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第三章 クラウディアの魔力

閑話 国の思惑を語る王子たち。

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「ね、リディルはどう思った、今回の訪問。」

「ん? 皇女とお近づきになり、あわよくば婚約の足掛かりを作れ。だろ?」

「だよな。あの狸、使う言葉がいちいちいやらしいんだよ!
 あれ、絶対わざと煽ってきてたよな?
 普通に“お二人に年齢も近いので仲良くしてくれると同盟国としても助かる”で済ませられる話を、美しいとかどうとか、ほんっと気持ち悪い。
 宰相としての能力は尊敬するけど、個人的には積極的に関わりたいタイプじゃないな。さすが狸、いい性格してるよ。
 …僕の地雷の踏み方をよく分かってる所が余計ムカつく。
 帝国と同盟以上の繋ぎを持ちたいのは理解はするが、結局コレ婚約目当ての同行要請だったなんてガッカリだ。」

「一定の評価はされてるだろうが、俺らだってまだまだひよっこだからな。
 王宮の中でだってまだ俺らの扱いは幼い王子の域を出てないだろ?
 使節団に混ぜて貰えただけ僥倖だと思おう。
 もっと力を付けて、籠絡目当ての人形扱いを出来ない程になればいいんだよ。
 結果が全てなんだから。」

 リディルは、まだ落ち着かずぶつくさ言うジュリアスを諭すつもりで語り掛けながら、これは自分に言い訊かせてるようだと思った。

 寝台へ浅く腰掛けていた身体をそのままドサリとベッドに倒すジュリアス。
 
 ちらりとその姿をリディルは確認する。

 嫌な気持ちになるのはリディルも一緒だった。
 ソニエール王国の王子として、この一年で隣国としてもこの大陸としても最も重要視しなければならない国となりつつあるヴァイデンライヒ帝国とどこまで付き合えるか、前皇帝崩御の後のこの国が、どのような国へと変わっていくのか。
 毎日、張り詰めるような気持ちで神経を使っていた。
 この国として重要視される外交の使節団に二人で任命された時、自分達の日々の努力が欠片でもいい…少し報われたのだと思ったのだ。
 国の舵取りとしての決断を学ぶ難しい帝王学も、国や相手を見抜き如何様にも対応を変える外交術も、未だゴールのない王子教育も、どれもが頑張る事が当然だと押し付けられていたのではなく、常に見られ評価されていたのだと、無為ではなく成長を見られているのだと、嬉しかったのに。

 結局は、綺麗なお人形扱いだったのではないのか。
 国の駒としてのひとつに不満を持ったことはないが、己が日々の努力で得た能力を精査され評価されるのと、ただの綺麗な人形扱いだとでは、己の矜持の持ちようが違う。
 これでは、女の様に相手を籠絡して来いと言われてるようで、その事がただ綺麗であれば何でもいいと言われてるようで、ただ不快だった。


 リディルには、ジュリアスが今どのような気持ちでいるか手に取るようにわかる。
 ―――自分も同じ気持ちだったから。

 真っ白いシーツの上にサラサラとした濡れたような艶を放つ黒髪が広がる。
 ジュリアスの冬の空のように澄んだ碧い瞳は、ぼんやりと天蓋を見つめていた。
   
 リディルは自分のこの容姿を疎ましく思った事は、周囲の色んな思惑や誘惑に巻き込まれた事もあり何度となくあった。
 母親似の顔立ちは甘く、その為少し気が弱いと思われるのか、令嬢にしろ取り込もうとしてくる派閥の者達にしろ、しつこく言い寄って来る者が多い。

 正直、ジュリアス以上にリディルはこの顔が疎ましく感じている。

 ―――が、人心掌握するのに一番手っ取り早く、一番最初に視界に入り好印象を与えるのに有効的なのは、この容姿だというのも、頭では理解はしていた。
 リディルの本来の性格では王子は務まらないだろう。
 優しい微笑みや柔らかい雰囲気で語る事など、本音の姿では寒気がする。
 王子という仕事の為に仮面を被って、人に好まれる容姿はそれなりに使えるのだ。

 嫌だ嫌だと言っても、結局は、無いよりは有った方が武器になる。
 時に疎ましいこの顔は、強力なひとつの武器なんだろうなと苦い思いで笑う。




 ―――時は数刻前に戻る。

 使節団が帝国入りして数日、明日のお茶会の打ち合わせの為に外交団で集まった。
 さすが最重要国とあって、王子二人以外にも国の宰相も同行していた為、リーダーシップを取るのは宰相だった。
 前半の会議はスムーズに進んだ。
 使節団を歓迎してのお茶会ではあるが、昼間に催されるとはいえ、皇帝に加え上位の帝国貴族も軒並み参加する。
 この機会に力ある上位貴族とのパイプ作りをするのは当然の事だった。
 当日までに頭に叩き込んでおくようにと渡された資料には、有力貴族の名とその関係者の名、その領地や特産品。簡易的ではあるが、比較的話が弾みやすい話題などが記してある。
 整えられた資料は宰相が作成指示をしただけあって読み易く、さすが王国にマルクス・エクトルト有りと言われる男だと思う。
 この少ない時間で、よくここまで調査をし資料を纏めてきたものだ。
 父上にもそろそろ真面目に側近を作れと言われている。
 友人という情だけでは側近は選べない。
 政務や外交に同伴出来るレベルに明るそうな側近が欲しい。
 甘いかもしれないが、有能な人間が友人なのが一番いいが。
 仕事だけは尊敬出来る宰相、その息子も有能だと聞くが、側近候補としてリストに入れておこう。
 ジュリアスがそんな風に思案していると、宰相から声をかけられた。

