(仮)婚約中!!

佐野三葉

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ミーティング① ~楓&匠side~

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新兄さん家を出たのは、14時。

「まだ待ち合わせまで、だいぶ時間があるな。どうしようっかな。」

楓は何となく気の向くままに歩いた。

てくてくてくてく

大通りに出ると、なんとなくまた歩いてみた。

てくてくてくてく

「こっちの方にあまり来たことがなかったなあ。」

車線が片側2車線ある大きい通りだ。車の通りも結構多い。

不動産会社、ケーキ屋、カフェ、コンビニ、お洒落なセレクトショップが通りには並んでいる。ビルの上は、会社だったり、マンションだったり、他のテナントが入ってたり色々だ。

「お腹はすいてないしなあ。夜は、匠さんと、とんかつを食べるからお腹すかせておく必要があるし、どこに行こうかな。」

楓は、そのままなんとなく散歩した。
ビルの陰にならない方の通りを選んで歩く。
真冬にこうやって日差しを浴びると、とてもお得な気分になる。

ー今日は天気がよくてほんと、ラッキーだな。

ふと交通の案内看板が目に入る。

【桜並木図書館この先450m】

「そっか。近くに図書館があるんだ。行ってみようかな。」

休みの日に職場の図書館に行くことは、色々気になるので滅多にしないが、楓は元々、図書館が好きだ。
高校生の頃は夏休みに、半日くらいお気に入りの図書館で本を読んで過ごすのが趣味だった。

行き先が決まり、楓の足取りが速くなる。

スタスタスタスタ・・・

看板の指示に従って、2回右に曲がると、図書館の建物が見えた。
赤レンガ造りの2階建ての図書館だ。敷地の掃除も行き届いていて、駐輪場もきちんと使われている。
ベンチもいくつかあって、子ども連れのお母さんが休憩している。

ーうん。いい感じ。これなら中も期待できそう。

楓は初対面の図書館にわくわくしながら建物の中に入って行った。

天井の高いタイプの図書館だ。中庭が造られていて、特注品の大きな窓ガラスからは、光が入っている。
子どもコーナーも充実してして、子ども用のテーブルの色んな場所に置かれている。
読み聞かせのスペースもかなり広い。

ー本当は気の向くままに本を読みあさりたいけど、ぐっとこらえて・・・。

楓は、図書館の案内掲示板を見て、雑誌コーナーに向かった。働く女性向けの雑誌を手に取り、タイトルを見て選んでいく。
3種類の雑誌で、キャリアウーマンママの時間の使い方特集が組んであるのが見つかった。
それを抱え、近くの丸テーブルの上に置き、スケジュール帳とペンを出して椅子に座った。丸テーブルと言っても、とても大きいサイズだ。8人は余裕でゆったりと座れる。

パラパラパラ

ーこのページだ。
楓は、雑誌のページをめくると特集の記事をじっくり読んだ。時折、気になったことを簡単にメモする。

一通り読んだところで、雑誌のキャリアウーマンママさんのタイムスケジュールを参考に、結婚後のスケジュールを書き出す。


「夕飯のご飯は、下ごしらえを週2回まとめてするとして、洗濯も汚れがひどくなければ、週2回だな。乾燥機付き洗濯機が欲しいな。匠さんの家の洗濯機の種類は何だろう。掃除機は仕事から帰ってすぐにかけるでしょ。アイロンはコンセントを切り忘れたら怖いからやっぱり夜かな。朝行くまでに片付けるとしたら朝食は、7時じゃないと厳しいかなあ。ごみ捨てもあるし。買い物は、休日にするとして。うーん、お母さんとお父さんがしてくれていることを全部するとなると、やっぱり時間がいくらあっても足りないなあ。」

小さい声で、独り言を言いつつ、考えをまとめていく。

「5時起きに変更して、6時間は眠りたいから23時かな。5時に起きて何をしよう。あんまり張り切って仕事前に疲れて、仕事に支障が出るのも困るしなあ。」

そうやって1日のスケジュールを書いたり消したりしながら、30分くらいで完成させた。

「よし、これでいいよね。」

ーまあ。実際にやってみないと分かんないし、修正の必要もあるだろうしね。

楓は、大まかに納得いったところで、ペンを置いた。

パラパラっとめくった。美容特集にも目が行った。

「そうか。結婚したら、スッピン見られちゃうよね。」

楓はまだ匠に素顔を見られたことがない。

ー結婚したらスッピンを見られちゃうから、お肌のことを考えて、
22時に眠った方がいいかなあ。それに7時間眠れるのは、いいなあ。
どちらにしろ匠さんに相談してからじゃないと実行できないな。

「後で匠さんに話してから就寝時間を22時にするか23時にするか決めよう。」
楓はそう小さい声で呟いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

