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08話
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アルベルティーナは、大国ブリュンヒルド王国の次期女王である。
母である女王は未だ全盛期と言わんばかりに辣腕を奮っているので、まだまだ先の事ではあるが。
次代を担う存在として幼少期から帝王学を叩き込まれた。
剣術・馬術・狩りは当然の事の様に習ったし、王女としてのダンスやマナー、苦手になった刺繍などもさせられた。
他国の王子がする様な勉強は楽しく、王女としての勉強の方がつまらなかった。
だから、気を抜くとついつい自分が女性であるという事を忘れてしまうのかもしれない。
綺麗過ぎるご尊顔の新しい婚約者にときめきよりも何か違うものを感じているのは、アルベルティーナならではなのかもしれなかった。
香り高い紅茶が注がれたカップから、ゆらゆらと湯気が立っている。
それを見つめつつ、現実逃避的回想をしていたのだけれど…
チラッとテーブルの向こう側を見る。
(!…っ。まだ見てらっしゃる……)
背筋がゾクリとする視線を感じながらするお茶って、猛獣の檻の前でお茶を啜る感じだわ…
その檻が錆びていて今にも朽ちそうだったら……
ぶるりとする。
余計な事を考えちゃ駄目。また読まれてしまう。
アレと相対する時は無よ、無。
心は常に凪いでいながらに警戒は最大限にして……
「アルベルティーナ様、ご帰国されてから、何をして過ごされて居ましたか?」
突然話しかけられて、ビクッとしてしまった。
この皇子と会う時の私はいつもおかしい。
帝王学を極め、武術を極め、次期女王として齟齬のない完璧な存在であろうと努力と研鑽を重ねた。
その結果で自信を得て、今のアルベルティーナという人間になった。
それなのに、この皇子と会う時は全てを引き剥がされて丸裸にでもなった気がする。
積み重ねて来たもので勝負ではなく、ただの私で勝負しろという様に心許ない気持ちにさせられるのだ。
私は王女で相手は皇子で、年齡だって同じ年だというのに。
皇子から醸し出される覇気みたいなものに潰されそう。
「何も…? 留学先で色々とありましたので、体と心を休める事を重視して過ごしていました。」
淡々と質問に答えながら、何故こんなに怖いのかを分析する。
コレを選ばなかった負い目的なのでも感じてるのかしら…
いや、初対面からこんな感じでしたわ…この方。
「そう…ですか。留学先ではさぞや辛い思いをされたことでしょう。私が傍に居たのなら、
貴方を粗雑に扱い、その様な気持ちを与えるものなど縊り殺したものを……」
私が傍に居たのなら…から、声が低くなり過ぎてよく聴き取れなかった。
傍に居たのなら何だったのかしら。
「ごめんなさい。最後が少し聞き取りづらかったですわ。もう一度……」
「その様な気持ちにさせなかった。と言ったのですよ、アルベルティーナ様。」
「そうかもしれませんね。ルシアノ様は、私と婚約などしたくなかったのでしょう。次期王配になれば、
一挙手一投足まで観察されます。女性問題など起こそうものなら、即切り捨てられますし。
婚姻までの時間で一生分遊びたかったのかもしれませんわ。
たくさんの女性と戯れたければ、婚約などせず自国に留まれば良かったですのに。
臣下に下っても公爵位を与えられたようですし、浮気など気にしない令嬢を娶って楽しく過ごされれば。」
ルシアノ王子の事はまだ恨んでいる。
周りに侮られ嘲笑われた記憶は、私の中ではまだ過去に出来ていない。
母国ではされた事のない扱いに、非常に腹が立っていた。
「最上の華を手にしながら、路傍の花に目移りする愚かな男です。
アルベルティーナ様のお心に留め置く必要もない。
むしろ、名前など呼ばぬとも“アレ”でいいくらいです。」
え…、私がライネリオ皇子の事を心の中でこっそりアレとか読んでるのバレてるんですか!?
ぶわわっと顔が赤くなり慌ててライネリオの顔を見る。
視線を受け止められ微笑み返された。
…よく分からないけれど、多分バレてないて思いますわ。
今話してたのはルシアノ様の事でしたわ。
微笑みで誤魔化された気もするけど。
「明日は婚約式だとか。今度は書面だけではなく披露する事で国内外に知らしめるそうですよ。」
えっ!?
