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第三章 クラウディアの魔力

閑話 枢機卿の娘、ヴィヴィアーナ。

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 ヴァイデンライヒ帝国の中にあって、不可侵領域として扱われている教会。
 帝国内を活動拠点としながら、帝国騎士団の影響を一切受けない、独自の教会専属聖騎士団を有している。
 武力ではなく護衛の為の騎士団だと声高に宣言してはいても、内部を開示しない為、帝国側は額面通りには受け取っていない。

 その関係は、他国から見ても異様の一言であろう。
 それもその筈、そもそも教会に治外法権扱いを許したのは何代か前の皇帝である。
 愚帝の例に漏れず色欲に耽った褥の場で上手い具合いに操作されたのだ。
 教会自体は建国後すぐに設立された物だが、聖騎士団が設立されたのは、何代か前の皇帝の治世下である。

 教会という神の御心に沿う筈の団体は表向きの顔、裏は形を変え騎士団を有した後にも着々と力を付ける。
 帝国貴族に甘い餌をチラつかせ少しずつ取り込みながら数々の種を蒔き、それが現枢機卿の先代皇帝の治世下で大きく花開いた。

 そのまま帝国内部へ権力の枝葉を更に伸ばし、たっぷりと私腹を肥やした。

 愚帝が色欲に耽り傀儡に成り果ててる間、皇帝の相談役の皮を被って我が物顔で力を振るっていた。
 その中心で全てを操っていたのは枢機卿。
 やがて帝国の何もかもを全て牛耳るつもりであった。
 継承権を持つのはシュヴァリエ皇子ただ一人。
 皇帝にも皇妃にも目をかけて貰えない、ただ魔力だけが強い後継者。
 どうせこいつも傀儡だと高笑いしていたのだ。

 ――その読みは外れ、盤上の駒は全てひっくり返される。

 ただ魔力だけが強いだけの皇子だと侮ったシュヴァリエは、悪政を敷き続ける皇帝を表舞台から引きずり降ろし、容赦なく処刑を決行。
 枢機卿が侮っている間に、外遊という名目で他国を周り離れていった騎士や追放された貴族を内へと引き入れていた。

 皇帝・皇妃・側妃を処刑後、それでもシュヴァリエの勢いは衰えず、大体的な粛清を行った。
 愚帝を傀儡にして、政権を乗っ取り甘い汁を吸い続けた俗物貴族は軒並み粛清され、その貴族達と繋がっていた教会は中央に伸ばした枝葉を失った。

 シュヴァリエは徹底的に叩き潰したのだ。
 空いた貴族席へは、愚帝が側近に誑かされて追放した貴族や、離れて行った優秀な騎士達に爵位を与え埋めた。
 元々が優秀な人物達だった為、滞った政務はあっという間に正常化し、以前よりも上手く纏まりスムーズに物事が進む。
 シュヴァリエが行った全ては、帝国に対する教会の影響力を大幅に削いだ。

 アンブロジーン枢機卿は皇帝シュヴァリエを激しく憎んだ。
「目障りな小僧め! 戦が無ければすぐに消してやるものを!」と大声で怒鳴り散らし暴れた。
 何年もかけた全てが、完全に帝国を裏から牛耳る野望が、あっさりと消失し、何が起こってるのかと戸惑ってるうちに力を失っていた。

 そして、皇帝へ即位後ですら何一つ顧みる事なく教会を冷遇しているシュヴァリエに憎悪を燃やしている。
 教皇は平和ボケしているのか、今の教会の状態に満足している為、枢機卿の焦りにも無頓着だ。
 祭事の執り行いくらいは任せるが、それ以上も以下も要らぬ。
 今までのような働きは必要ないと通達だけされる。

 愚かな父を粛清するだけに飽き足らず、貴族を粛清する事で教会の力も縮小されたのだ。
 神に祈る以外に興味のない教皇の影に日向になり、枢機卿の父が枝葉を帝国内部に伸ばし種を仕込み、それを息子が大きくさせ長い年月をかけて内側から少しずつ浸食していく事に成功していたのだ。
 咲くまであと少しであったものが、全て水泡に帰した。
 教会が主導していたパワーバランスを徹底的に潰されたのだ。憎くないわけがない。騎士団だけ残して貰えたのだから重畳だと思えなかった。
 どうにかして、あの小僧の足元を掬いたいと、毎日の様に虎視眈々と狙っている。


