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第三章 クラウディアの魔力

色んな思惑が交差するお茶会 Ⅲ

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「んんっ、おいひぃ・・・」

 これぞ甘味。
 これぞ至福。

 これ蜂蜜かな?
 イチゴに纏わせてある蜜を舌先で味わいながら、酸味と甘味と果汁のハーモニーを味わう。
 タルト生地もサクサクでバターたっぷり使ってあるのか香りがいい。
 さすが皇帝や隣国王子が参加するお茶会のスイーツ。
 いつも食べてるものより美味しく感じる。
 外で食べてるからかな…? いやでも――――


「とても美味しそうに食べていますね、私も頂こうかな。」

「ああ、私も頂きたいな。」


 振り返ると、そこには美少年が二人。
 優しい微笑みを浮かべています。

 誰に…?

 周りをきょろきょろと見まわしてみる。
 私以外に誰もいない…

 悲しいかな、皇女であるというのに皆に遠巻きにされているのだ。

 貴族令息令嬢のみなさーん、皇女ですよー? 媚びとかヨイショとかあわよくば婚約者に! とか、なるんじゃないんですか…?

 シュヴァリエに溺愛されてるなんて噂もある皇女ですけど…
 皆さん噂なら一度くらい耳にしてませんか。

 気付いたら離宮から月の宮に越す事になり、今では快適に生活させて貰っているけど、皇族として需要無さすぎて利用価値も無くない?
 シュヴァリエの駒として将来どこぞの他国か、自国の臣下に降嫁される事も厳しい皇女って豊かな生活を送らせて貰ってる恩返しも出来ないじゃないか…

 いいさいいさ。前世知識チートが通用する物があれば、そこで貢献しますよ、もう。

 さっきだってあんな感じだったもんね―――


 やっと食べれるぅ! と弾むような足取りで向かった先に居た令嬢も令息も潮が引くように居なくなった。
 
 ―――なぜ?

 その時はあまり気にしなかったけど、次に向かった先でも同じ事が。

 ―――いや、なぜ?

 私、貴方たちに会うの初対面ですよね?
 それにシュヴァリエみたいに怖い渾名持ちじゃありませんし…
 宮でひっそりと生きてただけの小物皇女ですよ、怖くないですよ?
 と、心の中で語りかけつつ視線を向けるけれど、皆目が合うのを拒否するように視線が逸らされる事数回…

 いいもん! べつに一緒にスイーツ食べながら、気が合えばお友達に…なんて思って……なかったもんね!

 あんな感じだったから、私の周囲には人がいないのだ! まいったか!
 後でアンナに愚痴ってやるんだから!

 と、先程少しいじいじはしたけれど、やけ食いだと手近にあったスイーツを口にすれば、あっという間に沈んでた気持ちなんて吹っ飛んでしまった。

 令息や令嬢達へのムカつきも忘れ、スイーツが連れて来る至福を味わっていた所に、美少年二人に声をかけられたのだ。

(私の周囲には誰もいない…という事は、この二人が話しかけてるのは私?)

 クラウディアに耳と尻尾があれば誇らしげにピンッと立っていただろう。
 話しかけられた相手はちょっと微妙だが、構われてるという事、そして話の内容が自分の好きなスイーツに関する事もあって、頬がふんわりと緩み嬉しさに瞳がキラキラ輝く。

「え、ええ! 美味しいですよ。特にこのイチゴのタルトはおススメですっ。」

「そうなんだ。じゃあ頂くね。」

 ジュリアス王子がクラウディアの笑みを見つめ、さらに輝くような微笑を浮かべる。

 軽食やスイーツが並ぶテーブル前には数人の給仕係が立っていて、これを食べたいと言えば皿に取り分けて手渡してくれるのだ。
 前世は自分で取るビュッフェしか経験が無かった為、楽ちんな上に綺麗に取り分けてくれるから有難い。

 給仕係から皿を受け取った二人は、パクリとクラウディアがおススメした苺タルトを口にする。

 それをじっと見ていたクラウディア。
 自分がおススメしたイチゴタルトの素晴らしさは疑ってはいないが、やはり相手の表情で本当に美味しいと思ってるかどうかも知りたい。

(へえ、ジュリアス王子は苺から食べるんだ。リディル王子はまずはタルト生地からか。ケーキ食べる時って性格出るよね。好きなものから先だったとしたら…いやでもタルトも好きな物かもしれないからなー。)

 クラウディアの監視するような視線を浴びながら、しばらく無言で食べ進める二人。

「うん、うちの国の物より美味しい気がする。さすが帝国、優秀なシェフを雇ってるんだね。」

 少し砕けた口調になったジュリアス王子が褒めてくれた。

「うん、美味しい。特に甘すぎないのがいいな。」

 リディル王子も砕けた口調になっている。

「それは良かったです! 私もこのタルトとても大好きなので。」

 自分が作った訳ではないが、自分が褒められたくらいに嬉しい!
 他国のそれも良い物を食べてそうな王子二人に褒められて、鼻高々である。

 嬉しさを隠しきれないように頬がバラ色に染まり、唇が笑みを堪えるようにもにょもにょとしているクラウディアを、ジュリアスは目を丸くして見つめた。
 姫としてはどうかとは思うが、クラウディアの気持ちは先程から全部顔に出ている。