明日婚約式って聞いてないんですけど!?
「どうされました?婚約式のお話は陛下からお聞きになられてませんでしたか?」
「聞いておりましたわ。明日ですのね…時が過ぎるのは早いですわね…。
婚約を今日正式に結び、明日に婚約式とか、焦りすぎではないですこと?
異例中の異例ですわ。婚姻式まで早かったら私が身籠ってるのではないかと、
醜聞に近い良くない噂でも立ちそうで嫌ですわ。」
ネチネチと嫌味を織り交ぜて喋りながら、心中はどういうつもりだと母を問い詰める気満々である。
ライネリオ様との婚約を嫌がっていたのを知らない母ではないだろう。
「そうですね。婚姻前にその様な行為に及んだと思われるのは、私も心外です。
その様な穿った見方をされる醜聞ではなく、真実愛し合っている者同士が、一刻も早く婚約したかったように振る舞わないといけませんね。
私はわざわざそのように振る舞わずともそれが真実ですが。」
「えっ…?」
何かサラッと言わなかった?
目を丸くしたアルベルティーナに質問する隙を与えることなく更なる爆弾を投下する。
「ああ、そういえば…留学で1年無駄にしましたから、婚姻式も早めると聞きましたよ。」
「まぁ……それは初耳ですわ……」
(お母様……娘には何も言わずに婿予定者にはペラペラと…きつめに問い詰めなければいけませんわね)
「そうですの。母の伝え漏れでもあったのでしょう。忙しい方ですから母は。仕方ないですわ。」
捕食するような視線がアルベルティーナの顔をつぶさに見つめているのがわかる。
私を見てという圧を感じつつ、なるべく目線を合わさない様にして、にっこり微笑んでおく。
アルベルティーナは分かっていた。
母に問い詰めた所で、この男から逃げる事は絶対に無理だろう。
見えない何かが既にアルベルティーナにぐるぐる巻き付いている気がする。
第1皇子も優秀だと聞いたが、それよりずば抜けて優秀な第2皇子。
視線が猛獣のソレ。
とんでもないのが次期王配になるんだなと他人事のように思った。
母である女王は未だ全盛期と言わんばかりに辣腕を奮っているので、まだまだ先の事ではあるが。
次代を担う存在として幼少期から帝王学を叩き込まれた。
剣術・馬術・狩りは当然の事の様に習ったし、王女としてのダンスやマナー、苦手になった刺繍などもさせられた。
他国の王子がする様な勉強は楽しく、王女としての勉強の方がつまらなかった。
だから、気を抜くとついつい自分が女性であるという事を忘れてしまうのかもしれない。
綺麗過ぎるご尊顔の新しい婚約者にときめきよりも何か違うものを感じているのは、アルベルティーナならではなのかもしれなかった。
香り高い紅茶が注がれたカップから、ゆらゆらと湯気が立っている。
それを見つめつつ、現実逃避的回想をしていたのだけれど…
チラッとテーブルの向こう側を見る。
(!…っ。まだ見てらっしゃる……)
背筋がゾクリとする視線を感じながらするお茶って、猛獣の檻の前でお茶を啜る感じだわ…
その檻が錆びていて今にも朽ちそうだったら……
ぶるりとする。
余計な事を考えちゃ駄目。また読まれてしまう。
アレと相対する時は無よ、無。
心は常に凪いでいながらに警戒は最大限にして……
「アルベルティーナ様、ご帰国されてから、何をして過ごされて居ましたか?」
突然話しかけられて、ビクッとしてしまった。
この皇子と会う時の私はいつもおかしい。
帝王学を極め、武術を極め、次期女王として齟齬のない完璧な存在であろうと努力と研鑽を重ねた。
その結果で自信を得て、今のアルベルティーナという人間になった。
それなのに、この皇子と会う時は全てを引き剥がされて丸裸にでもなった気がする。
積み重ねて来たもので勝負ではなく、ただの私で勝負しろという様に心許ない気持ちにさせられるのだ。
私は王女で相手は皇子で、年齡だって同じ年だというのに。
皇子から醸し出される覇気みたいなものに潰されそう。
「何も…? 留学先で色々とありましたので、体と心を休める事を重視して過ごしていました。」
淡々と質問に答えながら、何故こんなに怖いのかを分析する。
