリエに取られた手を素早く引き抜き、隠すように両手を背に回すと、ツンと顎をあげてクラウディアは抗議する。

「ははっ、そう拗ねるな。では、暫し俺の休憩に付き合って貰おうか。
 ディアの好きな菓子やケーキも用意したぞ?」

「えっ、マカロン?」
 お茶会以来、マカロンがマイブームになったクラウディア。

「勿論用意してある。」

「嬉しい! 有り難うお兄様!」

 満面の笑顔でシュヴァリエにお礼を言うクラウディアに、シュヴァリエも蕩けそうな笑顔を返し、お茶の準備が整ったテーブルへとエスコートした。







「お兄様、そろそろお仕事をしなくていいのですか?」

 ピンクにグリーン、レモンイエローにブラウン、色とりどりのマカロンと甘い苺の乗ったショートケーキ、バターたっぷりのサブレクッキー。
 お気に入りの茶葉で淹れてくれた美味しい紅茶。
 クラウディアの何気ない日常を語っているだけなのに、機嫌良く笑い声をあげるシュヴァリエ。

 楽しい時間はすぐに過ぎる。

 お兄様はまだ執務中なのだから、そろそろお暇しないと――――

(というか、お仕事見学のつもりで来たのに、お茶して帰るっていつもと変わらないような…?)

 シュヴァリエも動く気配はない。

(これは私から切り出さないといけないようね!)
 と、冒頭の発言である。


 目の前で百面相のようにコロコロと表情を変えるクラウディア。
 それを飽きる事なく楽しげに眺めていたシュヴァリエは「もう本日分は済ませたぞ」と至極あっさりと返答した。

「えっ、もう…ですか?」
「ああ。ディアが来ると分かったから、いつもよりは真剣にこなしたからな。」

 近くで待機しているマルセルがコホンとわざとらしい咳をする。
 クラウディアが振り返り見遣ると、半目でシュヴァリエを見ていたのを止め、微笑んで頷いてくれた。

(本当に終わらせたんだ。さすがチート魔王。何やらせても完璧なんだなあ)

「そうですか。でも私、もうお腹が一杯で…ちょっとこれ以上は入らなそうです。」
「そうか、いつもの半分も食べてない気がするが。ディアは痩せ過ぎなくらいなんだから、肉を付ける為にも、もう少し食べた方がいいんじゃないか?」

 結構失礼な事言われてる気がするクラウディア。
 大食いな上にガリガリだと。

(いつもそんな食べてないですけど!? いやまあ、食に貪欲なのは認めるけど…)
 クワっと目を見開きシュヴァリエを見つめた。

「食べてますし、痩せすぎていません、お兄様こそもう少し肉を付けた方が宜しいと思いますよ。とても細身なようですし。付けた肉は鍛錬後に筋肉になるんではないですか?」
 ストレートな嫌味を言う度胸がなかった為、ほんのりとした嫌味を返す。

「細身…? いや筋肉はちゃんとある。ほら―――」
 シュヴァリエはジュストコールの内側に着ているベストの下側のボタンを器用な手つきで素早く数個外すと、中のシャツをグイッと引きだし…


 ―――えっ?


「お戯れは程ほどになさいませ、陛下。」

 私の視界にはシュヴァリエの生の腹筋…ではなく、塞がれているようで暗闇に染まった。

(ああ、残念…なんて思ってないんだから。)
 ちょっと惜しい気持ちは否定しない。
 そんなクラウディアの真上では、アンナの声がする。

「ははっ、妹に腹をちょっと見せるだけだ。そう神経質になる事でもあるまい。
 それに剣の鍛錬時に暑くなって、上半身裸になる事だって珍しくないぞ?」

「そ、れ、で、も、お控えくださいまし。姫様のお顔を見たらお分かりになるでしょうに。ほら、ご覧くださいませ、耳まで真っ赤でございます。」

「…ああ、見事に真っ赤だな。」

「小さな耳をこんなに赤くして、かなり恥ずかしがっておられます。
 陛下は姫様への態度や行動を含め、もう少しレベルを下げて下さい。
 まだ幼き姫様です。是非にお手柔らかに願います。」

