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29.無意識の願望
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十月に入ると、より一層文化祭の準備で忙しくなった。授業以外の時間はほぼ文化祭準備に充てられ、みんな疲れを滲ませながら一生懸命頑張っている。
リックはひとりだけ調理班になったため、ここ最近は二人と分かれて調理室に籠もっていた。クッキーやケーキなどの試作を行い、提供速度などを吟味しながらメニューを決める手伝いをしている。
一方のレイとノエルがいる給仕班は、衣装合わせやシフト作成に駆り出されているらしく、そちらも忙しくしているようだった。部屋に戻ってくる時間も違うため、必然的にレイと顔を合わせるタイミングが減っていく。
「あ~~~、今日も疲れた……」
リックは大きな独り言を零すと、部屋の扉を開いた。部屋には誰もおらず、窓から差し込む月明かりがベッドの縁を淡く照らしているのみである。夏の名残はすっかり消え失せ、部屋の暗さと相まって秋の肌寒さを感じた。特に今日はよく冷える。
リックはぷるっと身震いすると、壁伝いに手を這わせて電気をつけた。パッと部屋が明るくなるだけでも、寒さが和らぐような気がする。
リックはローブを椅子にかけると、クローゼットからカーディガンを取り出した。もこもこのそれを羽織り、温かい飲み物でも持ってこようかと思案する。
給湯室は寮部屋を何室か挟んだ先にある。洗面所や給湯室は等間隔に配置され、共用スペースだ。夏場は部屋に小さな冷蔵庫があるから問題ないが、冬はいちいち外に出ないとお湯が得られないのが難点だった。
「どうすっかなぁ……」
寒いから、何か飲みたいような気もする。それに、レイだってそのうち戻ってくるだろう。
そんなふうに考えて、アイツに飲み物は果たして必要なのだろうかと疑問が湧いた。食べ物は腹に溜まらないと言っていた。ただ味だけを楽しんでいるだけだと。ということは、飲み物も同じなのだろうか。
(そもそも常に体が冷てぇしな……)
レイの体は真夏でも冷たい。そして、腹を空かせているときは特に冷たかった。
「つーか、ここ最近、血を吸われてないような……?」
体調を気遣ってなのかもしれないが、既に血を吸われてから一週間以上経っている。リックとしてはありがたいことだが、レイにとっては死活問題ではなかろうか。
(って、なんでこんなこと心配してんだよ……)
そんなことよりも考えるべきことはまだまだある。レイにキスされたこともそうだし、結局受け取らなかった花のことだって。
リックの頭を締めるのは、レイに関することばかりだった。
結局、花は誰からも貰っていないし、渡してもいない。このままだと、今年も行き先がなさそうだ。
リックは、机に置いたままの薔薇を手に取る。レイによってリボンに刻まれた名前を指でなぞった。
(アイツは誰かに渡したんだろうか)
きっと今頃、文化祭準備を口実にたくさんの女生徒から言い寄られているに違いない。まだひとつとして薔薇を持ち帰っていないのが不思議なくらいだ。女子たちが牽制しあっている可能性もあるが、実はリックが見ていないだけで受け取っているかもしれない。
こんなに気になるなら、レイと花を交換しておけばよかったといまさらながら後悔した。深い意味を持たせず、友だちとして交換してしまえばここまで気を揉まなかったのに。
「…………考えんのやめよ」
途端に喉の渇きも失せ、無気力になる。
リックは淡々と風呂へ行き、寝る準備まで一気に済ませると、いまだ帰ってこない男のベッドを見つめた。
「早く帰ってこいよ、馬鹿」
いい加減、レイの顔をちゃんと見たい。放課後は言わずもがな、起床の時間も合わず、すぐに準備へ行かねばならないため、レイとは話すらできていない。
レイと顔を突き合わせたとて、特別話したいことなどないのだが、それでも授業以外でレイと顔を合わせて声を聞きたかった。それぐらい、レイの要素が枯渇している。
「他の奴とよろしくやってたら一発殴ってやる」
リックは恨みがましく呟くと、目を閉じた。
ふと、体に重みを感じて意識が浮上した。
唇に柔らかな感触がする。それと同時にベッドが軋む音と衣擦れの音がやけに響いて、リックは重たい瞼を押し上げた。
「れ、い……?」
