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遠回りな告白 真面目×バカ
しおりを挟む遠回りな告白
きょろきょろと辺りを見渡して、渉(わたる)は人がいないかを念入りに確認した。
夜、就寝時間も過ぎた寮から抜け出て、入口の裏手にある大木に来ていた。
しんとした静かな中、外気が少しだけ寒く、暖を取るように両手を口元に当ててから、持って来ていた小さなシャベルをジャンパーのポケットから取り出した。
そしてしゃがみ込み、ある場所を必至に掘り始めた。
十数分後、穴の底に握りこぶしを入れて肘位まで掘ると、渉はシャベルとは反対のポケットから無理矢理詰め込んでいたあるものを引っ張り出した。それは薄い数学の教科書だった。ただ、それは渉自身のものではなく、他人から借りたものだった。
それを穴に入れようとした所で、渉は光を当てられ、更に何者かに呼び止められてびくりと身体を震わせた。
「渉、こんな時分に何をしている」
「か、奏(かなで)……どうしてここに?!」
「お前が不自然なくらいそわそわしていると思ったら寮を勝手に抜け出すから、寮長として取り締まろうとして後を付けて来たんだ」
「うぅ……」
「それより、一生懸命掘った穴に埋めようとしているのはもしかして一年前に俺が貸した教科書じゃないか?」
声のした方を振り返れば、調った容貌を呆れた表情にした同室の奏がライトを手に立っていた。
渉は急に現れた同室に動揺し、ライトの光に眩しさを感じながら咄嗟に教科書を後ろに隠そうとしたが、遅かった。
どうごまかそうかと考えを巡らせたが頭の回転が早い方ではない渉には上手い言い訳は浮かんでこなかった。
「確か、紛失したと言ってなかったか?」
「こ、これは奏のじゃなくて……」
「ほう、ちゃんと俺の名前が書いてあるのにか?」
「それはだな……って、あぁ!」
教科書を取り上げられ、渉は焦ったように手を延ばすがひょいと交わされた。
意味なくパラパラと中を確認するように教科書をめくっていく奏に、渉は段々と顔を青ざめさせていった。
そこには奏に見られたくない事が書き込んであった。正しくは書き込んでしまったというべきか。
渉は自分の浅はかな行動に、これほど悔やんだ事はなく、今回ばかりは涙が目に滲んで来た。
奏は渉の様子にため息をついてから教科書をめくるのを途中で止め、頭を優しく撫でてやった。地面に膝をついたまま、ぎゅっとパンツの裾を握り、何かに堪える姿は幼く、可愛いらしかった。
「お前の事だから授業中、暇だからといって人の教科書に落書きしたんだろう? 多少の落書きなら正直に言えば許してやったのに。しかも一年前の事なんだからな」
「……の……じゃない」
「ん? なんて言ったんだ? よく聞こえなかった」
「ただの落書きじゃない!」
「は……?」
「見てみればいいだろ!」
急に自棄になった渉に戸惑いつつも、奏は再びパラパラとめくり始め、あるページに目を止めた。
頬が熱くなる。奏が見ているページがどこなのか、渉は一年前を思い出していた。
□□□
そもそも渉は元々寮生ではなかった。しかし、一年の二学期、親が長期単身赴任のために、母親が一人家に置いておくのは不安だと、渉は急遽寮に入る事となった。そこで相部屋となったのが学年首席である奏で、当初は先入観からか、頭がいい事を鼻にかける嫌な奴という印象を持っていて、渉は少々彼が同室という事に難色を示した。
寮の部屋割りはよほどの事がないかぎりは三年間同じ同室者だ。幸いクラスは違うのだし、寮の部屋では極力自分の与えられた狭いスペースに篭っていようと決めたのだった。
一方、奏の方も同じ気持ちだったのか、彼も自分のスペースに篭りきりだった。 共有スペースで顔を合わせる事は殆どなく過ごしていたが、ある事がきっかけでお互い苦手意識は先入観からくる誤解だと解り距離が急速に縮まったのを鮮明に思い出せてしまう。
あれから昔からつるんでいたかのように渉と奏は共に行動するようになった。
