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11 アンドレ・ヘルグレーンという男。 4

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アンドレは、堅物である。
母が亡くなってから二年、父や家令はおろか己すら忘れていたが、清い身であった。

イルヴァとの婚約を成立させ、逸る気持ちのアンドレを応援するかの様に、父は婚約期間を三ヶ月とした。

実はもうだいぶイルヴァの魅力にやられているアンドレは「夜の女神の美貌と、清らかな聖女の様な純真さ、頭脳明晰なイルヴァが、あの令嬢の様な愚かな振る舞いをするとは微塵も思わないが」とイルヴァを女神の様に崇める頭の中で、それでもやはりトラウマになっていたのか、婚約期間を通常の1年間にされ、長い我慢をさせられる事は嫌だった。

しつこいようだが、アンドレは清い身である。
三ヶ月という上位貴族では考えられない婚約期間中の今からでも駆け足で閨教育を・・・
とはならなかった。

成人している令息ならとっくに済ませていてもおかしくなかった閨教育を、一切何もしていない純粋培養のアンドレ。
その事にようやく気付いた家令の指摘で、思い出した公爵が慌ててアンドレに閨教育を打診した。

「父上、ご心配にはお呼びません。閨教育に関しては書物のみで学びたいと思います。実施での教育などや睦み合う者達を見て学ぶなどの教育は、今更必要ありません。私は、イルヴァと二人で学んでいきますので。」

それもそうか、もう婚約者の居る身なのだ。
裸の女性を見るのも触れ合うのも、これだけイルヴァを大切にしているアンドレにはこだわりがあるのだろう。
そう公爵は思い、閨教育は女性の身体が部位別に詳細に描かれた薄い本と、閨に関しての手順や作法などが事細かに記載された分厚い本、その2冊でアンドレの閨教育は修了した。

――――それが良かったのか悪かったのか。

アンドレは思った。夜の女神がベッドの前で立ち尽くしている・・・と。
室内をほんのり照らす淡い室内灯で、部屋の中は妙な雰囲気が醸し出され、この時間が何をする時間であるかを、意識させられる。

「「・・・・・」」
お互いにかける言葉が見つからず、無言のまま見つめ合う。


動き出したのはアンドレだった。
立ち尽くしていた扉前から進み、カチリと静かに扉を閉めると、ベッドの前で立ち尽くすイルヴァに素早く近付きそっと抱き締めた。

イルヴァの柔らかな身体を感じる。
抱き締めた時から微かに震えていたイルヴァが、背中に腕を回してきたのを感じて、アンドレも緊張した。
そのままアンドレはイルヴァの顎に手を添えて、伏せられた顔を上向かせる。
恥じらう様子が初々しい。

ふとイルヴァの目元の隈に気付いた。
三ヶ月という短い婚約期間、婚姻の準備期間でもあった。
王城での仕事が多く忙しいアンドレを気遣い、細々とした準備に対する指示や招待状などの采配、披露宴で振る舞われる料理やお酒などの手配まで、殆どイルヴァが担ってくれていた。

イルヴァの提案で、披露宴に招待した貴族が帰宅する際にちょっとしたプレゼントと手書きのメッセージカードを渡したそうだ。
まだ宴は続いてるだろうが、使用人の話によれば早めに帰った貴族にはもう渡したそうで、反応も悪くなかったと聞いた。

腕の中でもぞもぞとイルヴァが動く。

考え事をしながらイルヴァの隈を指先でずっと撫でていたらしい。
熟れた苺の様な赤い顔になったイルヴァに気付き、慌てて手をおろす。
抱擁を一度解いて身体を離し、イルヴァの手を繋ぎベッドに誘導した。

横になったイルヴァの横に身体を滑り込ませ、
「今日はとても疲れているだろうから、このまま眠ろう。初夜だけど、何も行為をすることだけが夫婦ではない。まだ婚約から3ヶ月の私達は、お互いに知らないことも多いだろう。ゆっくり進めて行きたい。ゆくゆくは愛し愛される夫婦になりたいのだよ。」
と、イルヴァを引き寄せてギュッと抱き締めた。
「はい・・・」
小さくイルヴァは返事をした。

イルヴァの長く艷やかな髪をそっと梳いた。
サラサラと手触りがよく、梳かす度にイルヴァの花の様な香りが鼻をくすぐってたまらない気持ちになる。

「私と同じ黒髪でも、君の方の髪の方が青みがかっていて艷やかで綺麗だな。」
モヤモヤとする経験した事のない気分を逸らすように話す。

「ありがとうございます。もっと髪の手入れも頑張りますね。」
腕の中のイルヴァは嬉しそうにフフっと笑った。

胸に頬を擦り寄せるイルヴァに心が温かくなりながら、目を閉じた。
何も急ぐことはない、私達には時間がたっぷりあるのだから。
アンドレはそう思った。
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