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11.手間のかかる餌
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「お前、マジでなんなの!? 俺のこと殺す気なわけ??」
レイと不本意ながら上空ランデブーをしたのち、リックは自室のベッドに降ろされた。
まだ心臓がばくばくと音を立てている。鼓膜の裏で心臓が脈打っているみたいだ。
立てなくなるまで血を吸われた挙句、空高くまで飛ぶ羽目になるなんて。体力にはそれなりに自信があるリックも、さすがに恐怖と緊張と物理的な貧血で疲労困憊だった。
「そのつもりなら、とっくにお前のことなど殺している。お前は俺にとって大事な餌だからな」
「はいはい、そりゃどーも」
殺されないだけマシなのかもしれねぇなぁ……なんて思えるか!! と力いっぱい叫ぶ。
自分で叫んだにもかかわらず、耳の奥がキーンと鳴った。脳が揺れ、視界がぐにゃぐにゃと歪む。
あっ、これヤバイかもしんねぇ、と思ったのも束の間、リックは体から背骨を抜かれたみたいに、ぺしゃんとベッドに突っ伏した。
「えっ? あ……?」
「大丈夫か?」
「なんか……からだ、あっちぃ……」
ハァハァと熱い息を吐き、疼く心臓を両手で押さえる。
そういえば、さっき空を飛んだとき、頭上に満月があった。
満月の日は、決まって調子が悪くなる。特に満月を見ると、ぞわりと肌が粟立った。体の奥底に眠る何かが皮膚を突き破って出てくるような、そんなあり得ない妄想に取り憑かれるのだ。
リックはゆっくり息を吐くと、仰向けに寝転がった。とりあえず、寝やすいようにシャツを脱ごうとするも、うまく指先が動かない。
「……貸せ、俺がやる」
「いい……。触るな」
弱々しくレイの手を振り払う。だが、レイの手がまたリックのシャツのボタンに伸びた。
「こんなときぐらい大人しくしてろ」
「…………」
ぷち、ぷち、と一つずつボタンを外される。ついでに先ほど牙を突き立てられたところに手を添えられた。一瞬で痛みが消えるも、体の熱は引いていかない。
「風邪、か?」
「そうかもしんねぇ……」
急に体調が激変するとは思えないが、月明かりと吸血されたことによる貧血で、体内にいたウイルスが暴れ出したのかもしれない。それに、ここのところ気を張りっぱなしで、ゆっくり眠れていなかったのも事実だ。
「人間の体は不便だな」
「お前は風邪とか引かねぇのかよ……」
「引かないな。そもそもヴァンパイアはよっぽどのことがない限り死なない」
「あっそ」
「リック、体を起こすぞ」
「ん……」
ゆっくりと体を起こされ、レイの肩にもたれ掛かる。レイによって、着ていたシャツを脱がされた。
「寝間着は?」
「クローゼット……」
ゆるゆるとクローゼットの方を指さす。
レイはベッドを降りると、クローゼットからいつもリックが着ている寝間着を取り出した。ついでに何枚かタオルも引っ張り出して、また戻ってくる。
「ほら、袖を通せ」
「…………」
本格的に、レイの声が遠のいていく。
リック自身、あまり風邪を引かないたちだが、今回は症状が酷かった。というより、風邪の一言では済まされないような体の熱さだ。
体の奥にいる何かが暴れているような。そんな激しい熱さに、リックはたまらず身悶えた。
「うっ……あああ……!」
「おい! リック! こっちを向け」
ひゅうひゅうと喉が鳴る。呼吸が浅くなるのを自分でも感じた。だけど、うまく呼吸をしようと意識すればするほど息が吸えない。
「ハッ、あっ、ハッハッ」
「リック、俺を見ろ。ゆっくり息を吸うんだ」
レイが錯乱状態になったリックの両頬を手で押さえる。無理やり視線を合わされて、レイの顔が寄った。こつんと冷たい額を押し付けられる。
レイの目は澄んだ水面のように青く美しかった。レイの冷たい手や額が、リックの熱を少しずつ奪っていく。
(冷たくて、気持ちいい。それに、安心する……)
リックは無意識に、男の手にすり寄っていた。
「よし、そのままゆっくり息を吐け」