 そんなクラウディアを見つめたジュリアスは目元を緩め、にっこりと破顔した。

「他におススメがあったら教えて欲しいな。クラウディア姫は何が好き?
 姫の勧めるのだったら何でも食べたいな。」
 ジュリアス王子が微笑みながら距離を詰めてきた。

「え、近…っ、あ、ああ!フルーツサンドがおススメです。こちらにありますよっ」

 サッと躱して、フルーツサンドがあるテーブルへと誘導する。
 少し離れたテーブルにあるので、サクサクと歩いて距離を取った。

 その時、クラウディアの背中を見つめながらジュリアスが楽しそうに呟く。
「ふふっ、可愛いねぇ」

「ジュリアス、お前…あまりクラウディア姫をからかうと厄介だぞ。
 どうやら噂は真実らしいから。」
 呆れた顔をしながら窘めるリディル。

 リディルはクラウディア姫に話しかけた時からずっと殺気を感じている。
 その気配の先に居たのは皇帝シュヴァリエだった。
 先程の家臣達の挨拶時には、時折クラウディア姫を優しい眼差しで見つめていた。
 クラウディア姫に誰かが話しかければギラリとした刃のような目線になり、それに緊張したように返すクラウディア姫を見守る顔は、過保護な保護者だ。

 クラウディア姫から目線を家臣に移した時も、クラウディア姫のお披露目と知り今日居駆け付けた周辺諸国の外交官達と相対した時も、常に口元に浮かぶ皮肉気な嗤いか、全くの感情を伺わせない虚無の無表情しか見た事が無かった為、あの甘い眼差しに心底驚いたのだ。
 無論だが、我ら使節団の挨拶の時の表情は、皮肉か虚無、その二種類しかなかった。

 あの顔とあの態度、噂通りの寵愛だ。
 ジュリアスが調子にのってクラウディア姫にちょっかいかけようものなら、
 かなり面倒な事になりそうな予感しかしない。

「ふん、わかってるよ。
 でも、優しく接するだけならいいだろう? 姫は可愛い。
 意地悪する気なんて無いよ。」

「いや、意地悪は問題外だろ…
 そうじゃなくてな…」

 あまり距離を詰めるなって事をどう伝えればいいか。
 直球に窘めて素直に訊く状態じゃなさそうだ。

 ――こいつ、クラウディア姫を気に入ったな。

 ジュリアスは人と馴れ合うのを嫌う。
 それは俺らの環境のせいでもあるが、ジュリアス自身の性分もあるのだろう。
 普段、王子らしい仮面を被って微笑んではいるが、心中は罵詈雑言なのを知っている。
 まぁ…俺もそうだから仕方ない。
 どこへいっても媚びる連中ばかりだし、裏には思惑が透けて見える分人嫌いにもなる。
 だから余計に今のジュリアスの態度はリディル自身も驚いているのだから。
 普段距離を詰められる事はあっても、己から詰めた事のないジュリアスが少々強引なのは仕方ないのかもしれないが、相手が悪い。

「…距離は詰めるな。仲良くしたいなら一定の距離を取りつつ、好感を上げろ。
 お前は姫が近寄ってくるのを待てよ。
 皇帝も姫からなら見過ごしてくれるかもしれないだろ。」

 周囲には聞こえぬよう小声でジュリアスに囁いた。

「んー…そうだな。分かった。リディルの言う通りにする。
 ああ姫がこちらを振り向いて心配そうに見てるよ? 行くぞ。」

 ハァ…、とため息をひとつ零しリディルはジュリアスの後を着いて行った。



 王子二人に背を向けてフルーツサンドがあるテーブルに向かいながら、クラウディアの心中は混乱しおろおろしていた。

 攻略対象二人が砕けた口調ってさ…
 好感度が半分以上あがった時に口調が変わるのよね…

 えっ、まさかスイーツ食べて好感度が上がったとかいう訳じゃないよね?
 隣国に私が行く事は絶対ないと思うけど、何か面倒な事に巻き込まれたりとかしないよね?
 ゲーム開始前だからこんな感じなのかな。
 余計な事に巻き込まれたりしませんように。

 くるりと振り返り王子二人が着いてき来てない事に気づいて頭を傾げる。

(あれ? さっきの場所から全く二人動いてないんですけど。もごもご何か喋ってるみたいだし。)

 ササッと来てササッと食べて欲しい。
 そしたらササッと離れて、また私はスイーツ巡りに戻るんだから。

 王子二人が気付いてるか分からないけど、シュヴァリエが急にめっちゃ機嫌悪いんだよ。
 私の後頭部にレーザー光線のような熱い視線が突き刺さって、そこが禿げそうなんだからね。
 怒ったら目が三角になってて、すんごい美少年な作りの顔が魔王化したら、人外感が増して凄い怖いんだから。あのモードのシュヴァリエは頭に角でも生えてても驚かないよ。

 私には怒った事ないからそっちの面での心配してないけど、魔力がぴりぴりと放電しているのかチカチカと時折周囲が光っているし、それに気づいた周りがちょっとずつ怯えた顔になってる。
 最近穏やかだった皇帝が、また怖くなりそうで怖いんだろう。

 原因はよく分かっている。クラウディアが推察するに――――

 普段シュヴァリエと中々話せない爵位の家臣達との時間を持たねばならなくてイライラしている、きっとスイーツ食べれないからだろう。

 私も先程の挨拶で食べれずに苛々としたからよく分かる。

 シュヴァリエに申し訳ないとは思うが、そこは皇帝なのだから我慢して欲しい。
 皇女でありながら公務もせず、スイーツ巡りにかまけるお詫びと言っては何だけれど、ここにあるおススメスイーツを各種取り置きして、お茶会後にでもシュヴァリエに食べさせてあげよう。

 キラキラしい微笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる王子二人を見つめつつそんな事を考えていた。
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