「あぁ、すまない。起こしてしまったか」
まだ完全に覚醒しきっていない脳みそが、ぼんやりとレイの存在を認識する。
レイはリックの布団を胸元まで剥ぐと、汗ばんだ首筋にタオルを押し当てた。そのままタオルをすべらせ、汗を拭っていく。
丁寧に汗を拭われ、頬に冷たい手を押し当てられたとき、やっと自分の体がおかしいことに気付いた。
「もしかして、おれ、またうなされてた……?」
「…………」
レイはうんともすんとも言わない。無言は肯定と捉えていいだろう。体を起こそうとするも、うまく力が入らなかった。
「起き上がろうとするな。そのまま寝ていろ」
「ん……そーする」
風邪を引いたときみたいに体が怠い。だけど、以前よりは幾分かマシだ。寝ている間に、レイが熱を吸い取ってくれたのかもしれない。
「……お前、さっき帰ってきたの?」
「あぁ」
「そっか……あんま遅くまでがんばんなよ」
「さほど頑張ってはいない。ただ、他の奴等が離してくれなくてな」
「あはは、おまえ、モテるからだろ……」
いまだ頬に押し当てられたままの手に自ら頬ずりする。冷たくて、気持ちがいい。ずっと、ここにあればいいのに、と無意識に思ってしまった。その無意識が行動に出たのか、レイの腕を引き寄せてしまう。
レイは相変わらず何を考えているのか分からない目で、こちらを見下ろしていた。
「その他大勢に好かれても困るだけだ」
「そーお? 俺はたくさん好かれてーけどなぁ……」
レイの落ち着いた声がまた眠気をいざなう。ほとんど頬の熱もレイの手に移っていた。
「たったひとりに好かれていればそれでいい」
「んー……それもそうかも……てか、お前さぁ…………」
食事はしなくていーの?
花はもらってきた?
レイといろんなことを話したいのに、うまく言葉にならない。むにゃむにゃと口を動かしていると、「もう寝ろ」と瞼に手を添えられた。
「……もうちょっと、はなしたい……」
「我儘を言うな」
「だって……おまえ、俺が寝たら、はなれるだろ……」
この手を離したくない。できれば眠りにつくギリギリまで、否、目覚めるその瞬間も傍にあって欲しい。
「……離れない」
「ほんとに?」
「あぁ」
(それならいっか……)
レイの冷たい手にもう一度頬ずりし、腕を引いてぎゅっと抱き込む。リックはふふっ、と小さく笑うと、レイの腕を抱えて眠りについた。
リックはひとりだけ調理班になったため、ここ最近は二人と分かれて調理室に籠もっていた。クッキーやケーキなどの試作を行い、提供速度などを吟味しながらメニューを決める手伝いをしている。
一方のレイとノエルがいる給仕班は、衣装合わせやシフト作成に駆り出されているらしく、そちらも忙しくしているようだった。部屋に戻ってくる時間も違うため、必然的にレイと顔を合わせるタイミングが減っていく。
「あ~~~、今日も疲れた……」
リックは大きな独り言を零すと、部屋の扉を開いた。部屋には誰もおらず、窓から差し込む月明かりがベッドの縁を淡く照らしているのみである。夏の名残はすっかり消え失せ、部屋の暗さと相まって秋の肌寒さを感じた。特に今日はよく冷える。
リックはぷるっと身震いすると、壁伝いに手を這わせて電気をつけた。パッと部屋が明るくなるだけでも、寒さが和らぐような気がする。
リックはローブを椅子にかけると、クローゼットからカーディガンを取り出した。もこもこのそれを羽織り、温かい飲み物でも持ってこようかと思案する。
給湯室は寮部屋を何室か挟んだ先にある。洗面所や給湯室は等間隔に配置され、共用スペースだ。夏場は部屋に小さな冷蔵庫があるから問題ないが、冬はいちいち外に出ないとお湯が得られないのが難点だった。
「どうすっかなぁ……」
寒いから、何か飲みたいような気もする。それに、レイだってそのうち戻ってくるだろう。
そんなふうに考えて、アイツに飲み物は果たして必要なのだろうかと疑問が湧いた。食べ物は腹に溜まらないと言っていた。ただ味だけを楽しんでいるだけだと。ということは、飲み物も同じなのだろうか。
(そもそも常に体が冷てぇしな……)
レイの体は真夏でも冷たい。そして、腹を空かせているときは特に冷たかった。
「つーか、ここ最近、血を吸われてないような……?」
体調を気遣ってなのかもしれないが、既に血を吸われてから一週間以上経っている。リックとしてはありがたいことだが、レイにとっては死活問題ではなかろうか。