「ふー…………」
「もう一度」
レイに促されるがまま、リックは時間をかけて呼吸を繰り返す。ようやく、まともに息が吸えるようになってきた。
「やっと、落ち着いたな」
「ん……」
レイにぽんぽんと頭を撫でられる。
この男に、人並みの優しさや看病の知識があるとは思わなかった。こうしていると、ただ同室者の体調を心配する普通の人間に思えた。
その後、また時間をかけてレイに服を着せられ、肩まで布団を掛けられた。
「ありがとな……レイ」
「……餌に死なれては困る」
「ふはっ、それもそーだよなぁ……」
自分はあくまでレイの餌。ではあるけれど。
(レイの焦った顔、ちょっと面白かったな……)
レイの顔を思い出し、にへらぁ、と表情を崩す。それを見たレイが、ムッとした表情でリックの鼻先をつまんだ。
「笑ってないで、早く寝ろ」
「そーするわ……」
レイに促され、リックも素直に目を閉じる。
レイはリックが目を閉じたのを確認すると、ぱちんと指を鳴らした。すると、指の摩擦で生まれ微かな炎の中から小さな人型のような眷属が生まれる。
彼らに意思はないが、主人の手となり足となり働いてくれる。複雑な命令はできないものの、簡単な仕事ならそつなくこなす、優秀な眷属だ。編入当初、部屋の整理や掃除を手伝ってくれたのも、この炎の眷属だった。
「図書室にカードを返してきてくれ。あと、書庫の本も戻すように。それと……」
人間の看病に必要なものを持ってきて欲しい、と言いかけてやめる。
あまり、たくさん頼みすぎると仕事の精度が落ちる。それに、指示が明確でないと眷属も動けない。
レイには人間が風邪を引いたときに必要なものが、何一つ思い浮かばなかった。
「……もういい、行け。看病は俺がやる」
レイの指示を大人しく待っていた眷属が、主人の命を受けて消える。レイはため息をつくと、リックの額に手を伸ばした。
「まだ熱いな。ったく、人間はつくづく手がかかる……」
そうぶつくさ言いながらも、レイは必要なものを調達しに、ひとまず食堂へ向かうことに決める。食堂であれば人もいるし、誰かに聞けると踏んだからだ。
そんなレイの努力など当の本人は知る由もなく、リックは久々にベッドの上で深い眠りについたのだった。
レイと不本意ながら上空ランデブーをしたのち、リックは自室のベッドに降ろされた。
まだ心臓がばくばくと音を立てている。鼓膜の裏で心臓が脈打っているみたいだ。
立てなくなるまで血を吸われた挙句、空高くまで飛ぶ羽目になるなんて。体力にはそれなりに自信があるリックも、さすがに恐怖と緊張と物理的な貧血で疲労困憊だった。
「そのつもりなら、とっくにお前のことなど殺している。お前は俺にとって大事な餌だからな」
「はいはい、そりゃどーも」
殺されないだけマシなのかもしれねぇなぁ……なんて思えるか!! と力いっぱい叫ぶ。
自分で叫んだにもかかわらず、耳の奥がキーンと鳴った。脳が揺れ、視界がぐにゃぐにゃと歪む。
あっ、これヤバイかもしんねぇ、と思ったのも束の間、リックは体から背骨を抜かれたみたいに、ぺしゃんとベッドに突っ伏した。
「えっ? あ……?」
「大丈夫か?」
「なんか……からだ、あっちぃ……」
ハァハァと熱い息を吐き、疼く心臓を両手で押さえる。
そういえば、さっき空を飛んだとき、頭上に満月があった。
満月の日は、決まって調子が悪くなる。特に満月を見ると、ぞわりと肌が粟立った。体の奥底に眠る何かが皮膚を突き破って出てくるような、そんなあり得ない妄想に取り憑かれるのだ。
リックはゆっくり息を吐くと、仰向けに寝転がった。とりあえず、寝やすいようにシャツを脱ごうとするも、うまく指先が動かない。
「……貸せ、俺がやる」
「いい……。触るな」
弱々しくレイの手を振り払う。だが、レイの手がまたリックのシャツのボタンに伸びた。
「こんなときぐらい大人しくしてろ」
「…………」
ぷち、ぷち、と一つずつボタンを外される。ついでに先ほど牙を突き立てられたところに手を添えられた。一瞬で痛みが消えるも、体の熱は引いていかない。
「風邪、か?」
「そうかもしんねぇ……」