周囲はタイプの違う二人が仲良くする姿に驚いていたようだが、それも最初だけで、次第に渉=奏という図式まで出来上がる程になっていた。
そのうち、いつも一緒にいるうちに渉は奏に淡い気持ちを持ち始めた。同性に恋を抱く事は何度かあったため、戸惑いはなかったが、同室者で何より友人である奏を好きになるのは今までにないことだった。
一緒にいるたびにドキドキと胸を高鳴らせ、相手に悟られないように必至にごまかしてきた。しかし、たまたまテストが近く、数学を勉強しようと、らしくなく優等生な考えを起こし、教科書を部屋に持ち帰った渉は、次の日見事に部屋に数学の教科書を忘れてしまい、取りに行くのも面倒だと奏に借りることにした。
仲良くなったと言っても学校ではクラスが違い、昼休みにご飯を一緒に食べる時くらいだ。
短い休み時間に渉は変な緊張をしながら奏の教室を訪れた。
奏から教科書を借りる事が出来た渉は、ご機嫌で授業を受けていた。自分と違い真面目に受けているだろう奏の教科書には書き込みがいくつかしてあり、彼の授業風景を想像しては渉の口元はにやける。
殆ど教師の言葉等入って来ない状態ながら、渉は奏の姿を思い浮かべて、無意識に教科書に書き込みをしてしまっていた。
所詮落書きだ。
しかしはっと渉が自分の行動に気が付いた時には後の祭である。 シャーペンならまだ消しゴムで消せた物を、答え合わせのため赤ペンを握っていたせいで、赤で書かれたそれに、赤面してしまう。
「やば……」
小さく呟いて必至にどうしようかと考えていた。塗り潰してしまえば、後で奏に何を書いたのかと糾弾されるかもしれない。そんな浅はかな考えでうめつくされ、渉は結局失くしたと、当時奏に嘘をついたのだった。
それから一年が過ぎ、いつまでも持っていたら同室である以上見つかってしまうかもしれないと考え、そしてゴミとして捨てれば出す時にばれてしまうと思い、ならば埋めてしまおうと思いついたのだった。
結果的には奏に見つかり、ばれてしまったのだから意味のないものとなってしまったが。
□□□
「いったい何を書いたんだ」
やけくそ気味な渉に呆れながら、奏は止めていた手を動かして頁をめくりだした。
他愛もない落書きに、何を神経質になる必要があるのかと思いながら、一つの頁にたどり着いた。 目を見開いて、驚きと共にそこに書いてある事が真実なのかと渉を見れば、顔を赤く染めて視線に堪えられないというように俯いた。
「……マジか?」
渉につられて顔が赤くなっているだろう奏は、にやける口元を思わず手で隠した。
「……マジ」
「なんだ、俺達両想いか。我慢してた自分が馬鹿みたいだ」
「へ……っ?」
ぽつりと呟かれた言葉に渉はこくりと頷くと、予想もしなかった台詞が奏から吐き出された。
渉が顔を思いきって見上げれば、頬を少しだけ赤くして笑う奏と目があう。
「俺もお前と同じだと言ってるんだ」
「マジ……?」
「こんな可愛い落書きなら、変な嘘をつかなくても良かったのに、お前という奴は……」
「だって、普通はこんな事書いたら引かれるって思うだろ!」
「まぁな。だが、俺は引かない」
渉の視線に合わせて奏はしゃがみ込み、額をくっつけた。
「奏がスキって、お前の口から聞きたいんだが?」
「そんな事言えるか!」
「可愛くないな。まぁ、そんなお前も好きだけどな」
「おまっ、さらりと……!」
「さて、寮に帰るぞ」
「はぁっ……?!」
からかうように言われた渉は奏を睨みつけるが、まったく効果はないようだった。さらに何事もなかったように立ち上がった。
唐突な行動ばかりの奏に戸惑いながら、渉は歩き出した奏の後を追った。
「そのうち、こんな教科書の落書きからじゃなくてちゃんとお前の口から聞き出してやるからな」
覚悟しろ。と笑う奏に、耳まで赤く染めた渉は何も言えなくなった。
奏と両想いだと分かった渉であったが、素直に言葉にするのは遠いようだった。
END
↑の話の最初に書いて没になったものがあります。
テイクワン
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