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第1話 殿下、そろそろ…
しおりを挟む「シリウス様ぁ!」
喜色に溢れた年若い令嬢の声が聴こえる。
特徴的な甲高い声は、彼女以外では聞いた事もない独特の間延びした話し方によって、それが誰であるかすぐ分かる程。
それに反応するまでに少しの間があく。
シリウスは美しい瞳を一瞬スッと細め、不敬上等と側へと走り寄って来る対象を捉えると、お手本のような作り物の微笑みを浮かべた。
(あら、殿下のお気に入りのご令嬢だと思っていましたけれど、もう飽きたのかしら? 私が思うより早いですわね。)
「ああ、マリーメイ嬢か。今日も愛らしいな。ここで会うとは嬉しい偶然だ。
さて…今日は登城の予定があったか?」
今まで幾度となく他の令嬢へと使い古された白々しく甘ったるい科白。
それを、ただ横で静かに聞いている。
シリウスの言葉に令嬢の甘えるような返答が続く。
それを左から右へと聞き流しながら、フィーリアは『今日の妃教育は物足りなかったな…』と考えていた。
飽きた相手には余り時間を使わないシリウスにしては今日は長い方だ。
未だにシリウスとご令嬢の会話は続いている。
シリウスに切り上げる気がないのか、それとも令嬢がだらだらと途切れる事なく話し続け、中々の手腕でこの場にシリウスを縛り付けているのか分からないが、いつまでも終わりの見えない甘ったるい掛け合いが続いている。
この場に必要のない役者であるフィーリアからすれば、この時間が続く事はちょっとした苦行であった。
だって時間が勿体ない。
時間は無限じゃない。有限なのだ。
(こんなに時間が掛かるなら、新作の魔導具の案をひとつでも浮かんだかもしれないわ。今取りかかってる火の要らないフライパンとかの案をもっと練る事も出来たのに―――)
考えれば考える程にこの意味の無い時間が勿体なさすぎると悲しくなってくる。
フィーリアはの時間は一日二十四時間しかないのだ。
二人は一日四十八時間所持しているのだろうか。
時の流れは誰にも平等な筈だ。
今からシリウスと向かう予定だった場所は、組み込まれた予定のひとつな為、この苦行のような甘い時間を我慢して待っていた。
ご令嬢がグイグイとシリウスに身体を押し付けている為、当初横に並んで立っていたが、大きく二歩程の距離を取ってシリウスの後ろに立って待っているのである。
(ふぅ……もういいか。)
これ以上無駄な時間の消費に耐えられない。
今日はさっさと見切りをつける事にした。
「殿下、わたくしもそろそろ帰りませんと。お父様が心配して配下を使って大捜索に来てしまいますわ。本日の予定されていたお茶を共にする交流会はキャンセル致しましょう。また今度登城した際にでも――――」
「あ、ああ…すまない。お茶は次回にでも…是非よろしく頼む。」
「ええ、楽しみにしております。では、御機嫌よう。」
スッと背筋が伸びた高貴な気品溢れる綺麗な所作で淑女の礼をすると、フィーリアはシリウスの隣でギラギラとした瞳で睨みつけて来る獰猛な子猫に目線を向ける事なく去っていくのだった。
静々と歩を進めているように見せかけて、いつもより少しだけ足早に。
シリウスは、その凛とした後ろ姿を見送る。
その瞳には切ないほどの思慕が映っていた。
去って行く彼女の美しい後ろ姿が左へと曲がり消えてしまうまで、ずっと。
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