「ジュリアス王子、リディル王子、少しいいですかな?」

 渡された資料を夢中で読み耽っていたリディルが顔を上げる。
 ジュリアスも顔を上げ、問いかける仕草をしたまま先を促すように頷いた。

「明日のお茶会、パイプを作る事が大切なので資料を作成し配布致しました。
 …が、一番重要な事は口頭にてお伝え致します。」

 一番重要な事は証拠を残さない。ということか?
 何をさせるつもりだ。

 宰相としてのこの男は有能な人間だから、そこだけは信頼しているが、個人的な性格を好ましく思った事はない。
 狡猾で口が上手く頭の回転が驚く程早い。
 話す相手に好印象を与える事など容易い筈なのに、時折わざと相手を試すような物言いをして不快感を与えてくる。
 この男の部下はストレスで胃を弱くしてそうだなと思った事も一度や二度ではない。
 何を基準にしているのか突然に躊躇なく劇毒のような行動を起こすのが、この男の一番厄介な所だと父が話していたのを思い出す。

 他国で劇毒な事をする程バカではないと思いたいが――――

 薄氷を踏むような状態の帝国滞在に、皇帝の不興を買う事はしたくない。

「帝国には大切に囲われた姫がいらっしゃるのは知ってらっしゃいますね?」

 問いかけられて、二人とも頷く。

「明日、初めてのお披露目をされるそうですよ。
 姫の髪色は皇帝と同じ白銀だとか。
 皇帝もあの若さで魅入られる程の美貌でしたが…
 その妹君である皇女も、さぞかし美しいでしょうなぁ。」

 ―――何がいいたい?

 怪訝な顔で宰相を見つめる二人。

「いやいや我が国の王子様方も負けてはおりませんがね。
 ジュリアス様の艶やかな黒髪も、鮮やかなブルートパーズのような瞳もとても美しい。
 リディル様の光輝く金髪と、エメラルドの様な瞳も素晴らしい。
 我が国のご令嬢方は、誰も彼も軒並み我らの王子二人に夢中だ。
 帝国の美姫の横に並べば、対の人形のようでしょうな。
 帝国の姫だとてまだ幼い女の子。特別綺麗なものは好きでしょう。
 同盟国としても、これから個人的に仲良くすることは大変好ましい。
 まして、お相手は帝国の掌中の珠の姫。
 お二人のどちらに姫が微笑まれたとしても、きっと絵画の一枚のようにお似合いでしょう。」


「…何が言いたい。」
「ジュリアス、落ち着け。」

 碧い瞳が剣呑な空気を湛えて細まり、低い声で問う。
 それをリディルに冷静な声で止められた。

「いやいや、私の独り言ですよ。明日のお茶会が楽しみですな。」

「「………っ。」」

 この狸…、外交に俺たち二人を入れたのはこれが理由か。

 これで会議は終わりだと周囲に告げ去っていく宰相の背中を見遣り、思わず舌打ちが漏れる。
 リディルの方へ視線を向けると咎めるような表情をしていた。

「はぁ…。わかったよ…。会議も終わった。リディル、僕の部屋に戻るよ。」


 ――と、そして部屋に戻り冒頭の愚痴だ。


「媚びて仲良くなれと言われても、どうみても傲慢な姫だったらリディルに頼むか。僕はリディル程気が長くないし。
 ヴァイデンライヒ帝国ほどの大国で、兄は皇帝で最高権力者、周囲に溺愛された掌中の珠扱い…そこで培養された姫がわがまま放題に育つってセオリーだよね。」

 ジュリアスは誰に訊かせるつもりもない独り言のように話す。

 リディルはそれを何となく訊き流し、語り始める。

「母親は側妃、現皇帝である兄によって断罪され毒杯で自死という名の処刑。
 兄は改革の中心人物で、その兄は帝国の膿を出し数多の俗物貴族を粛清後に即位。
 皇女として生まれてからずっと忘れ去られたように離宮暮らしで、ほんの少し前から皇宮で暮らし始めた。
 掌中の珠などと言われ皇帝は溺愛してるっていうけれど、真実はどうなんだろうな。
 幸か不幸か瞳持ちでない為に現在は皇位継承権は持たないが、いずれ姫が産む子供に瞳持ちが表れる可能性だってある。
 叛意を抱かぬよう今は溺愛しているポーズだけかもしれないぞ。」

「なに?リディルが珍しく皮肉気だね。」

「そうか? 我儘に育てられた傲慢姫がセオリーなら、実際は虐げられて偽りの鳥籠で飼い殺しされている哀れな姫もセオリーだろうなって思っただけさ。」

「ふうん? どっちでもいいか。明日になったらわかるよ。
 僕は姫と仲良くする気なんてないけどね。帝国の血を王国に入れるつもりはないし。」

 フッとリディルは笑ってジュリアスを見遣った。

「お前は天邪鬼だからな。そういう事にしておく。」

「……リディルっていい性格してるよね。」

「ジュリアスに言われたくない。」

 きょとんとお互い見つめあってつい吹き出す、そしてケラケラと笑い合った。

 狸な宰相の言葉に燃え上がった悔しさや苛立ち、輪郭を持たないぼんやりとした虚無感は気付けば綺麗さっぱり消えていた。
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