「これ程に恥ずかしがられると、余計にウズウズしてからかいたくなってしまうのは、なんでなんだろうな。」

「陛下。」

「ああ、分かっている。まだ時期尚早だからな。露出は控えよう。」

「…今はそれで宜しいです。分かって頂けたならば何も話す事はございません。
 幼い故に初心な姫様のペースに寄り添って頂けるよう、忠実なる臣下としてこのアンナ、切にお願い申し上げます。」

「ああ、そのつもりではいる。」

(……このやり取りを訊いてるこっちが恥ずかしいし、耐えられないんですけど。)


 訳の分からないやり取りを訊きながら、さっさとこの話題が終わる事をクラウディアこそ切に願うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

消滅した悪役令嬢

マロン株式
恋愛
マロン株式 / 著 目が覚めたら乙女ゲームの世界に転生していた令嬢・リディア。リディアは王太子ルートの悪役令嬢で、将来断罪されてしまうキャラクターだ。 その未来を回避するため動き出した彼女だが、ゲームの内容通りに王太子・バンリの婚約者に選ばれてしまう。 このままでは断罪ルートまっしぐら……と思いつつ、リディアはバンリに惹かれていき、彼を信じて乙女ゲームの舞台となる学園に入学することに。そこで彼女を待ち受けていたのは、変わってしまった婚約者や友人、厳しく孤独な日々だった。想像以上に強い乙女ゲームの強制力を目の当たりにしたリディアは、とある決意をして――!? 転生令嬢の奮闘記、開幕! ※胸糞注意 ※ご都合主義で不定期更新です。行き当たりばったりです。 ※適当過ぎてタグが曖昧です。 ※設定甘いです。 ※感想書いてくださる方、とても励みになっています!有難うございます🙇‍♀️ 返答をしてしまうとネタバレになってしまいかねないものもあるので、暫く返答出来ません!(直ぐにぺろっとネタバレしてしまうので…) でもちゃんと読ませて頂いてます! ご承知おきください🙇‍♀️😊 ※レジーナブックス様からの出版になりますので、R指定は消させていただきました。 ※第14回恋愛小説大賞 奨励賞 おかげさまで2023年6月26日書籍化しました! 詳細は近況ボードかTwitterにて

記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。

せいめ
恋愛
 婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。  そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。  前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。  そうだ!家を出よう。  しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。  目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?  豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。    金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!  しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?  えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!  ご都合主義です。内容も緩いです。  誤字脱字お許しください。  義兄の話が多いです。  閑話も多いです。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

転生令嬢は最強の侍女!

キノン
恋愛
とある少女は、生まれつき病弱で常に入退院を繰り返し、両親からも煙たがられていた。 ある日突然、神様と名乗る謎の青年に神の不手際で、助かるはずだった火事で逃げ遅れ死んだ事を聞かされ、その代わりに前世の記憶を持ったまま異世界に転生させてくれると言われた少女。 そして、リディア・ローレンス伯爵家の娘として転生した少女は、身体を自由に動かせる喜びに感動し、鍛える内に身体能力が開花し、いつしか並みの騎士をも軽々と倒せるほどの令嬢になっていた。平凡に暮らそうと思っていたリディアは、ふと自分が転生したのは乙女ゲームの世界だという事を思い出し、そして天使で可愛い従姉妹が将来悪役令嬢になる事を思い出す。従姉妹の断罪イベントを回避する為、リディアは陰で奮闘するが次から次へと問題に巻き込まれてしまうーーー ※ラブコメ要素有りの個性的な面々が暴れる物語にしていきたいと思っています。 ※更新不定期です。 2019.1.21 前世の名前を消し、前世の名前は出さず少女と一括りにしました。文章を大幅に修正しました。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

処理中です...