課題を1つクリアしたことで、今日の匠の気持ちは軽い。

楓と夜会う約束があるので、今日の昼食はコンビニのサンドイッチを時々箸で口に放り込みつつ、黙々と進めて行く。

そんな様子を昼食を食べ終えた須藤と坂野と細井がやや遠くから見ていた。

「相原さんの集中力すごいですね。」
須藤が小さい声で2人に言った。

「ああ。見ろよ。朝、右側に置いてた資料が2/3は、左側に移動してるぜ。」
坂野が同意する。

「それと同時に、これ以上仕事を持ってくるなオーラが半端ないな。」
細井が匠の様子を端的に話す。

「そうですね。午前中はまだあそこまでじゃなかったんですけど、今はすごいオーラが出てますね。」

「あ。課長も追加の仕事を持っていきかけてやめたな。」

木下課長は、だいぶ距離があるにも関わらず、匠の雰囲気の変化を読み取ったようだ。

「「今日は仕事の後に、彼女に会うんだな」」
細井と坂野の声が被った。

「え!そうなんですか。」
須藤がびっくりしつつも、小さな声で反応を示した。
今日の匠の放つ雰囲気には、「騒がしくしてはいけない」と感じさせる何かがあるのだ。

「たぶんな。帰る時、にこにこしてたら確定だ。」

「細井さんも坂野さんもどんだけ相原さんを観察してるんですか。」

「いや。だってあれ目立つだろう?」

「そうですけど、何か急用かなって思ってました。」

「まだまだ観察が甘いな。」

「・・・。何かすみません。」

「さて、俺らもあの中に戻るぞ。」
細井が年長者らしく2人を促した。

「お~。」 「はい。」

匠は、周囲の事には一切目もくれず、黙々と仕事を片付けて行く。

カタツ

スタスタスタ

「課長。先月の比較資料のデータのまとめ出来ました。チェックお願いします。」

匠は、出来上がった資料を持って課長の所へ持って行った。

課長に資料を提出する時、普段は柔らかい雰囲気で匠に話かけやすいのだが、今日は空気が張り詰めている。

ごくりと唾を飲む木下課長。

「う、うん。」
眼鏡をかけ直し、匠の作った資料のチェックを始める。

無表情で見つめる匠。

カタカタカタカタ

部署の同僚のパソコンを打ち込む音が静かに響く。

「相原、この表の比較をもう少し分かりやすくできるか。」

最後から2枚目のページの表を指さし、木下課長が注文を付けた。

「具体的には、どのあたりが分かり辛いですか。私なりに、そのページは分かりやすく仕上げたつもりですが。」
真剣な眼差しで質問する。

いつもの匠なら素直に「分かりました。検討してみます。」と返事をするのだが、今日は思ったままに言葉にする。

「い、いや、これでいいだろう。私の気のせいだ。よくできている。」
課長は、匠の圧に押されてOKサインを出した。

ピーンポーンパーンポーン

ピーンポーンパーンポーン

17時15分の就業時間を知らせるチャイムが鳴り響く。

「では、お疲れさまでした。」

匠は、てきぱきと机の上を片付けると、にこにこしながら部署を出て行った。

「はあ。緊迫した空気でしたね。でも、確かに帰る時、相原さん笑ってました。」
匠が帰って行ったところで、須藤が目をぱちぱちさせながら、隣の席の坂野に言った。

「だろ?明日、昼飯の時に確認すれば間違いないさ。」

「そうやって。相原さんの行動パターンを分析してたんですね。」

「観察してて面白いからな。相原は。」
坂野がにやっと口角を上げて答えた。



「課長。相原の仕事を引き継ぎましょうか。」
細井が課長に申し出た。

ー相原は中途半端な仕事をするような奴じゃないが、念の為、フォローしておこう。

細井は、匠が押し切った形で仕事を終えたのが気になって、木下課長に聞いたのだ。

「いや、問題ない。」
ハンカチで汗を拭きながら、課長は答えた。

「じゃあ、なんであんなことを言ったんですか。」

坂野が木下課長と細井から離れている場所にいるのにも関わらず、2人の会話を聞きつけてストレートに質問する。「そうだそうだ」と部署のメンバーが心の中で同意する中,木下課長は・・・。

「今日の相原ならもう少し上をたたき出してくるんじゃないかと思ってな。」

「「「「「課長・・・。」」」」」
部署全員のつっこみの声が重なった。

「今日は、みんなの頑張りで仕事が早く片付いた。もう帰っていいぞ。」
木下課長は、そんな雰囲気を気にすることなく全員を見渡すと、笑顔を作ってそう言った。

匠が楓とのデートの為に、仕事に集中する日。それは同僚も自然と巻き込まれて、全力で仕事に向き合う日でもある。まるで締め切りの直前のように、一切の雑談なく部署全体に緊張感が走る。その結果、定時で帰れるのだ。
部署のみんなはこれを「相原マジック」と呼んでいる。

部署の電気を消して、ぞろぞろと、帰宅していく、匠の部署。




「いいなあ。今日、もう帰んのかあいつら。」
羨ましそうに若い男性が呟いた。

「君はあちらの部署が希望ですか?」
いつも間にか傍に来て一緒に、帰っていく社員達を見送る男性。

「相馬課長・・・。いえ、研究できて本っ当に、自分は幸せです。」
若い社員は焦りながらも、そう言葉に出した。

「そうですか。」
笑顔でそう言ったのは、仕事を愛してやまない相馬渉。今日も帰りは、早くて22時だろう。

こちらは、「定時が22時の相馬部署」と呼ばれている。







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