急に体調が激変するとは思えないが、月明かりと吸血されたことによる貧血で、体内にいたウイルスが暴れ出したのかもしれない。それに、ここのところ気を張りっぱなしで、ゆっくり眠れていなかったのも事実だ。
「人間の体は不便だな」
「お前は風邪とか引かねぇのかよ……」
「引かないな。そもそもヴァンパイアはよっぽどのことがない限り死なない」
「あっそ」
「リック、体を起こすぞ」
「ん……」
ゆっくりと体を起こされ、レイの肩にもたれ掛かる。レイによって、着ていたシャツを脱がされた。
「寝間着は?」
「クローゼット……」
ゆるゆるとクローゼットの方を指さす。
レイはベッドを降りると、クローゼットからいつもリックが着ている寝間着を取り出した。ついでに何枚かタオルも引っ張り出して、また戻ってくる。
「ほら、袖を通せ」
「…………」
本格的に、レイの声が遠のいていく。
リック自身、あまり風邪を引かないたちだが、今回は症状が酷かった。というより、風邪の一言では済まされないような体の熱さだ。
体の奥にいる何かが暴れているような。そんな激しい熱さに、リックはたまらず身悶えた。
「うっ……あああ……!」
「おい! リック! こっちを向け」
ひゅうひゅうと喉が鳴る。呼吸が浅くなるのを自分でも感じた。だけど、うまく呼吸をしようと意識すればするほど息が吸えない。
「ハッ、あっ、ハッハッ」
「リック、俺を見ろ。ゆっくり息を吸うんだ」
レイが錯乱状態になったリックの両頬を手で押さえる。無理やり視線を合わされて、レイの顔が寄った。こつんと冷たい額を押し付けられる。
レイの目は澄んだ水面のように青く美しかった。レイの冷たい手や額が、リックの熱を少しずつ奪っていく。
(冷たくて、気持ちいい。それに、安心する……)
リックは無意識に、男の手にすり寄っていた。
「よし、そのままゆっくり息を吐け」
「ふー…………」
「もう一度」
レイに促されるがまま、リックは時間をかけて呼吸を繰り返す。ようやく、まともに息が吸えるようになってきた。
「やっと、落ち着いたな」
「ん……」
レイにぽんぽんと頭を撫でられる。
この男に、人並みの優しさや看病の知識があるとは思わなかった。こうしていると、ただ同室者の体調を心配する普通の人間に思えた。
その後、また時間をかけてレイに服を着せられ、肩まで布団を掛けられた。
「ありがとな……レイ」
「……餌に死なれては困る」
「ふはっ、それもそーだよなぁ……」
自分はあくまでレイの餌。ではあるけれど。
(レイの焦った顔、ちょっと面白かったな……)
レイの顔を思い出し、にへらぁ、と表情を崩す。それを見たレイが、ムッとした表情でリックの鼻先をつまんだ。
「笑ってないで、早く寝ろ」
「そーするわ……」
レイに促され、リックも素直に目を閉じる。
レイはリックが目を閉じたのを確認すると、ぱちんと指を鳴らした。すると、指の摩擦で生まれ微かな炎の中から小さな人型のような眷属が生まれる。
彼らに意思はないが、主人の手となり足となり働いてくれる。複雑な命令はできないものの、簡単な仕事ならそつなくこなす、優秀な眷属だ。編入当初、部屋の整理や掃除を手伝ってくれたのも、この炎の眷属だった。
「図書室にカードを返してきてくれ。あと、書庫の本も戻すように。それと……」
人間の看病に必要なものを持ってきて欲しい、と言いかけてやめる。
あまり、たくさん頼みすぎると仕事の精度が落ちる。それに、指示が明確でないと眷属も動けない。
レイには人間が風邪を引いたときに必要なものが、何一つ思い浮かばなかった。
「……もういい、行け。看病は俺がやる」
レイの指示を大人しく待っていた眷属が、主人の命を受けて消える。レイはため息をつくと、リックの額に手を伸ばした。
「まだ熱いな。ったく、人間はつくづく手がかかる……」
そうぶつくさ言いながらも、レイは必要なものを調達しに、ひとまず食堂へ向かうことに決める。食堂であれば人もいるし、誰かに聞けると踏んだからだ。
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