 暖かい陽射しに柔らかいベージュ色の髪色が艶めく。
 まだ少女のあどけなさを残した容貌。
 大きな緑の瞳にピンク色の頬と唇、可憐な美少女はうっとりと微笑んだ。

「早くお会いしたいわ…。わたくしは聖女だというのに、何故、少しの時間だけでもお会いする事が出来ないの? お父様も戴冠式から毎日苛々しているし。」

 父である枢機卿の荒れ狂う心中など、娘のヴィヴィアーナには関係ない。
 親の心子知らずである。
 むしろ、シュヴァリエと中々会う算段を付けられない父親に、ヴィヴィアーナの方が怒りたいくらいだと思っていた。

 あの麗しいシュヴァリエ様の目に留まり、毎日のようにお茶を共にしたい。
 あの方のお傍に行きたい、一番近くに侍りたいとばかり毎日考えていた。

 戴冠式での美しいシュヴァリエが忘れられなかった。
 王笏《おうしゃく》を持ち、前を見据えた威厳あるお姿。
 間違いなく世界で一番美しく強い皇帝の姿であった。
 ヴィヴィアーナは、シュヴァリエに強烈に惹かれていた。

 だから何度も父に「シュヴァリエ様とお会いする機会を作って下さいまし」とお願いたというのに。
 毎日のように苛々とし落ち着きのない父は一切頷いて下さらない。

 わたくしが「聖女になりたい」と一言お願いしたら、すぐに聖女にしてくれたというのに。
「お会いしたい」というだけが、何故すぐに叶えられないのか。

 聖女という地位のお蔭で、戴冠式はシュヴァリエ様からとても近い位置で見つめて貰えた。
 パパラチアサファイアの煌めきに飲み込まれそうだった。
 緊張して脚が震えそうになったけど、どうにか耐えた。

 類まれなる美貌を持たないと入団どころか試験も受けられない美の集団の、聖騎士団の誰よりも美しいシュヴァリエ様。
 わたくしの護衛聖騎士で、今までずっと私のお気に入りだったラファエロよりも、ずっとずっと美しかった。

 凱旋されるという事を知り、父にどうにかお願いして出迎えの場に入れて貰えた時はチャンスだと思ったのに。
 今までで一番美しく見えるように頑張って装い待っていれば、
 門前に馬と一緒に麗しきシュヴァリエ様が現れた。
 きっとわたくしを見つけて下さるわ。と思っていた。
 甘い花の香りに引き寄せられる蝶のように側に寄る私を見る事もなく、一直線にあの小さな小娘の所へ行ってしまった。

 あの、小娘の、ところ、へ、いった。
 抱きしめて嬉しそうに笑うシュヴァリエ様…。

 悔しさにぶるぶる震えながら、シュヴァリエ様の一言でお開きになり、
 結局一度もあの輝く瞳の視界にすら入れて貰えなかった事で余計に苛立つ。
 近くにいた文官に小娘が誰だと問い詰めたら、今までお姿を見た事のなかった皇女だと怯えながら話した。

 皇女ですって?ということは、 シュヴァリエ様の妹なのね。
 使える、使えないで分ければ、使えるかもしれないわ。

 ふうん、私がお姉さまになってあげたほうがいいのかしら。
 皇帝の妃になれば、あの小娘は義妹だものね。
 けれど、シュヴァリエ様に愛されるのは私だけでいいわ。
 やがては要らない存在として他国にでも嫁にやらせようかしら。
 それが無理なら消すけれど、今は仲良くなった方が得策ね。

 とりあえず皇女を探ろうと思って隠密を放ったら、全員消えた。

 どうなってるの、あの皇女。
 瞳持ちで皇帝陛下でいらっしゃるシュヴァリエ様ならいざ知らず、側室腹で瞳も持たないあの皇女に腕利きの護衛を置くかしら…


 どうやって接触しようかと悩んでる間に、隣国の使節団を歓迎するお茶会が開かれるとのこと。
 その時に、皇女のお披露目も兼ねるとの情報が入ってきた。

 お茶会の招待状は教会当てに一通来ていたのを見つけ、父に同伴を強請り了承してもらった。

 妹だか何だか知らないけれど、お茶会では皇女と仲良くならないと。
 そして、シュヴァリエ様に紹介して貰うのだ。
 紹介された二人は見つめ合い、一目で恋に落ちてしまうだろう。
 あのパパラチアサファイアの瞳で熱く見つめてくれるはず。
「ああ、貴方は運命の人だ」と囁いてくれるはず。

 早くお傍に行かせて下さいまし、貴方のヴィヴィだと気づいて下さいまし。
 うっとりした顔でヴィヴィアーナは笑うのだった。
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