コレを選ばなかった負い目的なのでも感じてるのかしら…
いや、初対面からこんな感じでしたわ…この方。
「そう…ですか。留学先ではさぞや辛い思いをされたことでしょう。私が傍に居たのなら、
貴方を粗雑に扱い、その様な気持ちを与えるものなど縊り殺したものを……」
私が傍に居たのなら…から、声が低くなり過ぎてよく聴き取れなかった。
傍に居たのなら何だったのかしら。
「ごめんなさい。最後が少し聞き取りづらかったですわ。もう一度……」
「その様な気持ちにさせなかった。と言ったのですよ、アルベルティーナ様。」
「そうかもしれませんね。ルシアノ様は、私と婚約などしたくなかったのでしょう。次期王配になれば、
一挙手一投足まで観察されます。女性問題など起こそうものなら、即切り捨てられますし。
婚姻までの時間で一生分遊びたかったのかもしれませんわ。
たくさんの女性と戯れたければ、婚約などせず自国に留まれば良かったですのに。
臣下に下っても公爵位を与えられたようですし、浮気など気にしない令嬢を娶って楽しく過ごされれば。」
ルシアノ王子の事はまだ恨んでいる。
周りに侮られ嘲笑われた記憶は、私の中ではまだ過去に出来ていない。
母国ではされた事のない扱いに、非常に腹が立っていた。
「最上の華を手にしながら、路傍の花に目移りする愚かな男です。
アルベルティーナ様のお心に留め置く必要もない。
むしろ、名前など呼ばぬとも“アレ”でいいくらいです。」
え…、私がライネリオ皇子の事を心の中でこっそりアレとか読んでるのバレてるんですか!?
ぶわわっと顔が赤くなり慌ててライネリオの顔を見る。
視線を受け止められ微笑み返された。
…よく分からないけれど、多分バレてないて思いますわ。
今話してたのはルシアノ様の事でしたわ。
微笑みで誤魔化された気もするけど。
「明日は婚約式だとか。今度は書面だけではなく披露する事で国内外に知らしめるそうですよ。」
えっ!?
明日婚約式って聞いてないんですけど!?
「どうされました?婚約式のお話は陛下からお聞きになられてませんでしたか?」
「聞いておりましたわ。明日ですのね…時が過ぎるのは早いですわね…。
婚約を今日正式に結び、明日に婚約式とか、焦りすぎではないですこと?
異例中の異例ですわ。婚姻式まで早かったら私が身籠ってるのではないかと、
醜聞に近い良くない噂でも立ちそうで嫌ですわ。」
ネチネチと嫌味を織り交ぜて喋りながら、心中はどういうつもりだと母を問い詰める気満々である。
ライネリオ様との婚約を嫌がっていたのを知らない母ではないだろう。
「そうですね。婚姻前にその様な行為に及んだと思われるのは、私も心外です。
その様な穿った見方をされる醜聞ではなく、真実愛し合っている者同士が、一刻も早く婚約したかったように振る舞わないといけませんね。
私はわざわざそのように振る舞わずともそれが真実ですが。」
「えっ…?」
何かサラッと言わなかった?
目を丸くしたアルベルティーナに質問する隙を与えることなく更なる爆弾を投下する。
「ああ、そういえば…留学で1年無駄にしましたから、婚姻式も早めると聞きましたよ。」
「まぁ……それは初耳ですわ……」
(お母様……娘には何も言わずに婿予定者にはペラペラと…きつめに問い詰めなければいけませんわね)
「そうですの。母の伝え漏れでもあったのでしょう。忙しい方ですから母は。仕方ないですわ。」
捕食するような視線がアルベルティーナの顔をつぶさに見つめているのがわかる。
私を見てという圧を感じつつ、なるべく目線を合わさない様にして、にっこり微笑んでおく。
アルベルティーナは分かっていた。
母に問い詰めた所で、この男から逃げる事は絶対に無理だろう。
見えない何かが既にアルベルティーナにぐるぐる巻き付いている気がする。
第1皇子も優秀だと聞いたが、それよりずば抜けて優秀な第2皇子。
視線が猛獣のソレ。
とんでもないのが次期王配になるんだなと他人事のように思った。
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