(って、なんでこんなこと心配してんだよ……)
そんなことよりも考えるべきことはまだまだある。レイにキスされたこともそうだし、結局受け取らなかった花のことだって。
リックの頭を締めるのは、レイに関することばかりだった。
結局、花は誰からも貰っていないし、渡してもいない。このままだと、今年も行き先がなさそうだ。
リックは、机に置いたままの薔薇を手に取る。レイによってリボンに刻まれた名前を指でなぞった。
(アイツは誰かに渡したんだろうか)
きっと今頃、文化祭準備を口実にたくさんの女生徒から言い寄られているに違いない。まだひとつとして薔薇を持ち帰っていないのが不思議なくらいだ。女子たちが牽制しあっている可能性もあるが、実はリックが見ていないだけで受け取っているかもしれない。
こんなに気になるなら、レイと花を交換しておけばよかったといまさらながら後悔した。深い意味を持たせず、友だちとして交換してしまえばここまで気を揉まなかったのに。
「…………考えんのやめよ」
途端に喉の渇きも失せ、無気力になる。
リックは淡々と風呂へ行き、寝る準備まで一気に済ませると、いまだ帰ってこない男のベッドを見つめた。
「早く帰ってこいよ、馬鹿」
いい加減、レイの顔をちゃんと見たい。放課後は言わずもがな、起床の時間も合わず、すぐに準備へ行かねばならないため、レイとは話すらできていない。
レイと顔を突き合わせたとて、特別話したいことなどないのだが、それでも授業以外でレイと顔を合わせて声を聞きたかった。それぐらい、レイの要素が枯渇している。
「他の奴とよろしくやってたら一発殴ってやる」
リックは恨みがましく呟くと、目を閉じた。
ふと、体に重みを感じて意識が浮上した。
唇に柔らかな感触がする。それと同時にベッドが軋む音と衣擦れの音がやけに響いて、リックは重たい瞼を押し上げた。
「れ、い……?」
「あぁ、すまない。起こしてしまったか」
まだ完全に覚醒しきっていない脳みそが、ぼんやりとレイの存在を認識する。
レイはリックの布団を胸元まで剥ぐと、汗ばんだ首筋にタオルを押し当てた。そのままタオルをすべらせ、汗を拭っていく。
丁寧に汗を拭われ、頬に冷たい手を押し当てられたとき、やっと自分の体がおかしいことに気付いた。
「もしかして、おれ、またうなされてた……?」
「…………」
レイはうんともすんとも言わない。無言は肯定と捉えていいだろう。体を起こそうとするも、うまく力が入らなかった。
「起き上がろうとするな。そのまま寝ていろ」
「ん……そーする」
風邪を引いたときみたいに体が怠い。だけど、以前よりは幾分かマシだ。寝ている間に、レイが熱を吸い取ってくれたのかもしれない。
「……お前、さっき帰ってきたの?」
「あぁ」
「そっか……あんま遅くまでがんばんなよ」
「さほど頑張ってはいない。ただ、他の奴等が離してくれなくてな」
「あはは、おまえ、モテるからだろ……」
いまだ頬に押し当てられたままの手に自ら頬ずりする。冷たくて、気持ちがいい。ずっと、ここにあればいいのに、と無意識に思ってしまった。その無意識が行動に出たのか、レイの腕を引き寄せてしまう。
レイは相変わらず何を考えているのか分からない目で、こちらを見下ろしていた。
「その他大勢に好かれても困るだけだ」
「そーお? 俺はたくさん好かれてーけどなぁ……」
レイの落ち着いた声がまた眠気をいざなう。ほとんど頬の熱もレイの手に移っていた。
「たったひとりに好かれていればそれでいい」
「んー……それもそうかも……てか、お前さぁ…………」
食事はしなくていーの?
花はもらってきた?
レイといろんなことを話したいのに、うまく言葉にならない。むにゃむにゃと口を動かしていると、「もう寝ろ」と瞼に手を添えられた。
「……もうちょっと、はなしたい……」
「我儘を言うな」
「だって……おまえ、俺が寝たら、はなれるだろ……」
この手を離したくない。できれば眠りにつくギリギリまで、否、目覚めるその瞬間も傍にあって欲しい。
「……離れない」
「ほんとに?」
「あぁ」
(それならいっか……)
レイの冷たい手にもう一度頬ずりし、腕を引いてぎゅっと抱き込む。リックはふふっ、と小さく笑うと、レイの腕を抱えて眠りについた。
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